今日ボクは、死んでしまいました

添寝型えにぃど☆

最初で最後の「幸せ」

暑さが際立つ夏の季節、今は7月末。

梅雨もすっかり明けており、耳をすませばあちこちの木々や山の方からセミの鳴き声が響き渡る。

今日の最高気温は40度を記録していて、この時期としては記録的猛暑を観測していた。

もうそろそろお盆を迎えようとするこの時期に、ある一家では告別式を迎えていた。


「私の娘、辻山鈴鹿(つじやますずか)は16歳にしてこの世を去りました。

あまりにも若く、そして唐突な死でした。

死因は『急性心臓麻痺』とのことで、母である私も必死の思いで子育てを続けていましたが……このような結果になってしまって、言葉を失ってしまいます…」


辻山鈴鹿、生前はとても明るく困った人を放っては置けない性格で、自分のことよりも他人のことばかりを優先していた。

自身はとても病弱で、生まれながらに様々な病気を患っていた。

そんな中、余命宣告を言い渡され16年まで生きられれば奇跡だろうとまで言われた。

それが今、来てしまったのだ。

昨日亡くなってしまい、通夜を迎えて今日告別式を行っているのだが、鈴鹿の母親が涙を流しながら喪主をつとめていた。

今コメントしていたのは、生前の鈴鹿のことを思うような言葉が綴られた紙。

この告別式の参加者は、彼女ととても仲の良かった同級生らとその担任の先生の合計30人だった。



「鈴鹿、どうして死んでしまったの…?約束したのに…『一緒に幸せになろっ』って」

「……なんで鈴鹿が先に死ななきゃならないのよ……」


告別式から1週間が経過し、火葬も済ませ御骨を骨壷に納め、鈴鹿の自宅に49日間置いておく四十九日法要を行っている。

この考えは、49日間かけて天国へ向けて旅をすると言われる考え方のひとつで、地方により変動する。

そんな期間の中、1人の少女が鈴鹿の骨壷と遺影の前で正座し、手を合わせて拝みながら涙を流している。

彼女の名前は佐山霧香(さやまきりか)、鈴鹿とは1番の親友であり幼なじみであった人物。

鈴鹿が病気で苦しんでいる中で、家族の次に心配して看病を率先して行っていたのだがそれが報われず…。

夏休みに入って初の学校登校の際に、生徒の前で鈴鹿が倒れたのが最後だった。

その前に鈴鹿が残した言葉が…


「―――例えボクが死んだとしても、私はあなたを"幸せ"にする。だって約束したもん、一緒に幸せになるって!」


まるでこうなることを見越したかのような、遺言のようなその言葉は、霧香の脳内に印象強く残っていた。


「何が幸せにする、よ。

自分が先に死んでしまっては、幸せも何も、無いじゃない………」

「愛し合おうって決めてこれまで長く一緒に過ごしてきたのに……あんまりだよ」


霧香は目の前で大切な友人が息を引き取ったことが忘れられなくて、もっと早く気づいてあげれてればこうはならなかったのではないか?と自分を責める。

自分が1番鈴鹿のそばにいてあげて、鈴鹿の良き理解者になっていたはずなのに…いざ救急車を呼んで死亡が確認されたかと思えば、周りから「殺人者!」「人殺しの女よ!」「鈴鹿に恨みでもあったのよ」などとありもしない濡れ衣を着せられいじめられ続けたのだ。

どんなに体がボロボロになろうと、鈴鹿のために耐えないと行けない…そう思いながら。


「お母様、お別れは済みました。

私が親友として、幼なじみとしてずっと鈴鹿のそばにいながら、異変に早く気づけなかったこと深くお詫び申し上げます。

謝ったところで鈴鹿は帰ってきませんが、せめてもの償いです」


不躾ながらも、意味が無いとわかっていながらも近くで霧香のことを心配の眼差しで見ていた鈴鹿の母親に深深と頭を下げて謝罪した。

急性心臓麻痺ということで、突発的に起きる病気なため異変に気づく頃には亡くなっていることがおおいのだが…急速に対応しても既に手遅れだっただけに、お互いの間にきまづい空気が流れる。


「いいのよ霧香ちゃん、貴女は何も悪くないのよ。

他のどんな子よりも鈴鹿が受けた辛い思いを肩代わりして、濡れ衣を着せられてでも必死に鈴鹿のために抗った貴女には母親である私でも頭が上がらないのだから…。

むしろ私の方から謝らせてちょうだい」

「―――こんな短命な子を産んでしまって、その結果貴女に迷惑をかけてしまってほんとにごめんなさいね…」


鈴鹿の母親は自らを責めた。

もっと長生きするはずだったわが子は短命に終わり、きっと幸せに共に過ごすはずだった霧香に迷惑をかけてしまったことにお詫びした。

お互いに謝っても解決しないことを口にするが、それが思いやりにも当てはまるのだろう。



あの気まづい空気から数時間後、霧香は鈴鹿の母親に銀の箸を渡して「無事に三途の川を渡れるようにお供えしてください」と言葉を残して家を去り自宅へと戻った。

戻って早々…


「おい霧香、おせぇじゃねぇか。

父さんを待たせるなよ。

ほら早く酒を冷蔵庫からもってこい」

「あぁもちろん父さんのコップに酒を注ぐのは霧香、お前だからな」


霧香の父親に声をかけられ、渋々日本酒を冷蔵庫から取りだしコップに氷と一緒に注いでやる。

霧香にとって大切な親友が亡くなって日がそんなに経ってないのに、娘のことを何一つわかっていないこの父親は、昔こそ棟梁を務めるほどの一級建築士だったらしいのだが…今となってはただの女たらし、こうして娘をキャバクラの女として扱うような程に自堕落な生活を送っているだけの愚物だ。

ときどき霧香自身の胸やおしりを触られることだってある。


「…いい加減空気くらい読みなさいよクソ変態親父。

そんなんだから母さんに捨てられたんでしょ?今更嘆いてももう死んじゃった母さんのところになんて行けないけどさ」


とはいうものの、酒を注いでやらないと口うるさくて仕方ないので仕方なく注いでやるのだ。

こっちは精神的に疲れているというのに…。

母親が死に、父親が自堕落な生活を送るようになったおかげで生活費や光熱費などは霧香が払わねばならず、16にして自らの体を風俗に売り金を稼ぐ売春女と成り果てていた。

しかしそれはあくまで夜の顔であり、表の顔はコンビニ店員であり普通の学生である。

学校側も霧香の事情を把握しての特例許可なため、通常では霧香の通う学校ではバイトは禁じられている。


「……そろそろ出勤だから、そこに置いた1万で適当な酒でも買って飲んでろ」


時刻は16時50分、17時00分からコンビニバイトがあるためそろそろ出勤しないと遅刻してしまう。

そうしてふたつのバイトを掛け持ちしなが疲れ果て、夜ですら風俗で稼ぐのに体を行使し肉体的にも精神的にもボロボロになっていく。

皮肉なことに風俗では使命率No1に任命されていて、若いからか40-50程のおじさんたちが汗もろくに拭かないで自分と体を重ねる。

そんな生活ばかりを送っている霧香に、ある不思議な出来事が起きる。

それは風俗仕事が終わり、帰路につこうと通学路としても使っている道路を渡った時のこと。


「…りかちゃん、霧香ちゃんっ…霧香ちゃん!」


どこからかそう呼ばれる声がした。

しかしどこを振り返っても誰もいない、クラスの同級生の巧妙なイタズラかと思ったが、この声は忘れるはずもない…聞きなれた声だった。


「?!鈴鹿?!鈴鹿なの?!ねぇ!!」


なんと好都合なことに、この場の近くには畑しかなく、家がたってても古民家程度でそこは空き家なので人はいない。

それゆえぽつりぽつりと建っている街頭の明かりしかなく薄暗いのだが、霧香の声は近所迷惑になることはない。

だからこそめいいっぱい声を荒らげた。

するとどうだろうか、目の前に鈴鹿らしき姿が見えてくる。

特徴的なその白い髪の毛に白い素肌、アルビノと呼ばれたその素敵な容姿にセーラー服を身にまといガーターベルトとニーハイソックスをセットに履く謎ファッションは、見間違う事はなかった。


「鈴鹿!!死んだはずじゃなかったの?!これは幻覚?夢??あれれおかしいな…私疲れすぎて鈴鹿の幽霊でも見ちゃったのかな…」


そう独り言を呟けば、鈴鹿はゆっくりと歩み寄り、片手を優しく霧香の頬にそっと添えてやり…


「"幸せ"を届けに来たよ、霧香ちゃん」


ただそう、優しく霧香に語りかけた。

幽霊なのか幻覚なのか検討もつかない中で、確かに鈴鹿の温かさを頬に感じた。

冷たく死人の肌などでは無い人間の温もり。

そしてなにより、包まれるような優しい声の響き。


「っ…!鈴鹿ぁあ!!心配かけさせないでよ全くぅ!今までしんみりしてたのがあほらしいじゃないっ!」


そう、自分の愛人とも言える人が簡単に死ぬわけないじゃないか…霧香はそう思った。

だって目の前でこうして語りかけてくれてるじゃないか、死んでいるなんてありえない!そう現実逃避するように思考が動き、鈴鹿を抱きしめるがすり抜けてしまう。

自分からは鈴鹿に抱きつけない…これにより現実に連れ戻されることとなったのだ。


「……ごめんね霧香、悲しいけれどボクは死んでしまった。

でも、私は私なりに全力を振り絞って神様にお願いして今だけは霧香と一緒にいられるようにしてきた。

だからこうして幽霊としてそばに居るの。

私に対しての想いがお母さんよりも強いから、もう貴女にしか私を見ることは出来ないけれど…私はそれでも幸せ」

「さて、ボクは貴女に"幸せ"を届けに来たと伝えたよね。

今の貴女はお世辞にもいい暮らしをしているとは思えない、本当はボクと初めてを共にするはずだったのに…いやでも受け入れるしかなかった風俗で働かされることを父親に強要された。

貴女が経験している苦しいことから"解放"してあげる」


そう鈴鹿は霧香に告げた。

まるで鈴鹿本人が神様みたいな遠い存在になったかのように、霧香本人に語りかけてくるのだ。

しかもその内容は霧香にとってはとってもとっても美味しい話で、自分の大切な人から言われた言葉だ、何を疑う余地はあろうか。

とはいえ、どう解放されるのかは自身も分からない。


「ねぇ鈴鹿、どうやって私を解放するの?もしかして私の魂を――」

「そんな事しないわ。

確かにそれも一種の解放だけれど、神様はそれを望んではいないし、そんなことをすれば生の美学への冒涜になる。

だから、もう既に"幸せ"をお届けしてるわ」

「近いうちに会いましょう、霧香ちゃん」


そう告げると、最後に意味深な言葉を告げていなくなった。

あれは夢だったのだろうか、夢と見間違えるほどの奇跡のようなそれが起きたのだろうか?どちらにしても現実とは思えないような感覚が襲いかかったのがわかった。


「近いうちに会う…どういうことだろう?鈴鹿は死んだはずなのに…それにもう届けてるって…」


そう呟きながら家に帰ると、酒瓶で散らかっていたリビングは片付いていて、飲んだくれで仕方なかった父親が玄関で土下座して自分の前にいるのが見えた。


「すまないっ、今謝っても許されないこと位は理解しているがせめて謝らせてくれ!!踏んでくれても殺してくれても、何してくれても構わないから、この愚かな父親を許してくれないか?」


なんということだろうか、 母親が死んでからこの10何年間は自分を苦しめ続けた父親が、急に霧香に対して謝罪をし始めたのだ。


「えっええっと?許す許さないの前に何があったらこうなるの??あれだけ私のことを道具のように扱っておいて…なに急に」


もちろん霧香はそんな父親の謝罪なんて受け入れるはずはなかった。

というか受け入れたくもなかった。

純粋で汚れなく育つはずだった自身の体を汚す理由になった存在のひとつに、今更謝られたって戻るはずもないものを沢山失ったのだから。

とはいえなんだか奇妙な話である。


「いやな霧香、お前から貰った1万で居酒屋に行ってきたんだ。

そしたらびっくり、俺の旧友にあってな?そんでお前との生活はどうかと聞かれたから包み隠さず全部話したらしょっぴかれてよ。

せっかくの酒の席だってのになにしやがんだと思ったが…俺はそいつに目を覚まされてしまってよ」

「人生って何が起きるかわからんもんだな。

ほんとに済まなかった、今更謝ったって霧香が失ったものが戻らないことは知っている。

でもこのとおり、一生許さなくてもいいから謝罪だけは受けとってくれ」


なんということか、偶然であった旧友にこぴっどく叱られたというのだ。

しかも頭を殴られビンタまでされ、かなり父親の頭をすり鉢で擦ったとみたくらいには反省しているようだった。

父親のいう旧友は同い年の女性のことだろう。

まあ確かにあの人なら、父親を変えられるかもしれない人だ。

いつか頼ろうとは思っていたが、まさかこうも早く……。


「(まさか、ね)」


霧香は疑った、さっきの出来事が偶然なのか必然なのかを。

明らかに鈴鹿が幸せを届けたといってからこの出来事が起きた。

しかしだとしてもまだ幸せとは言えない。

これからまだ何が起きるというのだろうか?


「まあいいよ、簡単には許さないけどやっと謝ってくれたんだ、謝罪の言葉くらいは受け取るよ」


ほんとは一生許さない気でいたし、謝罪を受け取る気もなかったが、鈴鹿の言葉を信じて謝罪位は受け取ることにした。



父親の突然の謝罪から1夜明け翌日、寝起きと同時に違和感を覚え自分の秘部を軽く触ってみた。

するとどうだろう、ありえないことに失ったはずの処女が戻っていたのだ。


「えぇえ?!!ちょっとまってよ、おかしい!ほんとに現実??処女が戻るなんてことある?それにおかしい…風俗の仕事に使う道具……あれ?風俗で働いてたっけ…?コンビニでも働いてた記憶が……」


処女が戻っただけに飽き足らず、色々な辛かった過去などが全て記憶から抜け落ちている。

まるで概念を歪めてあったことを全て忘れさせ現実を改変したような出来事に、ただただ霧香は困惑していた。

でも、これが鈴鹿の言う幸せにしてはまだ程遠い。

なににしても今日は学校の登校日、夏休み明けの中間テストに備えたテスト勉強の日である。

朝起きて髪を整え、制服に着替えてご飯を食べる。

どういった風の吹き回しか、父親が料理を作っていた。

しかしそんなことに深く気にすることもなく、足早に家を出た。


「おかしい、何から何までおかしい。

私、生まれ変わりでもしたの?それとも世界が一夜にして変わったとでも言うの?これじゃまるで平行世界<パラレルワールド>じゃない」

「私はもうひとつの世界の住人にでもなったの??わからない、分からないけれど……前の生活よりはなんぼかましっ!」


そう思い、いつもの通学路を通り歩いてた時…誰かとぶつかった。


「いててっ、すいません色々考え事…を…?!」

「いえいえ、大丈夫ですから」


霧香は固まってしまった。

ぶつかってお互い転んでしまったのだが、なんと転んだ相手が鈴鹿そっくりな容姿なのだ。

何から何まで虫が良すぎる好都合展開だ。

ここまで来るとひとつのでかい夢でも見せられてるのでは無いかと思えてくる。

…神様は意地悪だ、時に冷酷で無慈悲なお別れを演出する。

しかし、今回は霧香に慈悲でももたらしたのか?なぜだか虫がよかろうと今こうして幸せな気持ちになっている気がする。


「あの、失礼ですがどこかであったような気がしますが…気のせいだったらすいません」

「あれ、ボクも貴女には初めてあった気がしない。

なんでだろう、10何年はそばに居たような…幼なじみと呼べるような程にずーと時間を共にしたような感覚を覚えます」

「……お名前を聞いてもいいですか?それと、どこの学校かも」

「私は佐山霧香、蒼菜高等学校の1年生です」

「ボクも同じく蒼菜高等学校の1年――」


―――辻山鈴鹿だよ!

目の前の女性はそう名乗った。

そう、紛うことなき鈴鹿の姿。

偽りでもなんでもないその話し方や仕草。

全くの瓜二つの人間なんて存在しないが、似た人は7人と居ると聞いたことならある。

とはいえここまで特徴が一致するのは間違いなく本人でしかないと思った。

あの謎ファッションともいえるガーターベルトにニーハイソックスの組み合わせも着こなしていることから容易に想像できる。


「鈴鹿っ…会えたね。

貴女の言う通り"幸せ"を運んでくれた。

……ありがとう…」


なんどかありがとうと呟きながら涙を流し、抱きしめた。


「……いいえっ」


鈴鹿はただ一言そう呟いた。

まるでこのタイミングに記憶が戻ったと言いたげな程に、霧香を抱きしめた。

その後、2人は籍を入れられないものの結婚した。

最初で最後の"幸せ"の配達は、留まることを知らず…女性同士なのに子を孕み幸せな家庭を築いたという。

そんな2人は今も尚、あるひとつの一軒家で…百合の花を咲かせながら今も家族3人で暮らしている。

生まれた子供には、霧と鈴の間に生まれたという意味で「遥(はるか)」と名付けられた。

霧香や鈴鹿のように、幸せに育つよう想いを込められながら……。

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