国を救った英雄たち

怜士

 国を救った英雄たち

 世界で最も広い面積を持つ大陸――キャクス大陸。その東の地域で新たな軍事侵攻が開始された。

 攻め入ったのはキャクス大陸南部に広大な国土を持つクゼヨ連邦。その隣国であり、かつてはクゼヨの一部であったシピグルク共和国がある軍事同盟に加盟したいと宣言したことで侵攻は始まった。

 南大東洋条約機構――《ユグザ》。クゼヨと敵対関係にある国々で構成されている軍事同盟である。

 以前は「ルハブルク社会主義共和国連邦」という名で強大な力を持つ社会主義国家だったクゼヨ。当時ルハブルクも同じ社会主義諸国とともにクグシク条約機構――《クザ》という軍事同盟を組んでいた。

 しかし同盟の中心をなしていたルハブルクが、経済状況の悪化などが原因で崩壊。それによってクザも解体されたが、ユグザは残った。

 その後社会主義諸国に味方していた国の多くがユグザへの加盟を望むようになった。ユグザに加盟すれば安定した経済成長を望むことができると考えたからだ。それもあってユグザは当初より勢力を拡大して今も存続している。

 これに危機感を覚えていたクゼヨの大統領――オートゥ・インブクはユグザの西方拡大を阻止するため、今回加盟したいと宣言したシピグルクに攻め込んだのである。

 当初短期決戦で終わる予定だったシピブルク侵攻は、他国の支援などもあり長期化。クゼヨは国境を接するシピブルクの西部と北部合わせて四州を独立国家として承認し、一方的に併合して支配するなど膠着した戦況を好転させようと努めた。しかし大きく変わることはなく、戦闘は予想をはるかに超えて長引く一方であった。


    ***


 明け方――やっと日が昇り、太陽で空が赤く染まり始めた頃。二隻の巡警船はまだ暗い大海原に向かって出港した。

「ったく……こんな朝っぱらから入ってきやがって……」

 戦闘の指揮などを行う艦橋の中央で、乱れた茶髪をたくましい右手でガシガシとさらにかき乱す中年男性。

「まったくです。ここのところ毎日ですよ」

 中年男性の横で整った金髪の壮年男性が呆れた顔を見せる。

 四方を青い海に囲まれた島国――ピケジュ国。キャクス大陸の東に位置する国である。

 彼らが向かうのはそんなピケジュから十四海里(約四万四千キロ)離れた海域――接続水域と呼ばれるところである。どの国の船でも自由に航行できるが、領海に近づくなど安全を害するような行為に対しては取り締まることもできる海域となっている。

 そんな場所に近年、他国の船がたびたび侵入し、そのまま領海に近づいてくる事案が増えてきている。特にシピブルク侵攻が始まってからは目に見えるように増していき、そのたびに彼らは船を自国に追い返す対応に追われていた。今回も領海に近づく不審な船がいるということで出港していた。


 周囲を警戒しつつ、二隻の巡警船はいつの間にか明るく見通しがよくなった大海原を進んでいく。

 すると、ふと遠くのほうに、横に細長い船のシルエットが二つ見えてきた。

 それを見た金髪の男性はすかさず双眼鏡をシルエットのほうに向けた。周囲にいた数人の乗員も同様に双眼鏡を構える。

 見えてきたのは、白を基調とした船体に赤いラインが入った大型の船。――高い頻度で目撃されている不審船だ。

 といってもこの船がどの国の所属なのかは船体のラインなどを見ればすぐにわかる。高い頻度でこの海域に侵入する、船体に赤いラインが入った船。もはや見慣れてしまったそれは、隣国・イグポッツォ共和国に存在する海巡局所属の船だ。

 海巡局は金髪の男性たちが所属する機関――海上警備庁と同じようなもので、主に海上の安全を守ることを任務としている。

 にもかかわらず、海巡局の船が他国の接続水域や領海に侵入するとはどういうことなのか……と、配属当初はよく思ったものだ。

 毎回侵入してきては特に何もせず辺りをしばらく航行し、駆けつけた巡警船に追い返されていく。

 何が目的なのかはわからないが、領海に接近してきた以上この二隻に対し監視・警告を行い、追い返さなければならない。

 茶髪の男性の命令で二隻の巡警船は海巡局の船を挟むような位置を取ると、そのまま相手の速度に合わせて並走する。

 同時に相手の言語に合わせて無線や、船体に取り付けられた電光掲示板などで「ここから先はピケジュの領海である」と何度も警告を行う。

 だが相手に聞き入れる様子はなく、二隻の海巡局船は警告を無視しながらなおも前進を続けた。

 結局海巡局船との睨み合いは相手が領海に侵入し、折り返して接続水域を出るまで続いた。


    ***


 イグポッツォの領海侵入案件から一週間後。

 ピケジュ北部に位置する行政区画――プシカム県にあるアグド基地では、突然鳴り響いたけたたましい警報音と喧噪けんそうに包まれていた。

 音を聞くなり、上下暗い群青色の戦闘服に身を包んだ海軍兵たちが続々と自分の持ち場へと駆けていく。その間隊舎の内外に取り付けられたスピーカーからは『弾道ミサイルの発射が確認された! 担当員は直ちに持ち場につき、出港の準備をせよ! 繰り返す――』と緊迫した若く低い男声が聞こえてくる。

「――全艦、出港準備整いました」

 艦橋の中央で外を眺めながら準備が整うのを待つエムル・ジャクシム大佐。そこへエムルと同じ中年の男性が少し身をかがめて耳打ちした。

 重力のようなものを感じるくらい低い声。視線だけを声がしたほうへ向けると、目の端には軽く整えられた短い紺青色の髪が映った。

 第二艦隊水上戦部隊を指揮するエルムが旗艦に選んだミサイル駆逐艦〈ガジクト〉の艦長――ヴォクム・ギムシック大佐だ。

「了解。……――〈ガジクト〉より全艦へ! 水上戦部隊、出港ッ!」

 エムルは鮮やかな青色の双眸で水平線を見据え、高らかに声を上げた。

 すると、それに呼応するように〈ガジクト〉の操縦を任された兵士が「出港!」と復唱した。

 続けて艦がゆっくりと動き出し、徐々に速度を上げていく。その後を追うように麾下きかの駆逐艦〈クグ〉、〈ジクトゥーグ〉、〈カジク〉の三隻が同じような速度でついてくる。

「ミサイルはどうなっている?」

 エルムは麾下の艦がしっかりついて来ていることをレーダーなどで確認すると、隣に立つヴォクムに問うた。

「はい。現在ミサイルは四キロの速さで上昇中。あとで二分ほどで宇宙空間に突入、中間ミッドコース段階に入ると思われます」

 鈍い赤紫色の瞳をしっかりとこちらに向けながら答えるヴォクム。

 せわしなく動いていた中でイグポッツォが放ったミサイル――中距離弾道ミサイルIRBMの動きと、迎撃地点に達する時間も確認していたらしい。

 この長距離から飛来してくるミサイルなどの動きを常に把握し迎撃することができる能力、というのがこの艦――イージス・システムを搭載した〈ガジクト〉の強みである。

「ふむ。となると三キロ地点で迎撃くらいがちょうどいいな」

「ええ。それでしたら余裕をもって迎撃準備に取り掛かれると思います」

「ああ。だが余裕があるからといってだらだら準備されては困る。迅速に行い、合図を出せばすぐ撃てるよう徹底してくれ」

「了解!」

 艦橋内にいる兵士たちの緊張をほぐす意も込めてそんなやり取りを交わしてみる。

 自分を含め、ここにいる兵士全員が今回初めてのミサイル防衛の実戦となる。訓練とは違いミスは決して許されない。

 仮にここで撃ち漏らしてしまっても地上で待機している高射部隊が対処してくれるだろうが、必ず破壊できるとも限らない。

 もしミサイルが街に落ちれば、着弾時の爆風や破壊されて飛ばされてきた建物の瓦礫などで多くの死傷者が出るだろう。

 それを知っているからこそ、ここでしっかりミサイルを破壊できるかという不安と、自分たちが撃ち漏らしてしまったときの恐怖が頭から離れない。一部隊を率いる指揮官だからと平静を装って入るが、正直な威信はそれらでいっぱいだ。

 そしてきっと艦橋内にいる兵士たちもそれらを感じているのだろう。

 自分と話した後、ヴォクムが状況などを聞きに兵士たちのところへ行ったが、皆少し緊張の色が見える。

 指揮官である自分たちがあえて余裕を見せることで、少しでも兵士たちの緊張ほぐすことができているといいが……。

 エルムはそんなことを思いながらせわしなく働く兵士たちの様子をちらりと見て、再び何もない大海原へと視線を移した。


 それから少しして、エルムのもとへ戻ってきていたヴォクムが身をかがめて耳元へと近づいてきた。

「目的地点周辺です」

「了解。……――〈ガジクト〉より全艦へ! 全艦止まれ! 艦が静止次第、迎撃準備に取り掛かれッ!」

 ヴォクムからの知らせを聞いてエルムはすぐさま指令を飛ばす。

 それに呼応するように〈ガジクト〉の操縦を担う兵士が「停止!」と叫んで艦を減速させていく。

 動き出す時と同じようにゆっくりと減速していった〈ガジクト〉は、やがて艦内に大きな振動を追与えることなくぴたりと停止した。

 続けてどこからか「迎撃準備ッ!」という叫び声が聞こえ、それと同時に艦内にいた兵士たちが一斉に慌ただしく動き始めた。


 それからしばらく。兵士から報告を受けていたヴォクムが再びエルムに近づいてきた。

「迎撃準備、完了しました」

「了解。――周辺の状況はどうか?」

 ヴォクムからの報告を聞くと、エルムは続けて周囲の警戒に当たっていた兵士に向けて問うた。

「国籍不明艦、および国籍不明機、共にありません!」

「了解。……――〈ガジクト〉より全艦へ! そのまま待機! 全艦、引き続き周囲の警戒を怠るなッ!」

 兵士の報告でこの場に留まっていても危険はないと判断したエルムはすぐに次の命令を飛ばした。

「ミサイルはどんな感じだ?」

 エルムは続けて横に立つヴォクムに問うた。

「はい。ミサイルは一分ほど前に宇宙空間に突入。現在中間ミッドコース段階に入っています。このままですと、約五分後に迎撃予定地点に達すると思われます」

「ふむ。ならちょうどいい頃合いだな」

 エルムはそう呟くと、そのまま頭上にかかっていた正方形の黒いマイクを一つ手に取った。マイクがかかっていたフックの上には、ビニールテープで「射撃室」と書かれている。

「艦橋より射撃室へ! これよりミサイル迎撃を行う! 第一射用意ッ!」

 エルムはマイクの横にあるボタンを押してそう言うと、もう一度ボタンを押してマイクのスイッチを切った。

 それから少しして、今度は艦橋の前方から唸るような音が聞こえてきた。弾道ミサイルを打ち落とす迎撃ミサイル――艦船発射型弾道弾迎撃ミサイル《SM-3》が納められている垂直発射装置VLSの蓋が開いた音だ。

 唸るような音はしばらく続き、やがてそれが聞こえなくなると続くように艦橋内にあるスピーカーから渋めの男声が聞こえてきた。

『こちら射撃室。射出用意完了!』

 それを聞いて、エルムは再びマイクの横にあるボタンを押した。

「――第一射、撃てッ!」

 エルムが叫ぶと、少し間があってから突然艦橋内に轟音が響き渡り、正面の窓は眩しい光に包まれた。

 それはゆっくりと艦橋の前を通過していき、やがて轟音と光は正面から上空へと遠ざかっていった。

 それを確認すると、エルムはすぐさまマイクに向かって叫んだ。

「第一射、射出を確認! 第二射用意急げッ!」

『射撃室了解ッ!』

 先ほどと同じ渋めの男声がスピーカーから聞こえてくる。すると、また艦橋の前方から唸るような音が聞こえてきた。

 こうしてイージスシステムの誘導を受けながら〈ガジクト〉から去っていったSM-3。上昇する途中で二段階に分けて推進装置ブースターとなるロケットを分離。元の長さの約三分の一ほどの長さになると、そのまま大気圏を離れていった。

 その後も細かく軌道修正しながら弾道ミサイルへと向かって突き進むSM-3は、迎撃の三十秒前になったところでさらにロケットを脱ぎ捨てる。

 それまで収まっていたロケットの約四分の一の長さにまでなると、SM-3は内蔵されたセンサで標的である弾道ミサイルを捉える。

 標的を補足すると、突撃する場所を計算。確実な破壊を目指して軌道の微調整を行う。

 調整を終え目標地点を定めると、標的に向かって直進。勢いそのままにミサイルの側面へと突っ込んだ。

 突撃された弾道ミサイルは、突っ込んできたSM-3とともに爆散。その知らせはすぐさま海の上にいる〈ガジクト〉へと届けられた。

「――! ミサイル撃破を確認っ!」

 艦橋内でSM-3の動きを追っていた兵士が声を弾ませて叫んだ。直後、その報告を聞いた兵士たちがわっと歓声を上げた。

「よし……! 周囲の状況は?」

「国籍不明艦、および国籍不明機、共になし!」

 続けざまにエルムが問うと、周囲の警戒に当たっていた兵士が声を弾ませて答えた。

「よし。……――第二射はありそうか?」

「現在そのような報告はあがっていません。警戒管制部隊によりますと、ミサイルから発射基地を特定後監視を続けていますが、今のところ第二射を用意する様子は見られないとのことです」

 続くエルムの問いに対し、ヴォクムがしっかりとした声で答えた。

「……本気でミサイルを落としにきているなら第二射も用意していると思ったが、ないのか……まあとりあえず、だ」

 自分にだけ聞こえるような声量でそう呟くと、エルムは顔を上げ、いつものように声を張って次の命令を飛ばした。

「――〈ガジクト〉より全艦へ! 任務完了! 水上戦部隊、これより帰投する! だが、まだ第二射の可能性もある。総員気を抜くな!」

 エルムは二発目を発射してこないことにどこか違和感を感じつつも、ひとまず目の前の脅威を退けられたことにほっとしながらこの任務における最後の命令を発した。


 弾道ミサイル迎撃任務は、初めての実戦であったにも関わらず、平素の訓練が実を結び、成功を収めた。

 この功績は瞬く間にピケジュ国内で話題となり、任務に参加した彼らは「ピケジュを救った英雄たち」として祭り上げられた。(了)

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