お姉様、教えてくださいませ 〜 美鳥の初メイク 〜

@tumarun

第1話 鏡の中のわたし

 鏡の中で笑っているのは誰?

それは私だった。

整えられた肌に、ピンクが薄く塗られた頬、艶々な唇。

 やはり目が良かった。

 ヘイゼルという、薄い虹彩のためか、クリックリッとした目とは言われた時がなかった。

 おまえ、日本人か?って疑われることしきり、ただでさえ人見知りなのに、ボッチ一直線の原因になった瞳が、綺麗なの。

 学校の中という社会の中だから、無難な色味にしたものだけれど。クルンとカールしてナチュラルに仕上げた睫毛にくっきりしたアイライン、アイシャドウを上下にバランスとったせいで目が大きく見えるの。それに、ちょっと内側を強くしたから、可愛く見えます。

 鏡には、メイクを手伝ってくれたお姉様も映っている。もう既に大人っていうお顔にメイクされてるの。


「お姉様、ありがとう。私って、こんなになれるのですね」


「綺麗になれましてよ。さあ、お行きなさい。是非ともお見せしたい殿方がいらっしゃるのでしょう。さあ」


「ありがとう。お姉ちゃん」


 私にメイクの手解きをしてくれたお姉様の微笑みが深くなる。

 そして破顔した。初めて、お見かけしたけど笑顔も素敵。

 そして魅力的。私も、こんなふうになれるかな。

そう、思いながら、席を立ち、教室を出て階段を降りていく。

大事な人が待つ所に向かって。




 お姉様と出会ったのは、昨日。

私の大事な人が、他の女に取られちゃう。


「同い年、パートナー? 私だって一緒にいた時間なら負けない!」 


 でも何もできないって、隠れてメソメソしていたところを、お姉様のお知り合いの方に見つかって、紹介してもらったのが、縁の始まりになりました。


 その方が言うです。


「もっと綺麗になって相手を見返してやればいい」

「色々と飾る奴らが多くてな。見てるだけでも勉強になるぜ」


 その方について4階まで上がった。彼が教室に入ると3人の女の先輩が談笑している。

彼は彼女たちに話しかけた。


「あんたたちに頼みがあるんだが良いかね」


 彼女たちは、彼と後ろにいる私を見つめている。


「いきなり下級生、連れてきて、なんですか?」


 長い髪をふんわりと内側ロールにしている人が問うてきた。ゆるふわ美人とでも言うのでしょうか。


彼は片手を肩越しに私に向けて、


「こいつを磨いて欲しいんだ。素材としては良いだろ」


彼女たちは、突然の提案に眉を顰めている。




縁無し眼鏡をした知的雰囲気の方が、指で眼鏡を治しつつ、


「確かに素材としては極上に見えますわね」


ゆるふわの方が私に聞いてきた。


「その顔は素かい?」


言われて直ぐには、意味がわからなかったけど、


「すっぴんです。寝る前に化粧水と乳液はつけてますけど」


と、答えた。私のママからのアドバイスなんです。


ゆるふわの方が私に近づいてきて、じっと顔を観察されてしまう。


「お肌の手入れだけで、ここまでなんて、歳をかるじるなぁ」


ボーイッシュな方は、慰めなのかな。


「二つしか年が違わんとだろ」


 眼鏡の方も近づいて、私の顔を覗き込んできた。でも、この方の肌、すごく綺麗だ。お手入ればっちしと言う感じがする。


「少し、手を入れるだけでも、いい感じになりますわね」


 ゆるふわの方が


「磨けば光る原石って訳だ。ふふっ楽しめそうだねぇ」


 お姉様方はお化粧を私に教えてくれるんですよね。少し心配になってきました。

ゆるふわの方が私の顔に更に近づいて、


「この肌色だと、吉乃、貴方の道具を貸して頂戴」

「わかったわ」


 眼鏡の方は足元からバックを持ち上げ、ポーチを幾つか出してきた。


「胡蝶、やりすぎはダメよ」


 ゆるふわの方は胡蝶と言われるんだ。


「あんましコスメ持ってないから、手持ちでパパッといこう、良いね」


 私も覚悟決めないといけない。


「お願いします」


 早速、美容液で肌に水を染み込ませる。パフでポンポンと早めに乾かして、始まる。

 BBクリームで下地を作り、ブルー系のCCクリームて肌色を調整。リキッドファンデーションを塗っていく。

 終わると薄くアイシャドウをしてアイライン、アイプロウを書いていく。

 最後にリップを塗り、唇の真ん中に濃い色をを載せて終了。


「インスタントにしては良い出来だわ、素材と手入れが良いのね。はい鏡、どう?」

 

 鏡に映った自分の顔を見てビックリ。いつもと違う。別人になった私が映っているの。

そして、胡蝶様が誘ってくれた。


「気に入ったなら、明日もやろう。小物やコスメも増やすから。あーなんか目覚めちゃいそう」

「いいんでしょうか?」


 あまりにもな変わりように驚き、俄然、私も、その気になり出している。


「是非お願いします」


 立ち上がり頭を下げてお願いした。


そんな私を見て、胡蝶様は目を瞑って思案してくれる。


「あとは、ビューラで眉毛を、マスカラもして、頬はチークかな。楽しみは尽きないね」


 どうなってしまうの。


「お手柔らかにお願いします」




 


 その日の夜は就寝前ケアでクレンジングでしっかりおとした。お風呂に入りヘアケアの後、化粧水をたっぶりして乳液で保水をする。

 お肌のために早めに寝ることにしてベットに横になり、そのまま瞼を閉じた。



 次の日、昼休みにクラスメートの歩美と食事をしていると3年の先輩が私を訪ねてきた。ブレザーのネクタイの色で学年がわかります。昨日、私にメイクを施してくれた方。長い黒髪を内側にロールさせて、ゆるふわな雰囲気を出している。


「この後、私たちの教室までお越しいただけるかしら?」


 なんとも優雅な喋り口。はいと答えるしかなかった。ポカンと聞いていた歩美から、


「あの方って、斎田胡蝶様ですよね。3年、いえ、この学校のトップだよ。どうやって知り合ったのよ」


「なんか、色々とありまして。話すと長くなりそうだから、またの機会に話すね」

「待ってるよ。にヒヒ」



すると歩みが私の顔を見てきた。


「ねえ美鳥。メイクしてきたの? バカにシャキィって決まってるのよ」

「そう、わかるのね。メイクじゃないんだけどリンパマッサージ。斎田先輩に教えてもらったの。さっきの呼び出しも、その件じゃないかな。じゃあ行ってくるよ」

「いってらっしゃい」


 歩美はハンカチを振って見送りしてくれた。 


 階段を登り、教室に入ると昨日の御三方が待っていてくれた。斎田様、生駒様、原田様。歩美が教えてくれた当校最上の人たち。なので心の中で様呼びになっている。


「わざわざ、お越しいただいてありがとうございます。あの場でお渡ししてもよろしかったのだけれど、そう言うことに煩い子たちもいらっしゃるでしょう。ですので御足労お願い致しましたの」

「いえ、気にしていません。昨日はありがとうございました」


 胡蝶様はニコッと微笑むと私に近づいて顔を覗き込んできた。手入れされたほっそりとした指で顎を上へ左右へ動かされていく。


「夜、朝でのお肌の手入れはしっかりされている様ですね。大変宜しゅうございます」

「ありがとうございます」

「放課後がたのしみになってきました。ここにきていただいたのは、こちらをお渡しするため」


 と、ご自分の机に置いてあった紫の包みを渡された。ちょっと重い。


「開けていただけますか」


 近くにある机に置き包みを開けていく。豪奢に染められた布を 左、上、下、右と中から出てきたのは


     ◯7,○○Pteen,S◯DA,eg◯


 私は膝からぐずれ落ちた。


「私もねー、これを参考にメイクしてたのよ。お勧めのコスメも載ってるし良いかなって」


 胡蝶様も言葉が崩れてるのー。


「あんなの、みんな見てるところで渡してみ、変な噂が飛び交うは、尋問に合うわで大騒ぎよ、あれ、何崩れ落ちてるの」

 

 涙目で胡蝶様を見返す。


「ハイソな世界かと思ってたんですけど、それが」


 胡蝶様が片方の口角を上げて、笑い出す。


「崩れったって訳だあ。ハハハハハ、ごめんな。でもな昨日もこんな口調だよなぁ」


 記憶の底を探れば確かにそうだった。


「じゃあ、放課後を楽しみにしてね。では、ご機嫌よう」


 痛む膝っこぞうを庇いながら、なんとか階段を降りて自分の教室に帰ると、

案の定、歩美に聞かれた。


「どうだった?」

「お願い!聞かないで、私も忘れる」


 目を瞑り、耳を塞いで机に屈み込んだ。



放課後に部活説明会があり、体育館に移動した。それも終わる。


「歩美、ごめんね。行くところあるから先に行くねぇ」


 私いといえば、ほぼ先頭でそそくさと体育館を出ていく。そしてトイレに併設されている化粧台の鏡に向かっていく。予め用意していたバックを開けて道具を取り出していく。


「さてと」


 鏡を見ながら前髪をクリップで止めて、洗顔ムースを使って洗っていく。吸水タオルで水気を取ってから、化粧水を使っていく。

手のひらに500円ぐらいの大きさでのせ、指で額、頬、顎、鼻とにつけていく。それを顔の中心から外に向かって伸ばしてプレス。指をつけて離すとミシッといった、

   OK。

顔だけじゃなくて首、首筋にものせていく。その後は浸透するのを待つの。焦らない、焦らない。

 5分を過ぎた頃に違う容器を出す。その中の乳液を手のひらに10円硬貨ぐらいのせて広げていく。

初めは頬から、内側から外に円を描くように伸ばしていく。後は額、顎、最後にお鼻。なんか潤いを感じできたな。

これで下準備終わり。外すのもあれなんでクリップはつけたまま、トイレを出て階上へ階段を登っていく。階段を登りお姉様方がいる教室へ。


ドアを開けると皆様方がいらっしゃいます。 


「お待ちしておりましてよ。さあ、始めていきましょう。こちらにお掛けなさってくださいな」


 胡蝶様は鏡の置いてある机を指し示してくれた。奈央様が椅子を引いてくれる。由乃様がコンパクトやらペンシルやらブラシやらを机の上に用意して頂いてくれている。私は椅子に座って机に置いてある鏡を見た。


「これって3面なんですね。私は丸いの使ってます。LEDライトもある。ハリウッドミラーでしたっけ」


胡蝶様は、ニッコリと答えてくれる。


「良くご存知でいらっしゃる。さあ始めましょう。昨日は手早くBBクリームを使いましたが、今日はしっかりと化粧下地からやっていきましょう」

「はい」


さあ、始めようと!


 まず、私は机の上にある黒いジャー容器を手に取る。蓋を開けて指先につけてから額、頬、顎、鼻に少量ずつ載せていく。

これは化粧下地のUVケアプライマー、紫外線対策とお肌の小さい凸凹をなくしていくもの。お外に出る時は日焼け止めクリームも使うのだけれどう今日はしない。スポンジを取り出して肌の中心から外側へ薄く伸ばしていく。

次はファンデーション。今日はパウダータイプを使う。リキッドとかもあるんだって。

ここで胡蝶様からストップがかかる。


「美鳥さんは、赤くなっているところがありますよ。ニキビの初期ですわね」

「どうしたら良いのでしょうか?」


 私が聞くとすぐ、違う容器を出してきた。


「こういう色味を消すのがコンシーラー。目のクマを消すのもこれなんですよ」

「どうするんでしょう」

「ファンデがパウダーとリキッドて、塗る時が違うのよ」


 同じではないのかと疑問に思ってしまう。


「ファンデがパウダーの時は先に塗るの、で色味を消すのね」

「はい」

「でもリキッドで先にコンシーラーを塗るとファンデがよれて浮いてしまうのよ」


 確かに間違えたら大変なんですね。


「今日はパウダーだから先にキュッキュッで、はい消えました」

「ありがとうございます」



 続けていくことにする。パウダー容器からパフにつけて片方の頬から滑らすように馴染ませていく。やはり内から外に。額、頬、顎と順番に滑らせてから、ムラがないか鏡で確認していく。


「ここからはパフを半分に折るとよろしくてよ」

「はい」


 目の縁、小鼻へ馴染ませていく。


一通り終わってからもう一度ミラーで拭き残しやムラを見ていく。よかった、ないや。この後は目の周り、


「今は、校内ですから抑えめでいきましょう。美鳥さんアイラインを描くのは初めてでいらっしゃる?」

「先日、一度してみました」

「どのように?」


 アイペンシルを取り、頬に手をつけて描いていくふりをする。


「行儀は気にせず肘も机につけましょうか。ブレが少なくなりますから」


 流石に先輩です。経験がものをいいます。


「ほんとはまぶたを引っ張るのだけれど、それは後日。目の縁に沿って書いていただける」


 黒目の端から目のカーブを薄くなぞっていく。そしてインライン、まつ毛とまつ毛の間を埋めていく。見下ろすように鏡を見ているから変顔を見てしまう。お兄ぃには見せられません。


「次はアイシャドウですけど、どういたしましょう。先ほどのラインの上にブラウンを薄く載せても良いのですけど?」

「しっかりとやってみたい、お願いします」

「よろしくてよ。右目は私くしがいたしますので、習って左は美鳥さんが」


 胡蝶さまはアイシャドウのパレットをとりベースカラーをブラシにつけ右目のアイホールに載せていく。ブラシを変え、濃い色を目の際のラインに細く載せていく。また、ブラシを変えて中間色を載せてグラデーションを作っていく。偶に左目で胡蝶様を見ると真剣な眼差しでしてくれている。ブレがないんだ。


「さあ、美鳥さん。次はあなたが」


 私もブラシを取りパレットの色をつけていく。片目だとなかなかブラシの位置が定まらない。躊躇してしまう。


「焦らない。焦らない。力を抜いて慎重にそして大胆に載せていきましてよ」


 初めは見づらいし指が動かないけど、お兄ぃを瞼に浮かべてブラシを動かしていく。


「初めての割に素晴らしくてよ、その調子で」


 お褒めのお言葉を貰っちゃいました。目の際に濃いラインをつけていく。指が震えるのは気力で押さえつけた。ミディアムカラーを別のブラシで載せてグラデーションができた。


「美鳥さん、目を閉じてくださいな」


 顎先をゆっくりと動かされて左右のアイホールを見られているのを感じる。


「お見事です。左右とも同じ具合のグラデーション、よく出来ていてよ。後は練習あるのみ」


 私は目を片方づつ開いて閉じてしながらしか瞼の具合が見えないからか、よくわからなかった。


「次はアイブロウ、眉ですね。学校では剃るのは禁止されていますから、パウダーペンシルを使っていきますわよ」 


 瞼と同じように右目を描いてもらい、


「パウダーで柔らかい直線で書いていくのですね。足りないところをペンシルで1本1本書いていく。さあ左は、あなたがおやりなさい」


 左目は私が描いていく。鏡で左右逆になっているものだから描きにくいよ。


「大丈夫、パウダーでぼかすから多少は誤魔化しが効きます。ブラシでチョイちょいとね。はい、よくできました」


 これは家に帰ってから特訓しないと。


 次のビューラが1番気になっていた。やはり怖いんだね。初めてだし、くるんとしたまつ毛はキュートだけど。


「さあービューラを使ってみましょうか、最初は根本までつけて瞼を挟まないように小刻みにギュッ、ずらして真ん中を同じように、またずらして毛先とグッグッグッと手首を返すようにしますね、では美鳥さんやって見ましょうか」


それを聞いて、思わず、


「えっ、いっしょにやってぇ、お姉ちゃん」


 しまった。失敗した。やらかした。今は家から出て単身、大学に行ってる姉に話してるつもりになってしまった。顔が熱くなる。


 胡蝶さんの雰囲気が変わった。そして一言、


「お姉ちゃん?」

「いえっ、すみません。私、姉がいるんですが、間違って同じ口調で話してしまいました。す、すみません」


真剣な顔で胡蝶様が私を見てきた。


「もう一度、'お姉ちゃん?' って呼んでいただけますか?」


 そして胡蝶様が手を合わせて、私に懇願してきた。私は口に出してみる。


「お姉ちゃん」


 胡蝶様は手を握りしめ、目を閉じている。眉尻が下がっているような。

そして、カッと目を見開き私をみて、


「美鳥さん! 私の妹になりなさい」


 あまりな話に驚きながらも


「えっ、私には実の姉が」


 でも、胡蝶さんは止まらない。


「学校内だけで良ろしいから、お願い。わたくしにも弟がいるのだけど家じゃ『クソ姉貴』…だぜぇ」


 横から吉乃様が嗜めるけど、


「胡蝶様、言葉遣いが」


 崩れてる。


「憧れてたんだな、『お姉ちゃん』 これからそう呼べって」

「こ」


 頭の文字だけ口に出したんだけど、


『お姉ちゃん!』


 念を押されてしまった。

 でも、実の姉はいるんだ。


「お姉様で…」

「まあ、宜しいでしょう。これからはそれでお願いね」


 お姉様が微笑みを見せてくれた。


 残りの2人が呆気に囚われていた。


 胡蝶様、いえお姉様は、


「さあ、続けましてよ。その前にコームでまつ毛を整えて」


 と専用コームで睫毛を漉いていく。そしてビューラを手に取るとわたしの右目に近づけて瞼を挟まないように慎重にまつ毛を挟む。


「美鳥、痛くはありませんか?」

「はい、大丈夫です」


「では」 

 睫毛の根元まで差し込まれたビューラが睫毛を巻いていく。上へ少しズレると再び、そして毛先までカールしていく。


「さあ美鳥。鏡を見て見なさい」

「うわぁ、クルンクルン」


 鏡に映るのは綺麗にカールしている睫毛を持つヘイゼルの瞳。いつも見ているはずなのに違うの。いいの。キュートなの。下の睫毛も同じようにして頂いた。


「さあ美鳥、やってごらんなさい」


 ビューラを受け取りおっかなびっくりまつ毛を挟んでいく。


「そうそう、そんな具合、ギュ、ギュ、ギュですよ。意中の方を思いながらどうですか。見ていただけますよ」


 俄然やる気が出ました。大事な人にどう?って聞いて見るんだ。


「美鳥さん、なかなか良いものをお持ちなようで、お見事です。これも練習あるのみ、美しいは1日にして非ず」

「次はマスカラですね。これも初めてなんです」

「ではね、ダマにならないようにティシュにつけて調整して根元からスッと上にひくようにしていくの」

「こうですか」


 教えてもらった通りにしてみた。


「そうそう」


 クルンのカールした睫毛が際立ってメイクにもピッタリなナチュラルな仕上がりになりました。


次は頬にチークです。


「美鳥さん、チークは私がしてあげてよ」

「えっ、よろしいのですか?」

「ええ、チークを乗せる場所を覚えて、それから自分でやって見て」

「お願いします。お姉様」

「はい、よろしゅうに。そうね、美鳥の目はヘイゼルなのね。ピンクが似合いそう」


 お姉様はバレットを取り出し、中から太めのブラシを取り、つけていく。


「お姉様、御手が」


 ブラシにつけた余分なチークを手の甲にトントンと落としていってくれた。


「美鳥さん、にっこりと笑えるかしら」

「こうでしょうか?」

「そうそう、その時の1番高い所にチークは乗せていくのですよ。覚えておいて」


 私は、施してもらったチークの場所を鏡で見て脳裏に記憶する。


「ありがとうございます。乗せる場所は覚えましたので、次から自分で乗せますね」

「お似合いよ、少し薄くしたから、校内でも目立たないでよろしいかと」


さあ、後は、唇です。


「唇はリップクリームを滑らすように、そうそう、そしてリップグロスを重ねていくの」

「うわあ、艶々」


 ハリウッドミラーに映る唇をみて感動した。


「美鳥さん、ここまで頑張ったあなたへの贈り物ですわ」


 お姉様は口紅のパレットを取り出すとリップを塗ったプリップリのより少し濃い色を小指の先につけて、唇のキューピットボウの下、窪みに載せてくれた。


     カシャ 

 

 音がした方へお姉様が顔を向けた。


「貴方達、何を撮影しているのかしら?」


 原田様と生駒様かスマホを構えて、先程から撮影していた。


「いえね、あまりにもてぇてえーな絵画あるものだからつい」

「つい」

「もう仕方ありませんね、身内だけですよ」


 出来上がりをわたしのスマホに撮影してもらった。今後の見本に、させていただきます。


お姉様が姿勢を整え、手を外へ指し示し、


「さあ、美鳥さんお行きなさい。是非ともお見せしたい殿方がいらっしゃるのでしょう。さあ」

「でも片付けが」

「私たちも貴方に刺激されたのでしょう、自分の化粧をし直しますから、お気になさらずに」


「お姉ちゃん、ありがとう」


 胡蝶様は目を見張る。そして微笑んだ。

 わたしは教室を出て階段を急いで降りていく。途中、何人も振り返り見ているのはわかったけど気にしない。

 大切な人のところへ行くんだ。自分の教室へ。


 教室に入るとだれかが椅子に座っていた。

私に気づいたのか、こちらに顔を向けてきた。

なんて、

なんて顔なんだろう。眉尻が落ち、眼窩も落ち窪み、絶望に打ちひしがれた顔って、こんななんだ。

そのうちに口角が少し上がり、


「どこの天使かと思ったよ。いや女神かなぁ。綺麗だよ。美鳥」


大切な人が言ってくれた。




 次の日のお昼休み、歩美と食堂にいます。彼女と食べる昼ごはんは、美味しいの。


「ねぇ、美鳥。朝から幸せ感ハンパないけど」

「ふっ、わかる? 昨日の私とは違うのだよ」

「あ〜、なんとなく言わなくてもわかるからね。察するよ」

「えー、聞いて、ねぇ聞いてよ。ねぇ」

「ハイハイッと」


 そんなふうに歩美と戯れあっていると、


「美鳥さん、こちらにいらしていたのですね。相席してもよろしいかしら?」


 丁寧な言葉が耳をくすぐる。振り返れば、ゆるふわな感じの上級生。昨日は私のメイクでお世話になった方。


「お姉様」

「えっ、『お姉様』って胡蝶様?」


 その本人が立っていて歩美は驚いて二の句が告げられず、口をパクパクさせているだけになってしまった。


「ど、どうぞ」


 テーブルには六席ある。私の左には歩美が座っている。右手にゆっくりとした仕草でお姉様が座った。菜央様吉乃様も間を空けずに座っていく。あらかた、昼のランチセットは食べ終わっていてよかった。もう少し早かったら、緊張で喉を通らなかったから。

ふと、お姉様が私の顔を見て、


「あら、美鳥さん。口元にソースが」


 お姉様はポケットからハンカチーフを取り出すと私の口元をへ、


「やっ、やめて。お姉ちゃん。自分で拭けるよぉ〜」


 しまった。本当の姉にいじられた記憶が蘇り、つい。


「『お姉ちゃん』」


 胡蝶様は手を握りしめて目を瞑っている。やっちゃた。お姉様の優しさを踏み躙り、気分を害してしまったかあなあ。


「やはり良いものですね。『お姉ちゃん』 そう美鳥さん、リラックスして砕けた感じで話しましょう」

「えっ、いいんですかぁ」

「はい。皆さん、俺、いや私と話すと固く鯱鉾ばった言葉遣いになって硬すぎるの。肩凝ってしょうがないのょ」


 お姉様の口調が変わっていく。力がねけ、ベールを取る以上に緊張感が薄れていく。それに合わせるのも妹の勤めだね。リアル姉貴によくいじられるからお手の元だったりします。


「じゃあ、今日はどうしたの?」

「もちろん美鳥ちゃんと食べて、お喋りしてみたかったの」


 返事は笑顔と共に、


「そうなんだ。ありがとうお姉ちゃん」



 呆気に取られていた歩美が息を吹き返した。


「美鳥はすごいや。私なんか雰囲気に飲まれてかたまちった」


 お姉様は、歩美にふる。


「あなたは川合…」

「歩美と言います」


 お姉ちゃんは歩美に笑顔で続けた。


「いつも美鳥がお世話になってるでしょ。ありがとう」

「いえ、こっちもお世話になってるんで、えへへ」

「これからも、うちの美鳥と仲良くしてね」

「はい」


 すると、静かだった菜央様が話をしてきた。


「なんか楽しそうだね。肩の力も良い具合に抜けてるし」

「そうなのよ、うふふ」


 ふんわりとお姉ちゃんが微笑む。


「お姉ちゃん!その顔、良いよ。楽しそーで」

「そうかしら」

「そう、その笑顔。力が抜けて、良い感じ」


 お姉様の微笑みがさらに深くなる。


「ありがと、美鳥。あなたのおかげよ」


 私はドヤ顔で、


「えっへん」


 すると昼休みが終わる5分前のチャイムが鳴った。

お姉様の眉尻が下がってしまう。


「時間が過ぎるの早いわね、で、美鳥、連絡先教えて」

「ハイ」

「川合さんも良いかしら」

「私も?」

「もちろん」 


 何か良いことを思いついたのかな。お姉様の顔に笑みが滲む。


「そうだ、美鳥、今度のお休みにショッピング行きません? あなたの化粧品買いに行きましょう」

「うん、私もそれを頼みたかったの。いこーね、お姉ちゃん」


 お姉様の口元が上がる。


「そうね。ふふふ。美鳥、放課後に私たちの教室にいらっしゃい。当日の打ち合わせしましょう」


 私も微笑んで、


「わかった。いくね」


「では、失礼致しますわ」


リラックスし、眩しい笑顔を残して、お姉様は席を外す。


「ご機嫌よう」




 御三方は立ち上がり食堂を出て行った。なんとなく足取りも軽かったような。


「意外と気さくな方達だったね」

「もっと砕けるとすんごーいのよ」


あまり口外できないけどね。


こうして私には2人目の姉ができたのです。

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