8
「この少女には、どんな結末が相応しいと思う?」
彼女が教室へとやってきて、件の約束を交わしてから、一時間弱が経過した頃。彼女は手に持っていた原稿を指先で軽く弾きながら、俺にそんな質問をした。
「どうなって欲しいか......」
俺は彼女からの問いかけの意味を深く考える為に、質問を小声で反芻する。
頭の中には六日前に読んだ、物語の前半部分の描写が浮かび上がった。
普遍的で閑静な地方都市に暮らしている少女は様々な困難や問題の渦中にいた。
耐え切れず少女は空を見上げる。その目に映ったのは青く美しい大空とそれら背景を切り裂く様に飛翔する、巨大な一匹の龍だった。
少女は自身の遥か上空を回遊する、その異質な生物を目撃しても驚かなかった。
驚愕よりも自身を取り巻く環境への激しい変化を求めて、祈りを捧げた。
その嘆願が龍に届いたかは不明だが、その日から少女を取り巻く問題たちは少女の周辺から姿を消していった。
それから......。
「龍の解決法」の表現である、描写は事細かく描かれている。
残酷で凄惨な情景を少女は知らない。
ただ、少女にもたらされるのは徐々に拡張されていく、自分の平穏な人生のみだ。
この後の結末。
彼女はどう思って、こんな作品を書こうと発起したのだろうか。
考えれば考える程、頭の中を龍が飛び回り、かき乱していく気がしてならない。
これ以上の沈黙は良くないと判断した俺は、思い切って彼女に意見を伝える事に決めた。
「こんな事言うと、この作品の存在への是非を問いつめる形になるけど、少女に付きまとっている様々な課題を解決していくのが龍で良かったのかなって思います。俺はそれが周囲の大人とかで十分だったんじゃないかと......」
俺がした回答は間違っている。的外れな意見だって事は重々、承知してる。
それでも彼女へとぶつけなければいけない気がした。
十数秒間が経過して、彼女は口火を切る。
俺は彼女の沈黙が怖くて、ずっと白紙の原稿を見つめていた。
「確かに君の感想は一理あるよ。でもやっぱり龍じゃなきゃいけない。それは作者である私がそう思ってるからっていう独善的な考えがあるからかもしれないけど、それでもあの子が平穏に生きていく為のわがままが許されたって良いと思うんだよ」
「そのわがままが殺戮を繰り返す、あの龍だっていうんですか?」
わざとらしく聞き返す俺に彼女は一度の頷きで返事を済ませた。
「だったら、この後半部分で龍は少女の見ていた幻だったって事にして──」
「和泉君。現実に幻なんて存在しない」
なら、龍だって存在しちゃいけないはずだ。
俺はその言葉を決して口にしないよう、深く奥底へ飲み込んだ。
そして、彼女の過去の言葉と今現在の言葉から俺たちはもう少し、いや沢山のコミュニケーションを重ねる必要があると確信した。
「水嶋先輩の事をもっと教えてくれませんか」
俺は唐突に分厚い沈黙の空気をぶった切るようにして、彼女に言った。
というか、この発言。俺が水嶋なぎ先輩に特別な感情を抱いていると勘違いされてしまうのではないか?
すると彼女は驚いた表情をしながらも、わかったと笑顔で承諾してくれた。
いざこれからだ。という時に限って何事か起きてしまうもので、椅子の背もたれに掛けていた鞄のポケットから、携帯の着信音が聞こえてきた。
この音は間違いなく、俺の携帯から発せられたものだ。
俺は彼女にすいませんと軽く頭を下げながら、鞄から携帯を取り出し、教室から退出して画面をスワイプする。
電話の相手は父親だった。
一か月前の件に関する事で、何か進展があったのだろうか。
父の話を聞いていくとその予測は的中していた。
しかも、父の声色は落ち着いていて、例の一件以降、多忙にしていた父の精神と体の安寧が確保された事に俺は安堵した。
通話を終えた後、俺は彼女に今すぐ帰宅しなれば行けなくなった事について謝罪して、鞄の中に荷物を詰め込んだ。
彼女は俺の身勝手な事情に文句を言わずに「じゃあ......また今度、必ず」と小さく手を上げながら答えてくれた。
去り際、俺は「来週、また来ます」と告げ、足早に階段を降りる。
帰り道、自転車をかなりのスピードで飛ばしながら、気が付く。
そういえば、来週はお盆で学校が休校しているはずだし、急いでいたから原稿を持って帰ってきちゃってるな......。
謝罪一辺倒しかないか......。
のしかかる罪悪感と彼女と連絡先を交換していない後悔の気持ちを夏の風は吹き飛ばしてくれるだろうか。
「ただいま」
滲む汗と破裂しそうな心臓を抱えながら、俺は家にいる父に帰宅の報せをした。
ラドラスの白炎 Miyazawa5296 @fuwasawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ラドラスの白炎の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます