ミス

「して、やられたな...」

ビルは舌打ちをしながらその家から出た。

(...俺は転移術などの高速移動に特化した術を持っていない。ここで裏目に出たか...しかし奇妙な権能だな。亜空間に自身と他者を連行し解除時に座標をずらす...看破できなかったか)

そこは海の中なのにも関わらず、地上と同じぐらいの光が満ちていて明るかった。辺りは水で満たされているのにも関わらず通常と何ら変わらず呼吸ができる。水が揺れるたびに満ちている光がゆらゆらと揺れ、足がついたところからは小さい砂煙が起こった。

(海中都市「ボトム・オーロラ」か...かなり前だったかな?ここに来たのは...奇遇なことだな。血で満たされた戦いの最中に水で満たされた神秘的な都市に来ることになるとは)

「......おお!道理で見覚えあるの顔だと思うたわけだ!ビル殿!」

「...?」

そこそこ遠いところから、白く長い髭を蓄えた男性がやってきた。彼のそばにいる2人の若者は何事かとこちらへと睨みを効かせていたがその男性の言葉により膝をついて動かなくなった。無論、警戒の気配は解かれていなかったが。

「シャーガ殿。お久しぶりです。お変わり無いようで何よりです」

「はっはっはっ!もう兵士の活動はできんがのう!」

「皇帝位にあられるお方が兵士の活動を為さる方が可怪しいのです」

「堅いことを言うのぉ...ところで何か用があってこの蒼滝宮においでなさった?」

「いや、戦いの最中に随分遠いところから飛ばされましてね。すぐに去りますよ」

「それは残念じゃのう...」

その男性はよりビルに近づくとビルに耳打ちした。

「もし時間があればでよいのじゃが...のところへ顔を出してくれんかのう?今でもあの時のことを憶えておる...きっと歓ぶはずじゃ」

「いいですよ。戦う前から保険はかけておいたので...」

「ん?」

「いえ、こちらの話です。では、お暇させていただきます」

ビルがその場を去って別の場所へと向かってから、その男性は口角をわずかに上げながら従者にも聞こえないような声で呟いた。

「全く...あの少年の力は計り知れんものよ...10年前から変わっておらんが...」


「へっ!?えっ!?誰っ!?」

「いきなりですまん。あなたの父君に言われて顔を出しに来ただけだ。すぐに去る」

ビルが小さな部屋の扉を開けると、そこには1人の女人魚がいた。

「あっ...ビルさんでしたか。お久しぶりでございます。何年ぶりでしょうか?」

「10年と少しぐらいだな」

「10年も...面白い話などはありませんか?是非聞いてみたいです」

「10年もすればいくらでもあるさ」

そういうとビルは地図を取り出して指差しながらそれぞれの場所の思い出話を話し始めた。

しばらくしてその話が一段落したとき、ビルが話題を変えた。

「その様子からするとまだあのことを公表していないんだな?あなたの父君は」

「はい...そのようです。なんでも...伝統を重んじる方々からの反発が大きいとかなんとかで...」

「それもあるだろうが大方...いや、何でも無い。それよりどうだ?近況は」

「はい。宮殿の中だけなら好きなように動き回って良い、と言われてはいますが...やはり外界に出ていってみたいですね...」

(むしろ父君は外界に行ってほしいと思っているんだろうが...言う必要はないだろうな)

「外界と一口に言っても途方もない数の場所があるぞ?」

「ええ。私はその途方もない数のある場所を巡ってみたいので...」

「それはまたいい夢だな」

「でしょう?ビルさんほど多くの場所を巡れるとは思いませんが...この目と耳でありのままの世界を見てみたい...それが私の今の夢です」

「いつか叶うと良いな。俺はそろそろこの場を去らなければいけない」

「どうしてです?」

「俺が勇者と共に戦っているから、だな」

「勇者...」

「またいつか会うことになるだろうさ」

そう言い残しその小部屋の扉を閉めビルはその宮殿から去り、海中都市からも去っていった。

一気に海からも飛び出て空に舞い上がると元いた方向へと向かい始めた。

(さて、どうしたものかな...あの吸血鬼のアジトになっているところには召喚術が刻まれていた...格下の吸血鬼か魔獣を呼ぶ気だろうが...あのレッドウォードに封印されているものを解放する気ならば陽動として使えるだろうな...やはり事前に結界を仕掛けておいて正解だった)

ビルは快晴の空を高速で駆けていく。美しいブルーの海とギラギラと輝く太陽と共にあるその景色は本来であれば美麗極まりないもので人々の目を惹き付けるのだろうがビルからしてみれば全くつまらない普遍的なものでしかないというのが彼の心境だった。

(スピードを上げすぎれば衝撃波が発生してしまう...俺自身へのダメージこそ無いが環境は滅びるだろう...そうなれば天災と何ら変わらない...となるとレッドウォードまで戻るにはどれだけ急いでも4日以上かかりそうだな...ならばせっかくの機会だし久々に知人に会ってみようか)

海上でスピードを出せる最高地点まで到達すると人魚の姫に話した内容を思い出しながら高速で空を飛んでいった。


1日ほど経過した。その間、いくつかの村や小さい家に立ち寄り少し休みながらもレッドウォードめがけて真っ直ぐ飛んでいた。

ある森の上に到達した時、ビルは不審なものを発見した。

(魔族が交戦中...確かにこの辺りは魔族と人間の勢力争いが激しいところだが...なぜここにこれほどの者がいる?そして1対1で戦っているのは何者だ?)

はるか上空からそのことを確認すると、興味が湧いたのか急降下し2者の間に割り込んだ。

地面に着地した時、轟音と共に地面が抉れ土煙が舞った。そして土煙を吹き飛ばすとその2者を間近で確認した。

「...なんだ貴様は...」

「どうせ名乗ったところで憶る暇もないだろうに」

魔族の身体からは角やら装甲やらが出現していて黒いオーラも纏っている。

(戦闘形態、というところか。能力向上までかかっている。魔素消費も大きくなるだろうにな。コイツはそもそもの能力がかなり高いがそれでもこの形態になることを強いられるとはな。どういう戦いをしていたのやら...)

フッと振り返るとビルに向かって先程まで魔族と戦っていたモノが襲い掛かってきていた。ビルはそれを片手で薙ぎ払った。吹き飛ばされた側は驚異的な動きで空中で体勢を整え二本脚で着地し唸った。

それは人間であるにも関わらず白く光るオーラを纏いながらも獣のような低い体勢で構えていた。

「理性が無い...暴走状態か」

ビルは淡々と分析しながらも魔族への警戒を緩めることはなかった。

(この少年よりも優先すべきはこの魔族だな。この様子からするに権能を持っているようだが...考えていても仕方がない)

ビルは一瞬で距離を詰め、右の拳で魔族の顔面を狙った。魔族はそれに対応し同じく右手で受け止め左の手刀でビルの腹を狙った。それに対しビルは自身と魔族の間に炎を発生させ左手を焼こうとするが燃え尽きることはなく手刀はビルを護る結界へと当たった。結界に軽いヒビが入ったが身体強化ブーストを発動したビルの左の手によってその手刀は払われた。そしてビルは右手を自分の元に引き寄せつつ左の掌を魔族に向けながら詠唱した。

「《炎矢ブレイズアロー》」

炎矢が至近距離で魔族に直撃した。だが魔族はその炎を吹き飛ばし煙の中から無傷で現れた。

「この程度か?随分居丈高な口調だったが...人間風情が1匹増えたところで我が倒されるはずもあるまいな...」

「居丈高はそっちだろう。なぜ右手が動かせないのか理解しているのか?」

見下したように魔族が言い放った時、ビルは無表情のまま魔族が気付けないほどの速度の風の斬撃を放ち右腕の肘に命中させた。斬り落とすことはしなかったがそれでも関節を斬られたがために前腕がだらりと重力に従って垂れ下がった。

「...小癪な!!」

「お生憎様、だからたかだか人間の勇者如きに負けたんだろ?、いや、グラワーズ様」

「.........ナメた口を聞きおって......!!!!!」

「癇癪を起こしたって勝てないだろうに」

「すぐに殺してやろう!《《岩雪崩ロック・ロック》!!」

大魔族グラワーズの足元から地面が隆起し液体のような姿に変化してビルに襲い掛かった。ビルは瞬発的に横に飛んで避けた。が、地面の変化はビルのいる地帯周辺で起こっていた。ビルが自身を風の魔術で上空に押し上げて避けると大魔族グラワーズはまたさらに詠唱を始めた。

「《召喚サモンズ柔剛の神兵グランド・ジャイアント》!!《召喚サモンズ隷石竜スレイブ・ストーン》!!《天地轟転ドーン・インパクト》!!」

目に見える限りの森がまるで液体のように動き激しく隆起し、そこから大小様々な岩人形ゴーレムと細長い石龍が何千体という数作られさらに地面から直径10mはあろうかという岩の球が空中を舞い時折津波まで発生するという状況になった。

「これはこれは。随分と違うな。やはり魔王は強い」

ビルはかつて戦った氷結魔王を思い浮かべながら嗤った。

「さてさて...身体を休めなければならない筈のあんたが全力を出したことに敬意を払って...ちょーーーっとだけ強くなってやろう」

ビルに2体の岩人形ゴーレムの拳が接近し津波に飲み込まれそうになりかつ石龍に食われそうな時、ビルは小さく呟いた。


「《開放アンロック次破Second》」


次の瞬間、ビルの周囲のモノが全て弾け飛んだ。

ビルの右頬から首筋にかけて2本の赤い線が簡単な模様を描いていた。

操られていた大地は跡形もなく吹き飛び結果的に魔術の影響を受けていなかった地面が露出し真っ平らな空間へと変化した。

そこには両手を頭の後ろにやって片足に体重を乗せて立っているビルと全身がズタボロになった大魔族グラワーズのみが残された。

「ぬぅ...貴様...何をした...!!!」

「何もしてないぞ。お前ら魔族が進化するのと同じで俺も本来の力の一部を開放しただけだ」

「......!!」

全身から血が零れ出ていて今にも倒れそうなものだが大魔族グラワーズは蹌踉めきながらも立ち上がった。

「今のあんたじゃ勝てないだろ。さっきの衝撃で強化状態も強制解除、権能も身を守るために焼き切れてて、右腕を治せる分の魔力も吹っ飛んだ。まだ今なら見逃すこともできるが、どうする?」

ビルは冷笑を浮かべながら大魔族グラワーズに「見逃す」という選択肢を提案した。

それに対する回答は___

「わかりきったことを...抜かすなァ!《土塊の拳ギガダート》!!!」

口から血を吐きながらも大魔族グラワーズは声を荒げ、地面を巨大な拳に変化させビルに殴りかかった。

ビルは一切動かない。結界でその拳を受け止めると掌印を組んだ。


「《顕現・天風ノ魔人》


すると、ビルの背後に巨大な大男の上半身が出現した。それはエネルギー体にも関わらず10m以上はあろうかという巨躯で、全身から強い緑色の光を放っていた。

その巨人はビルに殴りかかっていた拳をいとも容易く片手で握りつぶすともう片方の拳で大魔族グラワーズを上から叩き潰した。

(次破Secondを使ったのはガルベリア以来だな。勇者もいることだし今後魔王と戦うときは次破Secondだけで済みそうだ)

有益な情報を得られたことに喜びつつ、背後の魔人を消して180度逆の方向を向いて、地面に横たわっている1人の少年に声をかけた。

ビルは大魔族グラワーズの魔術に巻き込まれないようにとつい先程まで戦闘していた少年を結界で守っていたのだ。

その結界内で少年は気絶していた。気絶したためなのか、先程の白いオーラと妙な紋様は浮かび上がってはいなかった。

「おい、ちょっとは冷静になれたか?」

「......あ......え......?」

ビルに声をかけられて辺りをキョロキョロと見回し、そして大切なことを思い出したのかサッと表情が変化して上体を起こした。

「名乗り遅れたな。俺はビルというものだ。決してお前を取って食おうってわけじゃない。安心してくれ」

「...」

「まぁ信頼する、しないは自由だ。俺もお人好しでお前を助けたワケじゃない。ただあの魔族に興味があっただけだからな」

ビルが片膝をついてその少年に話しかけると少年はじっとビルを見つめた。

「あー、もしかして鑑定でも使ってるのか?安心しろ。俺はここで嘘をつくような下衆じゃあない」

「なっ......!」

ビルが間を埋めるために少年が何をしているのか見抜いて言い放った。すると少年は動揺したような表情でパッとビルから離れた。

「鑑定は本来生産型の加護に含まれることが多い能力だが...狂化と併せ持つ奴は今までに出会ったことがないな。何か事情でもあるのか?」

「あー...えーっと...」

「ああ、無理に話さなくてもいい。悪いことを訊いてしまったな。それより、戦ってる最中に何人か保護したやつがいるんだが...お前の仲間か?」

「え?仲間...?」

「おう。森が巻き込まれたときに見つけたんで結界で保護しておいたからな。ちょうどさっきあっちの方向で開放した」

「あ、ありがとうございます!」

その少年はビルに礼を言うと一目散に指さされた方向に走り出した。

「まさか鑑定が存在するとは...世の中は案外広いのかもしれん」

ビルはそう呟いてその地を去ろうとした時、重大な事実に気がついた。

「この土地、どうしよう?」

魔術に使われた大地をそのまま完全に吹き飛ばしてしまったために魔物、動物、植物というありとあらゆる生命がこの地から消滅してしまったのだ。

ビルは土地ごと吹き飛ばした草の根すら残っていない事態にしてしまったことを今更悔いて、地面に一つの術式を描いた後すぐに逃げるようにその地から飛び去った。

(頼む。どうにかなってくれ)

月が綺麗に光る夜の中で、ビルは焦燥にかられながらレッドウォードを目指していった。

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