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夢の中で花畑を歩いていた、ふかふかの絨毯のような七色の花が揺れる。その先には真っ白な羽の生えた少女が花冠を作っていた。私が近づくと少女が気づき、にっこり笑ってこいこいと手招きをする。なんの疑いもせず吸い込まれるように進んだ。
「ほら見て。あなたの為に作ったのよ、綺麗でしょう」
ああ、その輪っかを頭に乗せたら私も君のような美しい天使になれるだろうか。
「萩本さん、起きてください。萩本さん」
「ん、…ああ。もうそんな時間」
いつもの看護師さんがカーテンを開け朝日を部屋に招き入れた。
「いい夢の途中で起こしてしまってごめんなさいね、朝食のお時間です」
「いい夢?」
「ええ。珍しく微笑んでいたからきっといい夢を見てるんだわと思って。どんな夢を見てたんですか?」
「そうなのか。どこか、歩いてた気がするのだけれど、いや思い出せないな」
「あら!そしたら今日のリハビリはうまく行きそうですね、朝食用意するので食べたら頑張りましょう」
歩いたって意味が無いよと口走りそうになったがキュッと口の端を固く結んだ。
机の上に代わり映えのしない食事が並べられる。いつもの様に味のない味噌汁を啜った。本当は口にしたくないが残したら怒られてしまうので仕方なく食べる。
「どんな味がするの?」
そう問われ、部屋の中を見渡す。さっきの看護師さんはもう出ていったはずなのに声が聞こえた、幻聴かなと思いまた食べ始める。
「ねえ、無視しないでおじさま」
窓際に目をやると夢の中で見た少女が宙に浮いてる。
「君、夢ではなかったの」
「さっき起きたばかりなのに?おはようおじさま」
「…おはよう」
「ほら、今日はねおじさまのために花冠を作ってきたのよ。」
どこか見覚えのある風景でハッとする。そうだ、花畑を歩いていたんだ。そしたら、少女に会ってこんなふうに花冠を貰った。
「君は夢の中に出てくることもできるんだね」
「夢?いくら私が天使だからといって夢を見せることはできませんわ、あなたが作る物語なんだから。私の夢を見たのね、おじさまって意外と熱烈」
熱烈、といわれ啜った味噌汁を吹き出した。
「そんなんじゃないよ」
「いいえ、そうよ。夢の中までも私のこと考えてくださるんだもの、嬉しいわ」
「うーん、そういう事にしておこうか。あれ、君」
「はい」
天使を見つめ夢のことを思い出し、問おうとしたが口を噤んだ。
「ああ、いやなんでもないよ。冠、綺麗だね。お花は天界のもの?」
「そうよ、私が心を込めて毎日水やりをしたお花達がやっと咲いたの!1番におじさまへプレゼントしたいと思って」
見せた笑顔は純粋無垢な子供のようでなにか企んでるとかそんなものは一切ないように感じた。
「私に」
「そう。受け取って、くださる?」
おずおずと差し出した。長いまつ毛が揺れちらりと上目でこちらをみた。
「勿論だよ。ありがとう」
受け取ると花の香りが漂う。こんな優しさに触れたのはいつぶりだろうか、こんなものを私なんかが受け取って良いものだろうか。
「よかった、嬉しいわ。こんなに嬉しいのは久しぶりよ、ありがとうおじさま」
それはこちらのほうだよ、そう言おうと少女に視線を向けたが姿はなかった。
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