3
「おじさま、何を読んでるの?」
深夜1時を回った頃。いつもの様に簡易ランタンに明かりをつけて本を読んでいるときだった。
「…天使くん、今何時かお分かりかね」
「ええ、人間さまはおねんねの時間でしょう」
分かってるならよろしいとは言えずため息をつき、本を閉じた。
「君がくる時間は気まぐれなの?それとも上からのお達し?」
くすくす笑って円を書くようにくるっと宙返りをした。
「どちらかと言うと私の気まぐれかしら」
「そちらにいったら上司にいけない子だと報告しなくてはね」
天使は地についてベットの縁に顎を置き、暖色光のランタンを人差し指でなぞる。
「あら、そんなこと仰っていいのかしら。おじさまだってこんな時間に本を読んでいけない子」
「私はいいんだよ、残り少ない人生を謳歌してるのだから」
苦虫を噛み潰したような顔をして「嫌な人」と言いふん、と鼻を鳴らす。
本当のことさ、と心の中で唱えた。そうすると目の前の少女はこちらを見上げじっとみつめる。まさか、聞こえているのかと思い呼びかけてみたが返事はなかった。
「何を読んでいるのと聞いたね、君はこういうものを読んだりするの?」
「いいえまったく。私じっとして何かをするのは苦手なの、おじさまは本を読むのが好きよね。何故?」
ああ確かに、君には難しそうな事だ。と思ったのだがこれもまた外には出さずごくんと飲み込む。
「何故と聞かれたら、ううんそうだな。本はね、私を全く別な所へ連れて行ってくれるからかな。知らない世界を、想像したこともない出来事にあわせてくれる。遠い海を越え異国に連れ出してくれたり、あるいはジャングルの中を駆け抜け敵と戦いながらもお宝を探す冒険に出たりね。」
分厚い文庫本を親指でパラパラ紙をめくっていく。柔らかい紙が指を伝って色んな場所、人物に巡り合わせてくれる。今回は探偵になり今ちょうど犯人を追いかけているところだ。
「私には出来ないことがいっぱい詰まってるのさ、だから本を読むんだよ。君はいいよ、どこへだっていけるのだから」
ふうん、と不服そうだ。小さな指先でつんつんと私をつつく。
「私だってあなたを連れ出すことはできるわ。そうよ!おじさま私の手を握って、いまから行きましょう」
「え、今からかい?嫌だよ」
「どうして。私と旅をするのも本を読むことと同じくらい楽しいはずよ!」
ああ、それはそれは楽しいはずさ。君の手を握れば優雅に空を泳いで鳥たちと海を渡り、滝の下を潜って虹を見たり、星たちとなかよく歌ったり。君は歌がうまそうだ、朗らかに笑って歌って軽やかに踊る姿が想像つく。
「はは、楽しいね。いや楽しいよ」
「楽しい?まだ何もはじまってないわ」
「いいや、君がそう言ってくれたから今日は楽しい旅にでれたよ。ありがとう」
「ふうん、おかしな人。旅に出たいのならいつでも仰ってくださいな、私の手を貸しますわ」
そういってピンク色の柔らかそうな手のひらを差し出す。
でもきっと、その手を握ることは一生ないのだろうと思った。
「今日はなんだか頭が冴えているよ。悪い夢を見そうだ」
「あら、悪い夢なんかみせないわ。私がおまじないをかけて差し上げます、どうぞ安心してお眠りになって」
天使の手が瞼を覆い被さる。ああ怖い、こんな眠ることが怖いと思うのは初めてだ。冷たいような暖かいような、不思議な体温が伝わって私の皮膚と混ざり合う。
天使の名前を呼ぼうと思ったが、私は貴方の名前を知らない。無事目を覚ましたらまずは貴方の名前を聞こう。
そう考えているうちに海の底へ落ちていくような、ゆらゆら気持ちのいい感覚に陥りそのまま夢へ誘われた。
逢瀬 揺蕩う @yurushi10
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