地獄の沙汰もキャパ次第

惣菜コーナー

やめてよお! ワシにとっちゃ黒歴史なんだから!

 これはみなさんの時代から、はるかに未来の話です。しかし誰もが「いつかはあり得るかもしれない」とうっすら感じていたことかもしれません。

 まあ端的に言うと、なのです。


 ところで、地獄というところは無限に広がっているわけではありません。人間世界はいろんな宗教を信じている人がいて、それぞれの地獄に相当するものが、まるで国境で分かれているかのように位置しています。しかしどこまでも広がってはいないのです――治めるのが難儀ですから。


「閻魔さま! 大変です!」


 主に東アジアで信じられている地獄の主、閻魔大王のところにひとりの獄卒が駆けてきました。かの石川五右衛門や武則天などの大罪人をさばいてきたとされる閻魔大王ですから、そんじょそこらのトラブルでは動じたりしません。

 厳つい顔をぴくりとも動かさず、獄卒に問いかけました。


如何いかがした」

「人間が……人間がとうとう全滅しました」

「ああ。いつかはそうなるだろうとは思っていたが、とうとうその時が来たか。己で己の首を絞め殺すとは全く愚かな生き物であったな」



「それで……地獄全体のキャパを遥かに超えているのです。収容しきれません」

「え? マジで?」


 閻魔大王は己の威厳と手元の魔鏡を取り落としました。

 割れてはいませんが、ここの地獄では裁判のときに罪状を映す大切な鏡です。獄卒と閻魔大王はあわあわと鏡の無事を確認してから顔を見合わせました。


「いかんせんひどい戦で命を落としたものが多いものですから、地獄に殺到してしまったのです。よその神々の地獄も平常通りの流れでは受け入れられず、入獄待ちの列が出来上がっているところもあるそうです」

「ええ……まずいなあ。それ隣の地獄にはみ出したりして絶対に揉めるでしょ。うちの地獄宛てにも押し寄せてきてるんだよね? そっちで手一杯になりそうなのに、更に懸案事項が上乗せされるのはきついなあ」


 素に戻った閻魔大王が顔面蒼白で頭を抱えました。罪人単体の強さには対応できますが、収容キャパオーバーとなると話は別です。なんせ土地の広さの問題です。個人の力量だけではどうにもならないのです。


「困りましたね閻魔さま。前代未聞すぎて何も思いつきませんよ私」

「いやあ実はワシも経験したことないんだよ、こんなの……人間たち、確かに何回か大きな戦争を起こして結構な人数が地獄にきたけど、全滅したのはさすがに初めてだしねえ」

「今ここで収容している人間たちのこともありますし、どうしましょう……」


 その獄卒と閻魔大王は顔を見合せてうんうんと唸りました。そうこうしている間にここも人間であふれることでしょう。悩んでいる時間はありません。


 と、ここで


「あ」


 と閻魔大王が手を打ちました。


「天上道なら余裕があるかも」

「というと」

「地獄にくる人数が多いってことは、天上のほうに行く人数は少ないんじゃないかな」

「おお! なるほど!」

「うちの地獄は永遠にいるわけじゃなくて転生して出ていく者もいるから、空きが出るまで向こうの土地を間借りできるかも」


 ちなみにこのとき、キリスト教などにおける転生の概念のない地獄はもっとパニックだったとのことです。

 余談はさておき、解決策があっさり見つかった閻魔大王はさっそく天上道へのホットラインを手に取りました。



 ところが。



「無理じゃよ」


 向こうの受話器を取った相手、梵天はすげなく言い切りました。


「ええ!? こっちに人間が来てるということはそっちに空きがあるんじゃないの?」

「閻魔、お前の予想は甘かったな。こっちにも良き行いを行った者どもが押し寄せている」


 いくらなんでも死にすぎたな、とため息をつく声が受話器越しに聞こえます。


「母数が多ければいずれどちらに割り振られようとこのままでは溢れるだろうよ。よその天国やらと比べて多少の出入りはあるから、この逆境をしのげば少しはマシになるじゃろうが」

「それはワシも近いこと思った」

「当面の問題はどうしのぐかじゃなあ。こっちも土地の余裕がない。他の案を考えるしかなかろうなあ」


 あの世の不思議な力でつながっている電話越しに、阿弥陀仏と梵天はうんうんと唸りました。お互い似たような状況だったので、相手を頼るわけにはいかなそうです。


 と、ここで


「あ」


 と閻魔大王が声を上げました。


「転生のサイクルを今だけでも早めたらどうだろう」

「ほう。緊急事態ゆえしかたがないと」

「そうそう。出ていく人間のスピードを早めれば、入ってくる人間のためのスペースが空くまで時間がかからないはずだし」

「それはありかもしれんな。こちらでも試してみよう」


 いやー梵天さんに電話してみてよかったよ、やあこちらこそと和やかな雰囲気で通話は終わり、閻魔大王と梵天は受話器をガチャリと置きました。



 ところが。



「閻魔さま! 大変です!」

「さっきも見た流れだなあ」


 転生のスピードを早める指示を出して少ししてから、獄卒のひとりが慌てて走ってきました。ちなみにさっきの獄卒とは違う獄卒です。


「人間道と畜生道で転生できません」

「えっなんで!?」

「生き物が何にもいなくなってしまったので、生まれ変わるにも生命の営みが行われていないのです」

「ああー! そういわれると確かにそうかあ!」


 何せ前例のないことだったので大切な前提が抜けていたのでした。まさか原生生物から進化の歴史をやり直すわけにもいきません。今回の場合、時間がかかる案は採用できないのです。


「餓鬼道と修羅道……も、うちと同じ状況だろうなあ。これは本当に困ったぞ」


 さあ大変です。もうすぐ近くに大量の、溢れんばかりの人間たちが押し寄せてきています。すでに他の獄卒たちと押し問答を繰り広げているざわめきが聞こえてさえいます。

 その獄卒と閻魔大王は顔を見合せてうんうんと唸りました。

 それはそれはうーんうーんと唸りました。脳みそフル回転です。



 と、ここで


「あーっ!」


 と閻魔大王が大声をあげました。


「人間道が空っぽならもうそっちに移動しよう」

「え? ああー! 言われてみると確かに土地使い放題ですね!」

「そうそう! それに相当広いから『転生のスピードを早めて間借り』なんてせせこましいことしなくていいし、今回の問題をゆっくり解決できる」


 決まり決まり、と閻魔大王は清々しい顔で手を叩くと小走りで人間たち、そして獄卒たちのところに躍り出ました。


「皆の者! 地獄は定員オーバーである! そこで人間道に第二の地獄を築くこととする!」





 さて。このお話の結末をお伝えしましょう。

 閻魔大王は宣言どおり、かつて人間道だったところに今回の戦争で死んだもののための第二の地獄を作りました。ただし環境を整えるのはやはり急がねばなりませんでしたから、やむなく突貫工事となってしまいました。

 ご存知でない方のために説明しますと、地獄には八大地獄という八つの部署があって、それぞれ罪の重さによって行き場所が変わる仕組みになっています。それの縮小版を急いで作ろうとしたのです。


 さあもう、次に何が起きるかお気付きですね。




「第二地獄の収容者たちが脱獄したぞー!!」

「へーっへっへっへ! スキマだらけだから楽勝だったぜ!」

「閻魔大王様! 大変です!」

「うわーっもう最悪だよーっ!!」


 ボロボロになった閻魔大王の悲痛な叫びが地獄中にこだましました。

 脱走した人間たちは図らずも自分たちの元いた世界に帰ることとなり、まさかの復活劇が始まってしまったのです。

 まあ地獄に堕ちるような人間たちしかいませんからろくなことがなかったのですが、また人間の生命の営みが始まることとなりました。


 長き時代を経て、このときの話は人間たちの新たな神話として語り継がれたということです。


「やめてよお! ワシにとっちゃ黒歴史だよお!」


 おしまい。

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