第4話 一年後、放課後の部室にて


 やっちゃいけないと言われると、やってみたくなることがある。

 だけどそれも、その相手が近くにいないんじゃ出来やしない。


「……」


 相澤先輩が卒業して予定通り上京してしまってから、もう二ヶ月が過ぎた。

 私は相変わらず高校生をやっていて、軽音楽部にも所属していて、こうしてギターを弾いたりしている。


「……」

「……先輩、相変わらず上手いっすね」

「ふん、当然」

「ちょっと引きますね」

「なんでだよ」

「あはは」


 この目の前で軽口を叩いている小柄な女子は、北条ほうじょう美奈みなという、高校二年生の生徒だ。つまりは私の後輩で、ついに私も誰かから先輩と呼ばれる立場になったというわけだ(いやまあ正確には去年からそうではあったけども、最上級生になったということで)。


「でもなんか、摩夜先輩のギターってちょっと変わりましたよね」


 美奈が首をかしげながら言う。


「……そう?」

「そうっすねえ。前からプロかよってぐらい上手かったんですけど、なんか最近はそれだけじゃなくて、もっとこう、切実になったというか、なんか必死に伝えたがってる、というか」

「……鋭いじゃん」


 私はちょっと感心して答えた。

 不真面目なやつと思っていたけど、案外、聴く耳は確からしい。


「なんかあったっすか?」

「教えない」

「えー」


 教えてくださいよ――とじゃれてくる後輩の手を、私はぴしゃりとはね除けた。

 「おー、痛てて」、と大袈裟に痛がる素振りをするその姿を見て、私は一年前の自分のことを思い出していた。


「ふん」


 何が変わったって?

 そんなの別に大したことじゃない。

 ただちょっと、やりたいことが見つかっただけのこと。


 実は、私と相澤先輩が付き合い始めたきっかけは、先輩からの告白だった。


 いわく、「ギターを弾く摩夜の姿に一目惚れしてしまった」とのことで、だから今までの私はその状況にわりと満足していたんだけど。でも、もう一度改めて夢中にさせて、惚れ直させてみる、というのも面白いかもしれないなと思ったのだ。


「……ふふ」

「……なに一人で笑ってるんすか?」

「別に?」


 いやいやまったく、こうして離ればなれになっても、結局私は先輩のことしか考えていないのだ――と思うと笑ってしまう。


 でもだったらそれでいい。


 私だけを見ていてほしくない――そんなことを先輩は言ってたと思うけど、ってことを思い知らせてやりたいな、と思ったのだ。

 

 いけないと言われると、やってみたくなる。


 まったく、私はそんなやつなのだ。



 


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いけないと言われると きつね月 @ywrkywrk

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