廻る世界コマ

花野井あす

廻る世界コマ


 大気に砂塵と毒を撒き散らし、山の木々をそぎ、川を濁らせる。

 

 ひとは息をするだけで周囲を死に至らしめる。

 

 何と愚かなことか!

 

 博士は嘆きます。

 

 博士はにんげんの学者さん。

 博士は環境活動家。

 

 博士はどうすれば彼の愛する自然を彼の理想のままにできるか、考えます。

 

 博士はにんげんを研究しているのにひとが大嫌いです。

 

 ひとはみな、石油を捨て松明を手に生きるべきだ

 博士は考えます。

 

 しかしふと、思います。

 

 だがしかし、ずる賢いひとに自然へ帰ることをみなが同意しても、きっとべらべらと口実を言い並べる反論者がいるに違いありません。

 

 法律や罰はきっと無意味です。

 

 それもまた、抜け道を見つけるのに一生懸命になるだけですから。

 

 では片端から罪人たちを消していってはどうか?

 

 博士は考えます。

 

 しかしふと、思います。

 

 あの、自然に生きるアリでさえ、怠けるものがいるのだ。それも一定の数、必ず現れるのだ。それらを潰しても潰しても、現れるのだ。

 

 これはきっと得策ではない。


 博士は頭を悩ませます。


 もはやこれは急務である。これは私の使命なのだ!


 誰に言われたわけでもない。それでも博士はだれの仕事よりも優先されるべく仕事であると考え、奮い立たせています。


 あの山を削ってひととひとの触れ合う場所を作ろう!

 海辺に工場を立ててひとの暮らしを良くしよう!

 

 いまは自然に優しくが流行。

 プラスチックは紙に

 空気も水も汚すのは規定内で!


 テレビのニュースを見て

 新聞の記事を読み

 ラジオを聞いて

 博士は気分を暗くします。


 そんなにのんびりしてはいけないのだ!

 まったく、ひとというのは余計なことを考え

 ちまちまと無駄なことをする!


 ふと博士は思い当たります。


 ならば全てのにんげんから、醜い思考を取り除いてしまえばよいのだ!

 この世界からにんげんを、にんげんの全てを消し去ってしまえばよいのだ!


 博士はこつこつ、できる限りはやい速度で研究をしました。

 夏が来て、秋が訪れ、冬が終わり、ふたたび春を迎えるをくりかえすうち、博士はとうとう成功させました。

 

 にんげんをチンパンジーにする薬です。いえ、それ以下にする薬です。この薬を吸うだけで、ひとは「きいきい」と鳴くだけの間抜けにしたてあげられるのです!


 ガスマスクをし、博士は準備万端。各国を巡り、薬をばらまきます。


 黄色い肌のひとのいる国、白い肌のひとのいる国、黒い肌のひとのいる国。大きくてごつごつしたひとから小さくてふわふわしたひとまで、「きいきい、きいきい」と鳴きます。博士は大満足。


 ひとの残したものなど害にしかなるまい!


 博士は全ての本を燃やし、全ての文字を溶かし、全ての造形物を砕きます。


 そして全てが更地になり、全てが自然に帰ったとき、博士は顔をほころばせ、薬を飲みました。


 世界は誰に観測されることなく、自然に戻りました。


 それから何百年、何千年。いえ、たったの数日かもしれません。なんせ、だれも数えていないのですから。


 火をあやつる、かしこい獣が現れました。


 かれらははじめ、ともに協力して狩りをしていました。

 

 しだいにかれらは言葉をおぼえ、差異を知り、文明をつくり、自分たちの王国を築き上げました。


 かれらはひとの住んでいた草や木の生えただけの場所に工場やリゾート施設をたて、ますます数を増やしていきます。毎日々々、大気に砂塵と毒を撒き散らし、山の木々をそぎ、川を濁らせます。


 そして世界は、元通りになりました。

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