395 指名依頼を終えて 2

 クリーブランドは、想定以上の成り行きに大満足だ。これでクリスとキルが、結婚を意識してくれれば良いのだがと、二人を見る。キルは、祝福の笑顔で拍手をしている。クリスも同じだがその笑顔の中に結婚への憧れが見て取れる。良い感じだ。


 拍手も収まりグラが皆んなの方を向いて話し出す。


「二人の結婚を祝福してくれて、ありがとう。俺達は幸せは家庭を作っていくつもりだ。ね! サキ」


 グラの視線に応えるように頷くサキ。


「ヒューヒュー!」


「さて、それでだーー俺達だけ幸せになるのもなんだから、幸せのお裾分けといこう。ホド、ロム、お前らも此処でハッキリさせたらどうだ!」


 グラがホドとロムに視線を向ける。皆んなの視線が二人に集まった。


「ホドも、ロムも若くはないんだから、早くハッキリさせなさい!」


 偉そうな口調でサキが詰め寄る。当惑したように仰け反るロムと何事見ないように変わらないホド。


 エリスとユリアが立ち上がって見つめる。


「…………エリス、嫁に来ないか?」


 ホドが立ち上がりボソリと呟いた。


「はい!! もちろんです。私で良いの!」


 満面の笑みでエリスが返事をした。ホドが静かに頷きながら優しく微笑みを向ける。


 ロムが遠慮がちにユリアを見つめる。


「わしのような親父で良いか?」


「ロムさんは、全然若いですよ。渋くて素敵です」


 ユリアが笑顔で否定する。


「おめでとう。エリス、ユリア!」


「全然気付かなかったっすよ。でもおめでとう!」


「最近料理を頑張ってるのは、そういうことだったのね! 私も気付かなかったー」


「私は気付いてましたよ! だって一緒のグループにならないと不満そうにしてたし」


 モレノが得意気にクッキーを見る。


「そう。顔に出てた」


「一緒のー時はー、幸せーそうーなー顔ーしてたわーねー」


「そうだったのか。気付かなかったであるな」


「ユミカは気付かないよね」


「一言多い」


 ゴツン! とモレノの頭が音を立てる。いつものように、ルキアに殴られたのだ。モレノが頭を抱えてしゃがみ込む。


「それにしても、男達が皆伴侶を得るとは素晴らしい。グラさん、ホドさん、ロムさん、本当におめでとう。残るはキル君だけだね!」


 話をキルに向けるクリーブランドが、予想以上に上手いお膳立てができたと喜ぶ。


「どうだい。キル君! 君も相手を定めたらーーうちのクリスチーナを貰ってくれないか? あの子も君のことを憎からず思っているように見えるしね」


「何を言い出すんですか! お父様。キルさんに迷惑ですよ!」


 焦ったクリスは顔を真っ赤にしてクリーブランドに抗議した。その赤さは、怒りではなく恥ずかしさからくるものだ。そしてクリーブランドからキルに視線を移す。


 キルは当惑しながら頬を赤く染める。そしてゆっくりとよく考えながら恥ずかしそうにクリーブランドに答える。


「ーーーー俺に結婚は、まだ早いーーですよ。それにやることもあるしーー」


「クリスチーナは、好みではないと?」


「ーーいえ、決してそんなことはーークリスはとても奇麗でーー優しいし、とても素敵な女性だけど、俺がまだまだ半人前っていうか、適齢期ってあるじゃないですかーー」


 クリスは、おどおどしながら答えるキルを悲しそうに見つめる。クリーブランドの表情も心なしか曇り気味だ。


「何言ってるんすか? キル先輩。半人前とか、適齢期とか……煮え切らない男っすねえ! クリスみたいに良い子はそういないっすよ。可愛いし、貴族だし、思いやりもあるし、何よりクリスはキル先輩のことがずっと好きなんすから!」


 ケーナがキルとクリスを交互に見る。クリスが恥ずかしそうにケーナを止めようと手を伸ばす。


「…………もお」


「結婚が早いというなら取り敢えず付き合ってみるってのはどうっすか? 親父公認なんすから」


 クリスの静止を振り切って、ケーナがキルに提案する。


「そうだね。そうしてみないかい? キル君」


「もー! お父様!」


「キルさんや。こうなったら付き合ってやらねば、クリスちゃんが可哀想じゃぞえ。男として、それくらいの甲斐性はなくてはのう」


 ゼペック爺さんが眉尻を吊り上げる。


「また、いなくなったら、もう会えないっすよ。貴族の娘ってこのくらいの歳なら普通婚約とかするらしいっす!」


 ケーナはキルにそう言うと、確かめるようにクリーブランドの方を見る。


「ああ。断ってはいるけれど、たくさん申し入れはあるよ。神級魔術師の実力を貴族軍の前で見せてからというもの、ひっきりなしさ。クリスチーナが貴族の娘として婚約するのには、もう決して若い方ではないからね」


 これは、まごうことなき事実だ。貴族は強い子供を産んでくれる貴族の子女を嫁に迎えたいと思う傾向にある。特に高い魔術師の適性は最も人気のあるものの一つだ。加えて侯爵家の娘であるクリスは貴族の間にあっても最高の嫁候補である。王妃候補に上がらないのが不思議なくらいだ。家出をして冒険者をしていなかったら、間違いなく王妃候補という声が上がっただろう。


 家出をして今は平民として生きているという瑕疵が、その現場が、貴族間の権力争いを伴って、クリスを王妃候補から遠ざけているのだろうが、いつでも貴族に戻れるのも事実なのだし、クリスさえ望めば、クリーブランドだってそういう動きができるという思いもなくはない。


 ただ、クリーブランドは王の外戚になって国政を動かそうなどという野心は持っていないし、どちらかと言えば権力争いに身を投じることなど忌避しているーーそういうタイプの人間だった。

 

「私としては、クリスチーナには冒険者を辞めて、貴族の娘として嫁に行ってもらいたい……というのが本音だけれど、本人は貴族として生きるのが嫌らしいからね。それもやむなしと思っているよ」


 クリーブランドがキルを見詰める。


 キルはクリスがギルバートに連れ戻された時のことを思い出していた。一月の内に上級冒険者になるという普通は絶対に無理な条件をクリアして、今のクリスが冒険者をできているという事実も、それを可能にした時の経緯も、自分がそれに大きく関わっていることも、クリーブランドがクリスに冒険者をさせたくなかっただろうことも。キルという想定外がなかったら、クリーブランドの思惑通りクリスは貴族に戻っていたのは間違いない。

 キルは、自分がクリスの運命を大きく歪めた事実を思い知る。

 それがクリスの望みを叶えるためだったとはいえ、そうしたことでクリスがどれほど喜んだとしても、そのことがクリスに良かったのかーーこれから幸せにできるのかは分からない。


 貴族として、有力な貴族の嫁になっているであろう未来、今から軌道修正すればそうなるであろう未来、自分の言葉一つでまた大きく変わるであろう未来ーーそれがクリスの幸せに繋がるのか分からない。


 男としてそのくらいの甲斐性がなくてはーーいなくなったらもう会えないーー自分はクリスが好きなのかーー好きなのは間違いないーーでもそれは、クリスの人生を背負えるほど強いものなのかーーーー分からないーー自分はクリスを幸せにできるのかーー貴族に戻る方が幸せなのかーー分からない。


 キルはしばし俯いて考える。考えに考えてふと顔を上げると、クリスの不安そうな瞳に出会う。クリスがじっとキルを見詰めていた。求めるように、願うように、押しつぶされそうな重圧に耐えながら、クリスは目を逸らさない。


 此処で逃げたらクリスは自分の元を去る。自分のそばには居られない。ーーなんとなくそう確信する。


 自分はどうするべきか…………。


「クリス…………俺と付き合ってください」


 自然とキルの口から言葉が漏れる。


 クリスが両手で口と鼻を隠すように顔を抑える。キルを見詰める目が潤み、一粒滴る。


「はい」


 食堂は歓声に包まれた。


 




*     *     *    *    *


最後までお付き合いいただきありがとうございました。


たくさんのフォロー ありがとうございます。


 一旦、此処で完結とします。続きの構想はまだまだあるのですが、書籍化に伴って、その後の状況によって執筆するか変わると思います。


 もしキルとクリスを応援してくださるのなら、書籍を手に取り、そのままレジに連れていっていただければ幸いです。

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