帰還・戦闘開始
森で大魔族グラワーズと戦ってからさらに1日と10時間程が経過した。
その間はどこにも立ち寄らずにただただレッドウォードの方向へと飛んでいった。
本当は立ち寄りたいところや話したい人はいくらでもいたのだがそれらをスルーして飛んでいった。理由は単純である。ビルがレッドウォードに張った結界に異常が起こったことを感知したからだ。
(結界使いの吸血鬼がいることは承知しているが...いくらか複雑化してあったから10日ぐらいは持つものと思っていたんだがな...)
ビルは魔族の攻撃を受け戦場から引き離されたが超遠隔で結界を発動させた。そのため発動した地点より遠い所に行かない限り発動した後でも操作可能だった。
2日ほど立った時に結界に使われていた魔力が聖力に置き換わったことで遠隔操作こそ不可能になってしまったがそれでも状態だけならば知覚することが出来たのだ。
その状態で起こった異変。考えうるのは、結界の破壊。ならば早急に向かう必要がある。様々な人々にあったり戦ったりしていたのもこの結界への信頼故だった。
(と、その前に一つ。最後の用事をすませておこう)
ビルはふと思いつくと高度を落とし地面に着地した。
用事を済ませ、空へ舞い上がる。そして再び空を飛び始めた。
そしてレッドウォード近辺に着地した。レッドウォードは夜空の下で真っ赤に燃え上がっていた。
「これは...」
「...やはり結界を突破されていたか。しかしそれでも幾らか耐えてみた辺り、良い腕をしている者がいくらか居た、ということか」
「早く行かねぇとヤベェんじゃねぇか?だいぶ人残ってんぞ?」
「そうね、3手に分かれて行くのがベストかしら?」
「...いや、早急にフレッドと合流したほうが良いと思うぜ?あの3人は状況を把握してんだろ?」
「確かにそうかもしれないけれど強敵だった場合強い攻撃とかに巻き込まれて人が死ぬことにも繋がるわよ?」
「それも一旦合流した後で良くねぇか?」
ゲイルがカミラに反論を述べたとき、急激にあたりの空気が冷えるような感覚が3人を襲った。
「......合流が先だな」
「そうね。あれを放置してはいけない気がする...」
ビルは暫く顎に手を当てて考え事をしていたが、顔を上げて2人に述べた。
「街の吸血鬼はだいぶ数が減っている。俺が引き受けるから2人は先に合流していてくれ」
「了解!」
「わかったわ」
2人はすぐに飛び出していった。再び空へと舞い上がると
「《
と唱えた。どんよりとした色の雲からにわかに雨がレッドウォードの街に降り注ぎ始
めた。それを確認するとビルはある地点に舞い降りた。
そこには、吸血鬼と、それに対峙するように立っている第二王子と、セレナがいた。
第二王子の身体には切り傷が複数あり、吸血鬼の側には剣の柄が転がっていた。
吸血鬼の手が、セレナを庇うように引き寄せて抱きしめた第二王子を貫くかと思われた、その瞬間だった。
真っ赤に燃える物体が第二王子と吸血鬼の間に割り込んだ。吸血鬼はガードが間に合ったものの少し後ろに下がらされたが、同じ距離でその衝撃を受けたはずの第二王子には何もダメージがなかった。ただ、着地のときに起こった風でセレナの髪が揺れただけだった。
この状況における乱入者。そしてこのレベルの威力の調整が可能な人物。
そして、その人物は......
「まさか2度助けることになるとは。尽く未来のことはわからんな」
そこには不敵な笑みを浮かべつつ右手の掌に炎を発生させているビルの姿があった。
「...何者だ?」
「しがない通りすがりの一般人、その程度の認識でいいぞ」
その瞬間、吸血鬼の手から細く速い血のビームが放たれた。だが、ビルに命中する直前にそのビームは直角に曲がり地面に穴を開けた。直角に曲がった地点を確認すれば、水玉が浮かんでいる。
「...音速をゆうに超える血に対する反応...詠唱省略...ごく小規模の水球の発生...反射角度の調整...手の中の炎...どれもまるで人間が為してよいことではない...」
「修行すりゃお前でもできるさ。そんなに卑下することでもないぞ」
「...修行すれば、か...貴様の言うことも...一理はある...だが...そんなに無駄なことをせずとも...真似してしまえば良いだけだ...」
(
「...へぇ...その度胸に免じて名乗らせてもらおうか。俺の名はビル・クリフトだ」
ビルが自身の名を名乗った。不思議なことに、周囲の音が全て消えた。雨音も、風も、熱も、全て失せた。
ビルの顔に、笑みは浮かんでいなかった。ただ、憐れむような目をしていた。
吸血鬼は固くこちらを睨んでいたが、突如、目をかっ開いた。
「......?」
「.........」
吸血鬼が、放心したような顔で、言葉にもならないなにかを呟いた。すると、その吸血鬼の頭が突然、爆ぜた。首から下の部分の体は、ぐらりと体勢を崩し地面に倒れ込んだ。高い再生能力を誇るはずの吸血鬼の身体は、再生しなかった。ビルは、その遺体を炎で焼き消した。
第二王子とセレナには、眼の前で起こっていることが一つとして理解できなかった。
「...極力、この街から離れろ。努力はするが安心はできないぞ」
ビルは2人を横目で見ながら言い放った。ビルはすぐに空へ舞い上がって、レッドウォードを移動した。すぐに、目的地がわかった。上空からその地に向かって気配を殺しながら対象の背中側に陣取った。対象はすぐさま振り向いてビルの炎を纏った拳を受け止めた。
「気付いたか、元・魔王サマ」
「次から次へと...小癪な!!」
吸血鬼の魔王が咆哮を上げた時、吸血鬼の魔王の足が凍てついた。勇者は聖剣を振り下ろした。吸血鬼の魔王の身体に命中し、身体に聖剣が食い込んだ。吸血鬼の魔王は即座に衝撃波を放ち足の氷を砕きつつフレッドとビルを退かしつつ2人から距離をとった。
「小癪で結構。勝てば良いだけの話」
「ビルか!」
「すまん。野暮用があって遅れた」
(どこか...見違えたような。俺が居ない間に随分と頼もしくなったみたいだ)
ビルはフレッドの様子を見て、その身に起こった成長を感じていた。
フレッドは迷いなく、吸血鬼の魔王へと接近していく。そのフレッドを追うように、2人が駆ける。後ろから支援魔法がかかり、矢が飛んでいく。矢は途中で急激に曲がり避けようとした魔王の身体に命中する。突き刺さった矢から白い閃光が迸り魔王の腕に火傷のような痕を作った。
(矢に聖力や魔術を籠められるように改良してあるのか...そしてそれを扱えるだけの技量...元からそれだけの才能はあったのだろうな)
吸血鬼の魔王が血の玉を複数打ち出したのを確認しつつビルは詠唱した。
「《
フレッドと吸血鬼の魔王の間に水の壁が出現し、血の球が水の壁に吸収される。血は水で薄められ血として認識できる範囲を逸脱したために水の壁の中で暴発し水の壁が紅く染まる。フレッドは聖剣の一薙ぎで壁を突破すると聖剣を脇に携え一気に振り払った。吸血鬼の魔王は両翼でそれを受け止め、翼を開放し聖剣を後ろに退けるとカウンターと言わんばかりに拳をフレッドの胴に向かって打ち出した。だがそれはフレッドの身体に接触する直前に不意に出現した小さい半透明の十字架状の楯によって防がれた。
(
ゲイルとオリヴィアがその間に一気に距離を詰めゲイルがフレッドに変わるように魔王の正面に立ち、オリヴィアが魔王の背を取った。2人はアイコンタクトを取るとほぼ同時に攻撃を仕掛けたが再び魔王は足から衝撃波を放って3人纏めて吹き飛ばした。
「《赤狼》」
「《礫水》」
追撃と言わんばかりに魔王が繰り出した4匹の血の狼をビルは難なく水で粉砕した。そして魔術の発動によって出来た隙を狙うように3本の矢が放たれ、それぞれが白く光っていた。魔王は舌打ちしながらも空中で血の球を作りそれらに矢を命中させることで自身に命中するのを防ぎさらに追撃を加えようとカミラとレイの二人に接近したがビルに横合いから蹴りを加えられさらに生成した剣もビルの放った水のレーザーで破壊された。
それを物ともせず吸血鬼の魔王は即座に空中で身体を翻して着地すると地面を蹴って高速移動し手刀で再び3人を狙ったが、突如空中で衝撃が発生し吸血鬼の魔王の腹部が大きく凹んだ。再び衝撃が発生し今度は吸血鬼魔王の背部に炸裂した。三度衝撃が発生し吸血鬼の魔王の額に衝撃が発生した。そうして出来た隙に魔王の足に1本の矢が打ち込まれ、白い光が炸裂した。さらに吸血鬼の魔王に接近していたレイが吸血鬼の魔王に掌底を食らわせた。威力自体はそこまで大きくはなかったがそれと同時に発生した強い聖力によって大きく弾かれた。そこに先程吹き飛ばされたフレッドとゲイルとオリヴィアが一気に詰め寄った。吸血鬼の魔王は奇妙な文言を唱えると突如として吸血鬼の魔王の身体が大きく膨れ上がり破裂した。破裂した際の風により皆は後ろに下がらせられた。その隙に魔王は6人とはまた別のところへと移動していた。
「猿どもめが...忌々しい...」
見れば、吸血鬼の魔王の姿は大きく変化し、腕は3対6本の腕が生え、背中からは2対4枚のコウモリの翼が生えていた。
「やっべぇな!そのへんの野良猫ならビビって逃げてるぜ!」
ゲイルがそう言いつつも武器を構え間を測る。オリヴィアもこれまで使用されてきたものとは違う柄に様々な装飾の施された少し刃渡りの長い短刀を構えていた。カミラは3本の矢を弓につがえ弓全体が満ちる寸前の月のように引き絞った。レイもフレッドも、武器に聖力を溜め始めた。
僅かな隙があれば即座に攻撃できる、まさにそういう状況だ。そしてその隙は早々に訪れた。3度吸血鬼の魔王の身体を襲った衝撃が吸血鬼の魔王の下右腕と中右腕を襲ったのだ。それを
「...雨の中に仕込んだ...水を利用した爆弾...血を吹き飛ばすための...水の攻撃...くだらん...今の儂に通じると思うな!」
「どうだか。せいぜい雨だしなぁ」
「なに...?」
「《
「...つまり何が言いたい?」
「水魔術じゃないってことは言っておく」
「...魔術のなり損ない...魔力の暴発か?」
「ご明答。その程度なら特に注意しなくてもいいんでね」
「はっはっはっ!味方に当たることは考えておらんのか?街を破壊することは憂慮しておらんのか?勝てるはずもない我々魔の者に打ち勝つためにすべてを無下にしようというのか?人類というものは400年もの間一切変わることなく素晴らしい教育を施しておるようだな」
高笑いを1つしてから蔑むように話し始めた吸血鬼の魔王に対し一つ間をおいてビルは嘲ったように笑い話し始めた。
「...残念ながら俺はそんな酔狂なものを受ける資格でさえ無かったんでなぁ。人類の教育の有難みがどうこうだの魔族の教育の崇高さがどうこうだという話に興味はないが確実なことを言うのであれば俺は魔族を狩るためにありとあらゆる手段を使う」
「そのありとあらゆる手段というのが全てを犠牲にするのだぞ?他の魔族を狩ろうと奮起する貴様らは滑稽でしか無い。好機に蘇り人類を屠り殺す我々にとってもその自己犠牲の精神というものはありがたいことだ」
「犠牲?さぁて何のことだか...」
ビルが惚けた瞬間、左腕の3本が全て吹き飛んだ。
「隙と時間は作ったぞ」
「助かる!」
5人が、一斉に動き出した。
◇ ◇ ◇
「ああでもない」「こうでもない」と考えてたらメチャクチャ遅れました。
(本気の謝罪)
勇者パーティの魔術師 〜最強に至るまでの脇役の話〜 @senryu-
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