逢瀬
揺蕩う
1
「ひとりぼっちは寂しいでしょう」
天使が甘い声で囁く。
風が白いカーテンを揺らして窓から夏の匂いを運んできたものだから見間違いだろうと思えばどうやら本物らしい。
ブロンドの長い髪が嫋やかに踊り、頬にかかる。
「おや、お迎えは3ヶ月後と伺ったのだが先生が間違えたのかな。それとも気が早いお嬢さんなのかな」
澄み切ったターコイズブルーの瞳が大きく開く。シチリアを訪れた際にみた大きな海を彷彿とさせる綺麗な瞳で、眩しくて思わず目を細めた。見たのはもう何年も前のことで今の今まで忘れていたが彼女が古い引き出しを開けた、錆び付いて開かぬままだったかもしれない。
くすくす、と可愛い音色でその天使は笑う。
「おじさま、違いますわ。確かにお迎えの予定は3ヶ月後よ。でも私は貴方と一緒にこの夏を過ごすためにここへ来たの」
「一緒に?貴方が私と一緒に、過ごすというの?」
「ええ、そうよ」
ゆっくり体を起こす。横に置いてある文庫本がパラパラ風でめくれていく。
時の流れは残酷だ。ベットの上で過ごす日々は恐ろしい程長い時間であったのにこの余命幾許もない心臓と共に過ごす時は儚くも一瞬だ。良くなると、普通の暮らしが私にもできると期待しこの病と奮闘したのはもう随分前のことで今となってはそんな満ちた希望を持ち合わせてるはずもなく、ただ朽ち果てるのを待つだけ。
こんな意味の無い時を一緒に過ごそうと目の前の少女は微笑むのだ。
「それなら必要ない。今までずっとひとりだったのだから死ぬ時もひとりでいい、なにも寂しいことは無いからお嬢さんは他へいくといいよ。もう人の手を煩わせたくないから…」
「おじさまの目には私が人にみえるというの?」
「見えるじゃない。」
今度は大きな口を開け軽快に笑った。何がそんなにおかしいというのか。街中で君を見かければ誰しも自分と同じ人間だと思うよ、まさか天使だとは思うまい、そう心の中でつぶやく。
「そんなこと初めて言われたわ。みんな神様だ幽霊だとかいって許しを乞う人もいれば死にたくないと怖がったりする人もいるのに。変だわ」
変、という言葉にぴくりと眉を動かす。
「そうかな。確かに君はお人形さんのような普通の人とはかけはなれた容姿だし通りすがる人は皆口を開け振り返るだろうね。でも両手にはしっかり5本指がある、顔のパーツは欠けることなくついている、足だって透けていない、私が知る人間となんら違いはないね。とにかく老いぼれと一緒に居なくていい、こんな退屈なことは他にないだろう?」
ぷかぷか浮きながら頬杖を着く。拳に乗った頬はピンクに染まり肩は円をかいて見ただけでわかる柔らかさだ。頬を風船のようにぷくっと膨らます。
「お空にいる方がよっぽど退屈でどうにかなりそうよ。それに私、おじさまとずっとこうやってお話がしたかったの、お友達のようにね。だから貴方が拒もうとも私は毎日来るわ。」
「そう…」
勝手にすればいい、そう呟けばと久しぶり長く会話をしたからか睡魔が襲いすっかり眠りに落ちてしまった。
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