394 指名依頼を終えて 1
ルビーノガルツに向かって飛ぶ「15の光」の眼下に、大きな城塞都市が見えてくる。
クリスの父、クリーブランド侯爵が収める侯都ルビーノガルツはベルゲン王国の中でも指折りの巨大城塞都市だ。その大きさは間違いなく王国内でも十指に入る。
周囲を取り囲む城壁は、他国の軍勢が攻め寄せても、たとえ魔物の大群が押し寄せて来ても簡単に打ち破破られない高さと、強さを兼ね備えている。
キル達は、その城壁を遥か上から飛び越えて、クランのホームに着陸する。
「ただいま帰りました」
玄関の扉を勢い良く開けてキルはゼペック爺さんをその目で探す。
「おお! 無事じゃったかのう?」
「お帰りなさい。皆様ご無事で?」
キルの声に気がついて、ゼペック爺さんとクッキーが飛び出してくる。
ゼペック爺さんは皆んなの元気そうな姿を確認すると満足そうに何度も頷いた。
「心配はしておらんかったが、皆無事のようじゃのう。よかった、良かった」
「今日は、お祝いですね! お料理、頑張って作らなくちゃ!」
クッキーが腕まくりをして興奮気味に、フンス! と鼻息を吐く。
「ゼペックさんも、クッキーちゃんも元気そうで良かったわ。何事もなかったようね」
サキがホームに帰って来れた安堵を全身で表しながら微笑む。
キルも大きく息を吐いて背中の大剣を取り外した。
「やっぱり、ホームは落ち着くっすね!」
ケーナも弓と矢を取り外す。
「部屋で一休みさせて貰おうか。楽な服に着替えたいしね」
グラの言葉を受けて皆んながゾロゾロと二階への階段を上がり始める。
「着替えたら、お料理手伝うね!」「うん。うん」
「ありがとう。エリスちゃん。ユリアちゃん」
「じゃあ、私とケーナでお風呂入れるね」
「食堂に料理を運ぶのは手伝うぞ」
「私ーもーよー」
「テーブル整えるー!」「…………」
着替えを済ませた女の子達がクッキーの手伝いを始める。
ホールの椅子のゼペック爺さんを囲んでキルやグラ達が座りこれ迄の出来事を掻い摘んで報告し始める。
モレノとルキアが五人にお茶を淹れる。遅れてやって来たサキがグラの隣に腰掛けた。
ゼペック爺さんは、悪徳商人顔でグラ達の話を聞いた。
馬車の止まる音がして、ホームの玄関が開かれた。やって来たのはクリーブランド・ルビーノガルツ侯爵と執事のギルバートだった。
「お父様…………」
困惑した表情のクリスが食堂から駆けつける。
「クリスチーナ! 無事そうで良かった。辺境伯マルス・フランシスから感謝状が届いていた。『15の光』を派遣してくれたことと、そのことに、クリスチーナが尽力してくれたことについてだ。そして今日、城門を守る者達から報告を受けた。空から侵入者が都市内に入ったことをな。ピンときて、すぐ此処に飛んできたよ」
「お父様……」
「おかげで、ルビーノガルツから援軍を派遣せずに済んだのだから、領民の命がたくさん救われたはずだ。領主として皆んなに感謝の意を伝えなくてはね」
クリーブランド侯爵はクリスから皆んなに視線を向け直す。
「ありがとう。本当に助かったよ。どれだけの命が救われたか」
「クリスがそうしたいって言ったから…………」
キルが頭をかきながらモゾモゾと言った。
「ありがとうキルさん。皆んな。改めてお礼をいうわ」
クリスが皆んなに頭を下げる。
「何言ってるんすか! クリスが言ってくれたおかげで、この国が侵略されずに済んだっすよ。こっちが礼を言う方っす」
「そうだぞ。自分の手で、国民を助けられて最高だ」
「ユミカはー、戦いーたかったーみーたいーだし」
「ホント!ユミカはバトルジャンキーだよねー」
「同意……」
「そそ、そうであるかー? そんなことないぞー」
「自覚、なかったんだね」「うん。うん」
「お食事の準備ができましたよ! 侯爵様もご一緒にいかがでか。クリスも喜ぶと思いますよ」
クッキーが皆んなを食堂に誘う。調理場から流れ出る鼻をくすぐる美味しそうな匂いが食欲を刺激する。
「侯爵様、どうか食べていってくだされ。こう言う時間もなかなかありませんからのう」
悪人顔のゼペック爺さんが、眉を釣り上げ意味あり気に誘う。特に深い意味はないのにそういう顔になるのをキルは知っているが、クリーブランドには分からない。
クリーブランドは、クッキーの作った料理に舌鼓を打ちながら、その味を絶賛する。そして怖い笑顔で笑うゼペックの表情を見て他意はなかったことを理解する。
クリスの笑顔と健康な姿を確かめ、皆に感謝を伝えたことで、クリーブランドの目的は果たされたーーわけではない。彼にはもう一つ大事な目的、思惑が残っていた。
クリーブランドは、クリスとキルの距離感を観察する。もう少し密な間柄にならないかと考える。ーー何か切っ掛けを作れないかーー。
彼の目に止まったのは楽し気に軽口を叩き合うグラとサキだ。
この二人はきっと付き合ってるな…………。
クリーブランドは、都合よく自分勝手にそう解釈した。クリーブランドは人を見る目には自信があったし、誰が見てもそう見える一面がなくはない。そしてその見立ては偶然にも当たっていた。
「不躾なことを聞きますが、お二人は、まだご結婚なさらないのですか?」
クリーブランドがグラとサキに水を向ける。
グラとサキは彼の言葉に一瞬固まり、次の瞬間互いの目を見つめ合った。そして二人は困ったように微笑み肩を揺らす。
「…………」
揶揄うような笑顔でロムがグラに言い渡す。
「良い機会じゃないか。此処でプロポーズしたらどうじゃ!」
サキの視線がプロポーズの言葉を求めるようにグラを捕え続ける。
覚悟を決めたようにグラは立ち上がった。
「うん!」
咳払いを一つ。
「サキ! ずっと君が好きだった。俺と結婚してくれないか!」
グラが左手を胸に当て右手をサキに差し出しながら言った。
サキがにこりと笑いグラの手を取る。
「はい」
食堂いっぱいに歓声が飛び拍手が響く。
「ヒューヒュー!」
「やったー!」
「おめでとうー!」
「良いなー、サキさん!」
頭を掻きながら顔を赤くするグラの胸にサキが寄り添い、その顔をチラリと見て微笑み目を伏せる。
「ヒューヒュー!」
二人は幸せに包まれた。
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