魔王と女神の勇者な子
鳥の音
プロローグ
勇者というモノ
勇者となるにあたって、まず初めに教えられたのは痛みに慣れる事だった。
十にも満たない小さな子供、不吉を象徴とする黒い髪と目を持って生まれたと言う理由だけで捨てられた身寄りのない少年を、対照的に白く清潔な衣服を身に付けた大人達が、その脆く華奢な体躯を痛め付ける。
気を失えば起こされた。
瀕死の重傷を負おうと、魔術によって傷は塞げる。
故にその場にいる誰も彼もに容赦が無い。
打傷、裂傷、刺傷、火傷、果ては呪いや毒による苦痛まで、あらゆる痛みを覚え込ませる。
悲鳴をあげても意味はない。
助けを請うても聞き入れられない。
この行為にいったいなんの意味があるのか、少年にはわからなかった。
ただひたすらに与えられる痛みによって次第に感覚は薄れて行く。
いつしか痛みは感じなくなり、涙は枯れて悲鳴は止んだ。
心は擦り切れ自我は壊れた。
その命は世界の為に
その生涯は魔を討つ為に
「哀れだな。」
生き物として備わっているはずの物を全て削ぎ落とされた少年と相対し魔物の王は玉座にてポツリと溢す。
対する勇者は何も言わず、静かに手に持った聖剣を構える。
光のない目が魔王の所作を観察する。
巨大な尾を、鋭い爪を、奇怪な翼を
見る、見る、見る。
大きな動き、怪しい動きは見られないが、それでも隙は一切ない。
だがそんな物はどうでも良い。
無いのならばそれでも良い。
こちらの機能が止まる前に、相手の首を切り落とせば良いだけのこと。
自らのやるべき事を定め勇者は地を蹴り一直線に魔王へ跳んだ。
「勇者よ。」
振るわれた刀身を無手で受け止めながら、魔王が問う。
「お前は何故戦う?」
返答はない。
ただひたすらに振るわれる刃を軽々いなし、魔王は鬱陶しい羽虫でも払うかのような所作で軽く手を振った。
それだけで空気は爆ぜ空間が歪むように揺れ動く。
ベキベキと嫌な音を立てながら吹き飛ばされ床に転がる勇者は、身体の傷など気にも止めずに立ち上がる。
「ペッ」と吐き捨てられる血溜まり、その中に自身の指が混じっている事に気付き、まるで獣と対峙しているようだと魔王は思う。
「そうまでして戦う理由はなんだ?」
一つ言葉を投げる間に十の攻撃が飛んでくる。
魔王は会話の片手間にそれらをいなす。
その度に勇者の身体には傷が増えて行く。
常人ならばとっくに命を落としているであろう外傷は、しかし温かな光に包まれ、その面積を縮小して行く。
「女神の加護か、愛されているのだな。」
「なあ?」
何度目になるかの魔王の言葉。
それに初めて返答があった。
刃を下ろし紡ぎ出される言葉は、見た目通り年相応の少年の物だった。
「その無駄話にはいったい何の意味があるんだ?」
その質問をする勇者から見て取れるのは純粋な疑問と困惑だった。
「意味、か。」
聞かれて魔王も考えた。
いったい何故、自分は彼に話しかけていたのだろうかと。
自己への問いかけは、しかし胸部への焼けるような痛みによって掻き消えた。
戦いの最中に僅かに生まれた隙を、勇者は決して逃さない。
その存在は魔王を殺すためだけに。
そのためならば如何なるものも利用し武器とする。
コレはそう言うモノなのだ。
「お前は本当に、哀れだな。」
身体を貫く刃に力が籠るのを感じる。
これから自分の命を断とうとする者に魔王が抱いた感情は同情だった。
とは言えこの場で死んでやる気は当然魔王にはありはしない。
聖剣を握る手に力を込める勇者の身体を思い切り蹴り飛ばす。
今までの物とは違う、攻撃を目的として放たれたその一撃は先程までとは比べ物にならない程の威力があった。
剣を握っていた両腕は肩からちぎれ、蹴られた腹には穴が開いた。
それでもまだ立ち上がろうとする勇者の身体を地に貼り付ける用に、無数の黒剣が突き刺さる。
標本の用に貼り付けられた身体は力を込めても動かない。
それでも目から戦意は消えず、腕もないのに立ち上がろうとモゾモゾ動き続ける。
「先の問いに答えよう、ただの暇つぶしだ。」
再び魔王が玉座に座る。
それと同時に部屋全体を光る文字列が侵食して行く。
それは大規模な魔術を用いるための魔術式。
どう言った用途の物なのか、それを識別するために勇者は自身の知識の中にある魔術式と照らし合わせる。
勇者となるにあたって彼の頭の中には古今東西あらゆる魔術の知識が叩き込まれている。
その彼を持ってしても、この魔術を理解する事が出来なかった。
それはこの魔術が魔王が独自に作り出した物である事を意味していた。
「ッ!」
貼り付けられた身体に更に力を込める。
ギチギチと身体が壊れる音がするが気にしない。
魔術の起動までそれ程時間もないだろう。
発動すれば使命を果たせない。
それは絶対許されない。
「ッァァァァァァアアアアア!!!!!」
強引に拘束から逃れた事で身体の殆どを欠損した。
女神の加護は絶え間なく勇者を癒し続けるも、その傷の深さに追い付けず、腕はようやく肘辺りまで回復した所である。
これでは剣を握れない。
それでも勇者は止まらない。
壊れた身体に力を込め、魔王へ向けて踏み込む。
血を、肉を、臓物をぶち撒けながら一直線に接近して来る勇者を前に、魔王は手を翳すと静かに目を閉じた。
魔王と女神の勇者な子 鳥の音 @Noizu0
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