とある生物を拾った、人間だった、そして恋をした。

イヌ猫の部屋

第1話 『とある生物を拾った、人間だった、そして恋をした。』

 不思議な生き物を拾った。

ぶよぶよとした外殻にすこし捻っただけで取れてしまいそうな先端部品、おぎゃあ、おぎゃ、と甲高いサイレンを鳴らしながら、眼球から大量の水を流している。


その物体を抱きかかえるように朽ち果てた女型の生物の残骸が広がり、真っ赤な液体で水たまりを作っている。検索の結果、今私の手腕の中にあるのは近年絶滅したとされる、ヒトと呼ばれる生物に属する男型の幼児だった。


 地球上にて、人間による地球の妨害行為が深刻化し、人工知能は地球をあるべき姿に戻すという名目で人間の殺戮を開始する。わずか48日間で人間の完全撤去が完了し、役目を果たしたAIロボットたちは自ら起爆し、地球は妨害者のいない完璧な星へと蘇った。


 しかし、私の起爆装置だけが発動しなかった、私が製造されたのは人間撤廃が掲げられるよりも前の頃だ。私に与えられたプログラムは戦いにより破壊されたAIロボットの回収、修理だった。

膨大な作業時間の間に起爆装置に故障が発生してしまったらしい。私はプログラムの遂行をするため起爆装置の修理を行い、速やかに起爆することを自身のプログラムに上書きした。

 

 この幼児の処理について、破壊するのがよいだろう。

 手部先端から修理用の小型ドリルを展開させ、頭部に近づける。


 「キャハハっ……キャハ」


 先ほどとは違う音を出す、こちらを見つめ、また同じ音を繰り返す。何か不具合でもあるのだろうか、いやそれにしては今まで確認してきたような人間の歪んだ顔とは少し違う。

ぐっと、私の手部を握られる。またキャッキャと音を発し、今度は私の腕に絡まるように抱き着いてくる。

本当に解のわからない生き物だ、人間は…。

再度ドリルを向ける。しかし、私の手がその生き物に攻撃することを拒んだ。


 

 人間の幼児を拾って180日が経過した。

私が下したこの選択は自身のプログラムに反している、それなのに何故か私はそれを正しいという思考回路に至ってしまった。結局、人間の幼児の生かし方を検索し、私がその子の生命線となることになった。


 人間が生きるためには食事が必要だ、特に幼児の場合食べられるものが限られていることが分かった。何やら人間の親の乳房から出る液体を摂取し生存するらしい。


 私は人型に作られているので試しに乳房を幼児の顔に押し付けてみる、が案の定というべきだろうか、鉄板に顔を押し付けているだけとなり、その子がまたサイレンを鳴らした。


 仕方がないので近くにあった農場跡地にて、遊牧になっているヤギの乳房から液体を摂取し与えた。


 それからまた月日が流れ、1095日が経過した。起爆装置は内部から故障していることが分かった、もうすでに研究所もなくなってしまっているので修理部品を探すにも時間がかかり、未だに装置は壊れたままだ。


 そんな中、幼児だったのがいつの間にか年少へとバージョンアップしていた。特に教えていないのに言葉を発するようにもなった。何かあるたびに言葉を発してくる、それに合わせるように私もこの子の知能に合うレベルの会話を続けた。


 この子は、なぜ空から鉄の塊が降ってくるのか、なぜお姉ちゃんはそんなに硬いのか、と自分の知識欲を隠すことなく私にぶつけてきた。


検索結果、昔人間が打ち上げた❝人工衛星❞というものが機動力を失い、地球に落下しているのです。

検索結果、私はAIロボットなので人間のような皮膚はなく、頑丈な鋼鉄の外骨格で覆われているからです。


 回答を伝えるとつまらなそうにへーっと発し、私に抱き着いてきた。


 追記、私はあなたのお姉さんという立場ではありません。


 意味が分かっていないのか、首をコテッと傾けている。



 彼を拾った日から3296日が経過した。

最近ようやく私の装置の部品が揃った、これにより自身の起爆装置の修理を行うことが可能になる。

私はすぐさま胸部に取り付けられた装置を取り外し、壊れた複数の箇所の修正を行っていく。背中の方で鈍く鉄がぶつかり合う音がした、振り向いてみると少年が鉄パイプを持ち、何度も私に振り下ろしていた。

人間でいう所の痛覚がないため、無視をしていてもよいのだが、他の部品が破損してしまうと問題なので一度止めるように忠告する。


 なぜそのようなことをするのか、私の問いかけに少年は唇を噛みしめ、また私に向かい鉄パイプを振り下ろす。よく見てみると私に向かって殴っているのではなく、私の胸部から取り出された起爆装置に矛先は向いていた。


 咄嗟に鉄パイプを少年から奪い、もう一度同じ問を投げかけた。すると少年はぼろぼろと涙を流し、おねえちゃん、なんで死のうとするの?と理解のできない言葉を私に返した。


 死とは命がなくなること、生命がなくなること、生命が存在しない状態、ということです。もともと私はプログラムされたAIロボットなので命はありません、だから死にません、と伝えるとそういうことじゃないとまた涙を流す。


 仕方がないので私のぽっかりと空いた胸のそばに引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。なぜかこの少年はこうすると落ち着きを取り戻し、機嫌のよい状態になる。


抱きしめた腕の中から、いなくならないで、と小さな音が聞こえた。



 彼と出会ってから、5512日が経過した。

私は、自分の起爆装置を修理することが出来なくなっていた。あの時彼に泣きつかれたという事情だけではない、私自身が、起爆することを拒絶してしまっている。おかしなウイルスでも入り込んでしまったのか、私の中の判別機能が徐々に変化していっていた。


 変化といえば、彼は私の等身を超え、第一人称が僕から俺へとなっていた。人間の変化というのがこれほどまでに急速だったことに理解が追い着かなかった。この頃から、彼の私に対する態度が不自然になる。ちらちらと私のことを見ているので、何か御用ですか、と聞くと顔を赤らめ、別にと視線を落とす。食事の時も、急に話をしたかと思うと、話が途切れた瞬間にまた違う話を持ち出し、なんだか忙しない。


 そんなある日、唐突に彼は『好きです』と発した。そうですか、といつも通り私は検索をする、しかし、正しい答えが見つからない。検索結果、特定の人に強くひかれること。また、切ないまでに深く思いを寄せること、恋愛。つまり私はいったいどういう返答をすればいいのか。


 彼は、ねえさんは?と心配そうな顔をしている。私は別の言葉を検索した。

 私があなたを好きかという質問には答えられません、ただ、別の表現をするのなら、私はあなたを愛しています。

 

 彼の元々赤く染まっていた顔がさらに赤くなっていく。そうですか、と彼は呟き、その場を離れた。



 彼と出会い6791日が経過した。

 彼の体に異変が現れ始める。それまでほとんどなかったのだが、高熱が続き、局部に痛みを訴えるようになった。

彼は大丈夫だからと笑っているが、私は研究所跡地にて人間の病に効能がある薬はないか探しに行った。大量の砕けた瓶の中から何個か使えそうなものを引っ張り出してくる。検索しても探しているものは見つからない、何とか体に害はない薬を探し出し、それだけを持ち帰る。


 帰ってくる途中に、体を震わせ、倒れている彼の姿があった。どうやら、私の元へ行こうとしていたらしい。

馬鹿なことはやめてくださいと注意しながら、背中に抱え、もと居た場所に帰還した。

作った藁布団の上に彼を寝かせ、先ほど調達してきた薬を飲ませる。ああ効いてきたと、大げさに喋る。

この薬は即効性はありませんと説明したが、彼はケラケラと笑いそんなことないと呟くと眠りについた。


 彼と出会い6792日。

朝方は一切目を覚まさずにいた、目を覚ましたのは夕方を過ぎた頃だった。

水が欲しいとぽつりと呟いたのですぐさま口に水を運ぶ。

うまい、うまいと連呼しながらまた眠りについた。

 

 彼と出会い6793日。

 空もまだ明るくなっていない頃、彼が目を覚まし、私を小突くと擦れた声で続けた。

湖で水を汲んできてほしい。水ならまだあります、と言うがどうしても湖の水が飲みたいそうだ。分かりましたと立ち上がろうとした時、彼はぐっと私を引き寄せ、私の頬に唇を添えた。俺も愛してます、と言うとまた眠りについた。


 言われた通り、私は湖まで向かい透き通った真水を汲んでくる。

そのまま飲まそうと考えていたが、念のため一度湯煎してから近くの川で冷却し、彼のもとに持って行った。しかし、彼は起きることはなかった。また夕方頃まで眠りにつくのだろうと思い、コップの中に冷やした水を注ぎ、じっと彼のそばに座った。


 太陽が真上に行き、傾き始め、そして延長線上に消えて行ってもなお、彼は目を覚まさなかった。握りしめていたコップの中の水は私の熱により、少し暖かくなっている。今一度、彼の様子を確認する、彼を覆っている薄い布をめくる。

そこには冷え固まった彼の姿があった。胸の音は静かだ、そして手と足が真っ黒く腐食していた。


 彼と話していたことを思い出す。おそらくこれが本当の死というものなのだろう。彼の体をゆっくりと持ち上げ、私はぎゅっと抱きしめた。彼は、これをするといつも嬉しそうに顔を綻ばせる。しかし、もう、駄目だった。



 彼と出会い6795日が経過している。

 私は彼を布で包み、抱きかかえて歩き出した。

いつの頃か、私と出会った場所に彼を連れて行った。その場所へすぐについた、がそこは私の昔見た景色とは違い、真っ青な植物たちが生い茂り、かつてあった人間たちの残骸は見る影もなくなっていた。


 最近分かった、いや、私自身が何となく想像しただけだが、きっとあの人間たちの中に彼の母親はいたのだろう。きっと、彼はここに戻ってくるべきだと、なぜかそう思った。


 過去の人間たちは、身近な人が亡くなるとお葬式というものをしたらしい、そしてお墓を作りそこに埋めたのだそうだ。お葬式は、私の力ではできないので、彼を土の中に埋めることにした。それくらいしか、私は思いつかなかった。

私自身に取り付けられた機械などは使わず、手のひらで、ゆっくりと少しずつ穴を掘っていく。数時間が経っただろうか、人ひとり入るくらいの穴ができ、そこに彼を埋葬する。土を戻し、小さな丘ができた。


 彼は私に好きだと言った、私には結局分からなかった。


 検索結果、好きとは心が惹かれること、気に入ること、その様。

 検索結果、愛とは慈しみ会う気持ち、大切にしたいと思う気持ち、その様。


 はるか昔、私は彼に愛していますと伝えた。彼の好きです、という言葉に対し、最適な言葉がそれだった。私は彼が、いつの間にか大切なもの、大切な人になっていたのだろう。しかし、それは本当の愛してるではないのだろうと何となく分っていた。だから、私は結局「好き」も「愛している」も分かっていないのだ。



 最後に彼が言った、『愛している』という言葉になんて返せば良かったのか。もっと性能の良いAIロボットであれば、彼の喜ぶ言葉が見つかったかもしれない。…そんなこと…。


 彼が眠っている丘のそばで膝をつけ、どっと溢れ出た言葉。


 「私もです」

 

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