第5話
フレデリカが目覚めると、いつものようにベッド脇にレブラが佇んでいた。だが発された言葉は、いつもとは異なるものだった。
「おまえは十分に老いた」
いまから老いを止めたところで殆ど意味はない、と続ける。
「あら。それじゃあ、終わり?」
フレデリカは微笑みながら問う。答えは聞かずともわかっている。
「契約はまだ続いている」
そうでしょうね、とフレデリカは笑う。願いを叶えるか契約者の命が尽きるか、その瞬間まで契約は続く。結局、フレデリカはレブラに不老を願わぬままでいた。
「ずいぶん長く付き合わせちゃったみたい」
レブラは答えず、ベッド脇の椅子に腰かける。フレデリカが顔を向けると、視界の端で鏡に映った自分の姿が目に入る。髪は艶めきを失って色褪せ、顔も手も皺だらけだ。いまさら老いを止めることに何の意味もないと、言われるまでもなくわかる。
レブラの方へと視線を戻すと、彼が話しかけてきた。
「もっと早くに老いを止めておくべきだった、と思うか」
フレデリカは少し驚く。レブラがこんなことを聞いてきたのは初めてだ。
「
「殆どは」
レブラの補足にフレデリカは頷き、しかし彼の問いには答えずに、少し意地悪な笑みを浮かべる。
「あなたこそ、適当に老いを止めてしまえば良かったのではないの?」
レブラは相変わらずの無表情だったが、僅かに視線を下げた。普段より答えるまでに時間が掛っているように感じて、フレデリカは不思議に思う。レブ
ラの答えは聞かなくてもわかっている。それは契約に反する、とかなんとか。
「そうするべきだった」
フレデリカの思考を遮ってレブラは言った。相変わらずの無表情で、端的な言葉。
意表を突かれたフレデリカは驚きを顔に出したが、その表情は直ぐに笑みへと変わった。ほんの僅かに、まるで慣れない台詞を読んでいるかのような声の揺れが感じられた気がした。
返すべき言葉は当然、直ぐに思いついた。
「あはは、じゃあ私の答えも同じ。“もっと早くに老いを止めるべきだった”」
言い終えて、フレデリカは気付く。レブラが目を閉じ、僅かに顔を下げた。その頬の筋肉が緩むのを初めて目の当たりにした。彼を知らない人にはそうは見えなかっただろう。耳を寄せてようやく聞こえる程の音にも気づかなかったろう。フレデリカの老いた目と耳はしかし、確かに目の前の事実を捉えた。
悪魔は、笑った。
クロノスタシス 御調 @triarbor
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