第九話

警察官は、そっと日記を閉じて一言いった。


「やるせない…」


その言葉以外出てこなかった。

母親の変貌していくさまがしるされている。

どうしてこうなってしまったのか…

助けることはできなかったのか…

虐待を疑われていた子供は、痩せてはいるものの他に目立った外傷はなかった。

どうやら旦那に疑われないようにあとの残らない叩き方をしていたらしい。

他の子に比べて痩せているんじゃないかと聞かれたこともあるようだが、少食で体重があまり増えないことは医者に相談済みだと答えていたようだ。

 警察官は、ソファに座っている女の子へ色々と話を聞いていたが、そのうち意外な言葉が飛び出してきた。


「ママはとても優しいママだよ」


こんなにひどいことをされたというのに

“優しいママ”とはどういうことだろうか?


「ママはね、昔よく手作りのケーキやクッキ

 ーを作ってくれたの。

 一緒にお買い物に行った時は大好きなお菓

 子いつも買ってくれたし、お散歩に行って

 ころんだ時は慌てて抱っこしてくれて、

 お誕生日も大好きなケーキ買ってきてくれ

 て、プレゼントにこのぬいぐるみ、もらっ

 たの。

 ママはね、すごく優しいんだよ」


その言葉に何も言えなくなってしまった。

確かに日記の最初の方には、娘の為にケーキやクッキーを焼いていてそれを喜んで食べている顔を見るのが嬉しいこと、誕生日のプレゼントは何にしようかなど幸せそうな文章が書かれていた。

子供にとって母親という存在は、不思議なものだと思う。

どんなにひどいことをされても母を求める。

拒絶され続けてもやはり母親がいいと言う。

どうしてかと問えば

「それでもママが好きだから。どんなに怒っ

 てもママが好き」と答えが返ってくる。

こんな無償の愛があるだろうか。

こんな無垢な愛があるだろうか。

子供は、本当に母親のことが大好きなのだ。


「…ママはね…

 ママは…落ちちゃう前にね…」


また涙が頬を伝う。


「泣きながら、抱きしめてきてね、ごめんね

 って言ったの…」


泣きながらごめんねと言った?

自殺する前に?

母親がなぜ自殺したのか遺書も何もないため分かっていない。

虐待といえば通常は、子供が亡くなってから発覚することが多い。

だが、今回の場合なぜか親の方が死んでいる。

どのような心情でそういう経緯に至ったのか、憶測でしか分からない。

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