不貞寝


「...ったく...なんでこうなるんだ全く...」

ビルは瓦礫の下に埋もれながら悪態をついた。

「よく寝付けずにただ毛布に包まっていてやっと眠気が沸き起こったと思ったら天井がミシミシーバキバキードォーンって...勇者パーティの仲間になったらマトモに寝れすらしないのか?」

自分の上の瓦礫を怒りのままに風魔術で吹き飛ばした。怒っていても狙いは変わらない。ビルは気配だけで主犯の位置と高さを割り出しそちらに向かって瓦礫を吹き飛ばしたのだ。主犯である男の子どもの吸血鬼はそれを両手で受け止めたがそれが完全に仇となってしまった。吸血鬼が瓦礫を受け止めたと同時に飛ばした瓦礫に隠れて移動していたビルが横から現れ勇者のために買った剣にて吸血鬼の下半身と上半身を斬り分けた。

ビルは墜落していくその吸血鬼の遺体を炎にて燃やしそのまま急降下して地面に着地した。

「...平和じゃないな。どこもかしこも。何があった?オリヴィア」

「わからないです!ただ明確なのは吸血鬼が動き出したということです!」

「総数は?」

「それも不明です!」

「なるほど。難事件だ」

ビルがたまたま道を走っていたオリヴィアを見つけ話しかけた。オリヴィアはかなり急いである場所に向かっていった。

「そっちに何かあるのか?」

「とにかく走り回って吸血鬼を探しているところですよ!方向なんてもう関係ないです!...ビルさん?」

「...先に行ってろ。かなり強いやつがいる。それも複数」

「え?」

「焦り過ぎだ。加護が働いていないぞ」

「?」

「いいから先に行け。俺はあっちだ」

そう言ってビルは銀行の方へと歩いていった。レッドウォードで最も大きい銀行だ。

ビルが観音開きの扉を開けた時にはもう人は1人もいなかった。

(逃げたか...食われたか...)

ビルが思案しながら奥へと進んでいくと幾つもの結界が存在していた。

ビルは最初こそピクリと眉を上げてみせたが自身にまとわせている結界にすべてを跳ね除けさせてどんどん前へと進んでいった。

暫く行くと普段壁があるはずのところに古めかしい石の扉があることに気がついた。それは丁寧に閉められていたが関係ないと言わんばかりにビルはそれを蹴って破壊し奥へと進んでいった。

そこでは緑色に光る炎の松明を壁に設置し中央には血で作られた比較的大きな魔術式が描かれた空間が広がっていた。そこに3匹の吸血鬼が魔術式の上に正三角形を描くように立っていた。

「人間だとっ!?馬鹿な...」

「馬鹿はお前だ。ヨボヨボ」

ビルは最も近い位置にいた吸血鬼のところまで瞬時に移動し首を刎ねた。そして残った体を地面に垂直に振り下ろした剣で心臓ごと真っ二つにすると次に若い女と思しき吸血鬼に急接近した。

「ひゃぁっ!?」

その吸血鬼は膝立ちの体勢から両手を魔術式の中心に置いていた。術のコントロールを担っていることが明白になったためにビルは詠唱している吸血鬼を放置してその若い吸血鬼を狙ったのだ。

そのままビルはその若い吸血鬼の首を刎ね心臓を貫いた。だが問題はこのときに起こってしまったのだ。

「馬鹿者!手を離せとあれほど言ったろう!」

「!?」

詠唱を一時中断しながらも若い吸血鬼に向かって統率者と思われる壮年の見た目の吸血鬼が若い吸血鬼に一括した。

だがそれももうすでに時すでに遅し、だった。

血で作られた魔術式が2匹の血を吸いさらに2匹の遺体が魔術式に触れていた。

遺体が触れているということは本来世界へと流出する魔素がすべて注ぎ込まれるということだ。もしそうなってもブレーキを掛けられるものがいればよかったのだ。あいにくそれを殺してしまったことで最早その後の運命は覆しようのないものになってしまった。

「マズい!」

吸血鬼の声がその空間に木霊したちょうどその時、途轍もない規模の爆発が起こり銀行のみならず周囲の建物8棟が全壊した。


「ほんと、何があったんだ?」

「知らん。気付いたらこの有り様だ」

銀行の跡地で一人仰向けになって大の字を描いて寝ていたビルに向かってフレッドが苦笑しながら話しかけた。

「ったく...俺としたことがやらかしたな...いや、制御してた奴の技量不足か...?全く...」

「...このあたりが一番壊れてますね」

レイも辺りを見回しながらビルのところへと歩いていった。

「...ところで現在街の状況がどうなっているか知っているか?俺はここで寝ていたせいで一切わからないんだ」

「寝てたって...ここでですか?爆発した場所なんじゃ...」

「爆発したから不貞寝を決め込んでた。それだけのことだ」

「なにがそれだけのことなのかよくわからないけれど...街の状況は良いとは言えない。僕も聴き込んだばかりで正確かどうかはわからないけどレッドウォードの建物全体の3割は破壊されてるらしい。レッドウォード中心部にある領主邸は結界に守られて無事だったらしいけど...その近くにあった教会は吸血鬼の襲撃を受けてしまったらしい」

「...死傷者は?」

「...先代勇者が意識不明。聖騎士たちも大半が戦闘不能らしい」

「先代勇者が...?壊滅的だな...」

「帝国騎士に関しては大勢が死んだり負傷したとしか聞いていない。なにせ聞き込めるような状況じゃなかったからね...あと狩人ギルドは無事だって」

「狩人ギルドか...無事な建物が1つでも多いことは幸いだがその場に集めていた実力者でそれが精一杯ということか」

「どこも平和じゃないね...街を守る者たちが大勢負傷した今後しばらくは治安が悪くなるだろうね...」

「吸血鬼探しがこうなるとはな...全く想定外だった。しかしここまで表立って行動し始めた理由は何なんだ?」

「うーん...もしかしたらビルさんがいたところに秘密があったんじゃないですか?破壊にも関与しない銀行で変な魔術を組んでいた、ということは少し妙ですし」

「...確かに妙だな。だけどもう確かめられる物がない」

「でも爆発だよ?それとは結びつかないんじゃ...」

「...いや、爆発というよりは暴発という表現が正しいな。通常魔術式にはそれぞれ流入可能な魔力の量の上限と下限がある。そうはいっても上限は下限に比べてかなり高い上に上限に近づくほど魔術の効果の上昇率が低下する傾向にある。だから初期段階の魔術を覚えたらそれに傾倒するのではなくより強力な魔術を覚える必要があるというわけだ。だがそれでも上限を超えると暴発を起こすんだ。聖術は勝手が違うがな」

「暴発...」

「失敗、ということですか?」

「ああ。中でも暴発しやすいのは封印・開放の魔術だ。さらに暴発するケースが多いのは開放のほうだな。理由は単純で封印の魔術式がより作り込まれた魔術式で行われるのに比べて開放の魔術式は簡易なもので行うことがほとんどだからだ。開放の魔術式で封印の魔術式を相殺しようとして魔力を流入しすぎて...というケースがほとんどだ」

「...その吸血鬼の方々はそれを見越してビルさんが仰っていたような大規模な魔術式を用意していた...?」

「ああ。だが俺も色々寝ぼけていたらしい。あれは吸血鬼の血で作られていた。恐らくは魔術式への魔力の流入を円滑に行うためだったのだろうが...そのせいで俺が殺したときに散った大量の魔力を含んだ血が円滑に魔術式全体に回ったと考えて良さそうだ。そして吸血鬼含む魔族を構成するのは魔素。つまり暴発気味になり始めた魔術式が遺体から魔力を吸い取るには十分だったということか」

ビルは上半身を起こし片膝を立て淡々と自分の中で構成した考察を語った。

「つまりあれは封印関連の魔術?」

「恐らくは。結界術の可能性もあるがあの規模の暴発が起きたことを鑑みれば封印関連の魔術と見ていいだろう」

「何を封印してたんだろう?」

「わからん。既に爆発で消滅してしまったのだろう。それから...すまんフレッド。聖剣の芯になりそうな剣を見つけたんだが爆発で消滅した」

「大丈夫だよ。その剣を売ってくれた武器屋はどこ?」

「ああ。案内しよう。ところでオリヴィアはどうなったんだ?」

「まだお会いできていないんですよ。街にいらっしゃるかどうかもわからないですし...」

「剣を探すついでに会えるかもしれないよ。行ってみようよ、その武器屋に」

「期待できないがな...」

ビルはその場から立ち上がって銀行の残骸を乗り越えながら歩き始めた。


「どのお店も閉まっていますね...」

「いや、閉まっているというよりは壊された、という表現のほうが正しい。このあたりの店は今見えている数より更に多かったはずだ」

「どこもかしこもボロボロだね...」

フレッドが周囲を見渡しながら呟いた。これほど街が破壊されているにもかかわらず人々の心とは相反して空には1割ほどしか雲がなかったため街に照りつける午前の太陽はとても眩しかった。

「吸血鬼...なんでこの街にいたんだろう?」

「それを調べに先代勇者も派遣されたんだろ。まあ俺が破壊したアレが何かしら関わっていそうだが...」

「そっか...」

「聖剣...どうします?」

「そこらの教会騎士の剣では駄目なのか?彼らの中にも聖術を使う者はいるだろ?」

「駄目...というわけではないんだけれど聖剣の最高出力を出すには足りないんだよ。聖剣を降ろすことで発生するエネルギーは普通に聖術を使うよりも圧倒的に出力が高いから...」

「なるほどな...」

「僕は近接戦闘主体だけれど徒手空拳、というよりは聖剣1本で闘うスタイルだし...」

「どうしましょうか...」

全員が唸って黙り込んだ時、突如としてレッドウォードからさほど遠くないところにある小さな山の頂上からビルが昨日感じたものと同じ気配を感じ取れた。

「隠す気もないか」

「この雰囲気は...」

「...グレイフォードを思い出しますね...」

「......」

道端で倒れて呻いている帝国騎士も建物の陰に隠れて見えないはずの小さな山の方向を向いていた。

「...どうする?フレッド」

「...どうするもなにも...闘うしか無いだろ」

「え?聖剣も使えないのに...やめたほうが良いんじゃ...」

「でもどうやってあれに対処するんだ?帝国の騎士も教会の騎士もみんな負傷状態...狩人達がこの街のために戦うとは断言できない...」

「今この街にいる狩人たちは皆この街のいざこざに関わることを選んだ者たちだ。今更都市を尻尾巻いて逃げ出しました、という道は彼らはたとえ死ぬことになっても選ばないだろう。今吸血鬼がここに留まる理由は先程まで俺が話した通り。何らかの開放を狙っているからだ。今あの気配に釣られて全員出ようものなら思惑に嵌まることになるぞ。その事態を回避するためには俺達はここから離れないことが必要不可欠だ。何度でも言うぞ。『止めろ』とな。無駄に急く必要はない」

「......」

「...状況が十分に理解できていない市井に優しくない、とでも言う気か?」

「そこは安心してほしい。我々が市民の方々にもわかるように説明をはさみつつ護衛すればいいからな」

(...教会騎士の団長か。これも勢力争いの一環ということか)

「君たちも聞いているだろう?ローゼンバーグ氏はとっくのとうに馬車で逃げてしまったらしい」

「...つまり何が言いたい?」

「帝国騎士は忠誠を誓う対象を失ってしまったってことさ。頼れるのは僕たち教会の力だけだよ。頑張ろう。この美しい街を守るために」

フレッドと教会騎士団長が握手をした時、再び先程の気配が襲い掛かった。

「なら、この街の護りを任せても?」

「任せてくれよ。フレッドくん」

フレッドはその言葉を聞くや否や山の方へと走り出した。

「え、フレッド!?ちょっと!?」

「レイはここで待ってて!すぐに戻るから!

「...どこかで刀を借りられないか?団長」

「そう言うと思ってね。教会騎士の持ってる剣の中でも優れているものを用意しておいたよ。頑張ってくれよ。勇者のお仲間さん」

ビルはウィンクと共に新たな剣を手渡してきた教会騎士団長を無視しつつ剣を受け取りフレドを追いかけ始めた。


「これはこれはまたまたとっても厄介なことになっているな」

「...はぁっ!」

丘の頂上へと近づくにつれて吸血鬼の数が増えてきた。今のところは聖剣の一撃で倒せる程度のものしかいない。だが決死の攻撃を仕掛けてくることは確実でありその威力がどんどんと上がりつつあった。

聖剣の一太刀を堪え、更には血の矢を放ってきた吸血鬼を水で穿ちつつ作り出した水の盾でフレッドを庇いつつビルは言った。

「フレッド。逸る気持ちは確かにあるかもしれない。だが...」

「...」

フレッドは何も言わずに、ただ不安そうな表情を浮かべ頂上を目指して走っていた。

(...わかってはいるんだな。だが焦らずにはいられない、というところか。勇者としての命を受け、戦い、勝ち、名声が上がる事に膨らみ続ける期待、それに答えられるかという負担、全てが精神ココロに傷を付けているのか)

ビルは思案しながらも常に今の状況に気を配りながら動いていた。

そして少し広い頂上付近へとたどり着いた時、吸血鬼の強さが格段に上昇した。それらによる攻撃を水で護りつつ2人は丘の頂上へと到達するとそこの状況を改めて理解した。

狩人と思しき人が2人、それぞれが多数の吸血鬼を相手としていた。2人とも圧倒的に劣勢であり、明確に押されていた。

「《闇引穴ポイント》《反射リフレクト》」

ビルが瞬時に彼らに群がる吸血鬼に魔術を使用した。吸血鬼はその場から凄まじい勢いで弾き飛ばされ、上空へと逃れられたモノ以外は全てそのまま押しされた。

そしてそのうちの一人の足元にいたのは___

「オリヴィア!?」

「...成る程、色々状況は掴めた。《炎矢ブレイズアロー・II》」

上空へ向けてビルが大きな炎矢を放った。吸血鬼の一部が焼け死んだもののやはりと言うべきか大半はしっかりと回避していた。

だが、本命は違った。

炎矢は空中で激突した。その瞬間、吸血鬼がいるスペースを覆うように赤く光る結界が視覚化された。

「やっぱりな。お前らはこの結界を壊せばだいぶ弱体化するよな?」

ビルがニヤリと嗤ってみせた時、2体の吸血鬼が空からビルへと向かってきた。それらを2人の狩人がそれぞれ相手し始めた。

「えーっと、ありがとう!私はカルラ!」

「こちらこそだ。モタモタしていて申し訳ない」

「ボクはバルバー!」

「フレッドです」

互いに軽い自己紹介をし合いながらも吸血鬼の攻撃を防いでいた。

ビルは主に広域への攻撃を優先して行い、狩人の2人とフレッドが近接での戦いを行う、という戦法を取り始めた。

「《塵舞飛ミリオネアストーム》」

先程の炎矢を使い続けるだけでなく風魔術も並行して発動し続けることで絶えず結界にダメージを与えられていた、その時だった。

ちょうどビルが1体の吸血鬼とタイマンになった時、ビルは広域への攻撃を優先し殴り返すことで吸血鬼を倒そうと目論んでいた。

その吸血鬼の狙いはそれを利用したものだった。

ビルがその吸血鬼の頭を殴りつけた瞬間、世界が歪み、別の空間へと飛ばされていた。

(亜空間系の能力か!)

ビルは即座に同じ空間に飛んだ吸血鬼を殺したはいいが、気づけば一軒の草庵の中にいた。



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