イを借る

花野井あす

イを借る

猫は様々なものの味見をするのを好むが、飽き性でもあった


周囲を囲む白い壁や畳まれた段ボール、花の飾られたラタンのバスケット

海のさかな、河のさかな、小池のさかな


猫は何にでも手を出したし、何にでもすぐにやめた


アンバーの瞳をくりくりさせて、美しい黒い毛を魅せて

目新しいもの、こころを惹くもの何でも手に入れ、そして捨てた


次第に周囲にはかつては胸を躍らせたが、今となっては無用になったものたちで溢れかえった


猫はそれらへ気を回すのをひどく億劫に思われた


同じ猫の手を借りるのも躊躇われた

そうなれば、猫は呆れられるか責められるかしてしまうであろう

一緒になってこの関心をさそわないものたちを退けることとなるかもしれない


それは実に骨の折れることである

自身に何の不利益のなく、すべてを美しく終わらせたいものである


猫はおとなりの狐の話を思い出した

貧相な彼は輝かしい虎の知人によって、隠したいものを周囲の目から見えぬようにしたのだ

そればかりか、こころの中の彼は華やかになったのだ


きっとかの虎ならば、万事をなめらかに、更には好ましい形にしてくれるに違いない

猫は輝かしい虎を呼んでこういった

これらを全て、おまえにやる。これらは滅多に手に入らぬ選りすぐり。残さず平らげるがよい!


虎はそれらを全て丸のみにした

予期せぬおくりものに満足し、虎は幸せそうに腹をさすった


そこには何も残ってはいなかった

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