第2話

それに加えて、オレって一人称が良くないと思うの。野蛮でガサツで智成さんに相応しくない」


 自分勝手な、まぁ理解は出来なくもないが納得はいかない価値観の押し付け。

 空き教室に二人、オレは魔女に捕らえられていた。


「でも、なんでボクに魅了されないのかしら。智成さんだけならともかくあなたに耐性の気配は感じなかったのですけれど」


 『愛されないのは魔女だからですか?』はそのジャンルとしての性質上、魔女本人による戦闘能力はゼロに等しい。

 魔女の身体能力は成人男性と同程度、つまり注目すべきは魅了の力。

 耐性を持たない人間は、魔女を見ただけで虜になり、『あの人のためなら殺人すらも厭わない』といった思考に変化していく。

 そして、そんな魅了された人間が教室の外にざっと五十人は待機しているのだ。


「まぁ、良いですわ。智成さんじゃないのだから、魅了のエキスでどうとでもなりますし」


 魅了にも二つの種類、見ただけで魅了された一般崇拝者と直々に体液を飲まされ忠誠を誓った近衛タイプに分かれる。

 後者は魔女が何者なのかを理解し、正常な判断能力を持った上で魔女が心の底から好きになってしまうのだ。

 前者は崇拝、後者は純粋な好意。

 耐性を持つ人間も体液を飲ませられれば忠誠を誓ってしまう。

 そんな中、体液すらも効かない人間がただ一人存在した。

 彼こそが財前智成、この世界の主人公。


「あら!来ましたのね智成さん!」


 窓の外に、彼が見えた。

 園絵を連れて二人で登校してきたのだ、何処かで合流したのだろう。

 もうストーリーなんてあってないようなものだけど、今日に限っては園絵も財前も生き残させる方法はある。

 そのためには外法に手を染める必要があるし、財前にも嫌われちまうかもだけど。

 それであいつらが幸せになれるならそれで良いと、今のオレはそう思えている。

 あぁ、クソッタレな程滑稽だ。

 さっきまで友人を見殺しにしようとした人間の都合の良い思考変換。

 それでも、オレは。












「園絵さん?どうかしましたか?」


 昨日から園絵さんの様子がおかしい、これは長年の付き合いがある僕でもわかるくらいあからさまだ。

 そこまで深刻な状態では無さそうだったし、人に話したくない悩みなど誰しもが抱えているのだから、とりあえずは言及しなかった。

 だが、今になって異常が顕著になっているのだ。

 目に見えて顔色が悪いし、目つきなどは普段とまるで違う。

 流石に放って置けなくなり、学校に着いた時に軽く問いかけた次第だ。


「あー、やっぱりわかる?」


「えぇ、見るからに普段とは違っていたので」


「そっか……なんでもないよって言うのは簡単だけどそれじゃダメだよね。もう、始まっちゃうんだし」


 始まる、とは何を指しての言葉だろうか。

 それを問う前に、園絵さんは言葉を紡ぎ続けた。


「ねぇ財前くん、一つ約束してくれない?そしたら多分調子も元に戻ると思うから」


「約束?法外なものでなければ良いですが……何故今?」


「今だからだよ、財前くん。詳しい事は言えないし、なんで今なのかなんてもっと言えない。厚かましいお願いだけど、その上で約束して欲しい。何があってもカエデちゃんのこと嫌いにならないって」

 

 その目は澄んでいて、その言葉は直球で、その声音におふざけなどはなく真剣そのものだった。

 なんで園絵さんがそんなことを言ったのか、この時の僕には理解出来なかった。

 けれど、僕がそれに答えるのにもはや1秒の間すら必要はなく。


「園絵さんが何を心配してるのかは分かりませんけど、生憎その心配は無用ですよ。僕があの人を嫌いになることなんて、天地がひっくり返ろうとあり得ませんから」


 当たり前だ、そんな事は起こり得る筈がない。

 楓さんが僕の味方であり続ける限り、僕らの繋がりは途切れない。

 僕の方からそれを断ち切るなんて、想像しただけでぞっとしない。

 幼稚園であの人に出会ったあの日から、兄ではなく僕を肯定してくれたあの日から、楓さんは僕にとっての月光なのだから。

 この先何があろうと、そんな心配は考えるだけ無駄なのだ。


「……迷わない心は財前くんらしくて大好きだけどさ、ちゃんとあの子のこと見ててあげてね。カエデちゃんは魔『財前智成は大至急3階の理科室へ向かって下さい。荒牧楓さんからの連絡です。夫婦の円満な生活のためには迅速な行動が必要です」


 少し悲しげな顔をした園絵さんの言葉が最後まで僕の耳に入る事はなかった。

 爆音でスピーカーから校内放送が流れ出す。

 その音は廊下に響き渡り、僕らの会話すら遮った。

 通常の業務連絡とは全く違う声、明らかにおかしい個人間での連絡の通達、ぶっ飛んだ内容。

 そもそもこれほどの音量で流れる事自体、普段を考えればおかしな話だ。

 何かが、狂い始めてる気がした。


「あぁ、もうこんな時間か。ごめん財前くん、私もう行くから。」


「いや、ちょっと待ってください園絵さん、アレはなんなんですか?夫婦での生活?楓さんからの要請?何が……」


 園絵さんは今起こっている異常について知っている、直感でそれを僕は理解した。

 彼女からは戸惑いが一切感じられないのだ、こんな放送を聞いて何も疑問に思わない方がおかしい。

 それに加えて園絵さんはむしろ何かについて納得したのだ、この考えるたびに理解が遠のく放送を聞いて。


「ごめん、まだ話せない。」


「ですがこれは……」


「お願い、今は何も考えずに理科室に行って。必要になるだろうからこれも持って」


 僕の疑問には答えず、園絵さんは懐から何かを取り出して僕の手に握らせた。

 ずしりとした重さがあり、黒光りするそれを見たその瞬間では、まだ僕は事の重大さを理解していなかった。

 3秒ほど経ってようやく自分が何を受け取ったか理解して、僕は混乱した。


「え、いや、これってモデルガン……ですよね」


 そんなものじゃない事くらいもう分かっている、この重さと質感は間違いなく実銃だ。

 この国には銃刀法というものが存在する、それに当て嵌めれば僕は今すぐ逮捕だ。

 なんで今までの人生で銃を握った事のないような人間が質感を知っているかなんて、それ以外に気にすべきことが多すぎて考えもしなかった。


「いいから、理科室に。ほら、横にあるから」


「しかしここは一階……嘘でしょう」


 左を見れば、そこは理科室。

 こんな例え話が、脳をよぎった。

 空が落ちてくるかもしれないと人が心配しないのは、そんな事がないと知っているから。

 科学的が無くとも、空そのものがなんなのか理解していなくとも、人は常識という水を吸い成長していく。

 子供の頃がどうであろうと、いずれは心配しなくなる。

 つまりはまあ、空が落ちるってのはマトモな人からすればありえない事なんだよという事らしい。

 僕がこれを聞いた時、イマイチ釈然としなかったのを覚えている

 理外、異常、超常、今僕の目の前で怒っている現象はなんなんだ?

 空は落ちてきてしまったのか?

 

「じゃあ、行っておいで財前くん」


 トン、と園絵さんに押し出され、いつのまにか空いていた扉の中へと進む。

 あの優秀な兄ならばこんな時でもれ冷静に状況判断が出来ていただろうが、今の僕にとってそれは無理難題であった。


「あぁ智成さん!待っていたんですよ!」


 思考は鈍り、理解不能な状況の中で頭にはモヤがかかっていた。

 そんな中でも教卓の上のそれは見えた。


「なに、が」


 血が、流れていた。

 目を疑いたかった。

 全て嘘ならばそれが良いと、そう思った。


「あ、コレですか?本当なら魅了させようと思ったのですけれど………暴れるようなので───」


 穏やかな表情で、瞼を閉じて、それはそこに乗っかっていた。


「殺しちゃいました♪」


 楓さんの生首が、置かれていた。








 

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とっくに依存してる系原作主人公VSオレはあいつの人生に不必要だと言い張るオリ主 執事 @anonymouschildren

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