第37話 ひっそり歩く

 歴史という枠組みでみれば、国というものは儚いものだ。国同士の戦争によって滅ぶこともあれば、災害や病で崩壊することもある。もちろん、厄災や魔王によって一夜のうちに地図上から消滅することだってあるのだ。

 歴史学者を名乗るエルドラドは、肌でそれを理解している。だからこそ起こっていることをただの事象として、平面的に処理することができる。底に感情が動く余地はない。

 しかし、実際に国が衰退していく場面に遭遇すると、少なからず思うところはあった。

 そう、衰退だ。これは国取りなんて激しいものではない。ただ奪い取って、飼い殺しているだけ。


「エルドラ、髪が見えてるよ。気をつけて」

「ああ、すまない」


 シンディに外套を引っ張られる。焦りが見え隠れした乱暴な仕草だったが、仕方ないだろうとエルドラドは察した。


「あと、あまりキョロキョロしないほうがいいよ。目を付けられるから」

「……どうして森を抜けなかった?」

「森だと匂いで追われるの。ここなら人の匂いがあるから、紛れて逃げられる」


 それでエルドラドは納得する。たしかにここは、狼王に支配されたこの国で、もっとも人間が多い場所だろう。

 灰の国ローディーン、その中央街。文明の発展を嫌ったこの国の中で、唯一国らしく発展している場所だった。だがいまはどうか。荒々しい国の変容を物語るように、家々は端々が崩れ、荷車は壊れたまま捨て置かれている。

 そしてこの街に住む、首輪を付けられた人間と、首輪に繋いだ紐を引く獣人たち。それはもはや、共存と呼べるような在り方ではない。あの首輪は絶対的なヒエラルキーの象徴であり、お互いの立場が隔絶していることを意味している。

 醜悪とは思わないが、建国の際に誰もが思い描いていた国の有様とは、きっとこうではなかっただろう。そう思えば、灰の国ローディーンは彼らにとっての悲劇に違いない。


「このまま王城の城壁に沿って進むよ」

「どこに向かっているんだ?」


 シンディの先導のおかげで、二人は誰からも声を掛けられることなく街の外れまでやってきた。警備がもっとも厚い王城はすぐ近くにまで迫っているが、彼らの視線に触れるようなことはしていない。もっとも鼻が利くため、風上に立てばあっという間にバレてしまうだろうが、シンディの注意はそのあたりにもしっかり行き届いているようだった。

 エルドラの質問に、シンディは指を差して答える。


「王城の裏にある山よ。この仔と出会った場所で、わたしたちが暮らしている場所」


 シンディが外套の胸元を開けると、ひょっこりとロボが顔を覗かせる。ロボがシンディの顎をぺろっと舐めた。くすぐったそうにシンディは笑い、すぐに襟を戻してロボを隠す。


「灰被りの山には誰も近寄らないの。だからあそこは安全よ」

「何故誰も近寄らない?」

「あの男が禁じているの。理由はわからないけど」


 シンディはそう言って城壁に沿って進み始める。普段誰も通らない道らしく、好き勝手に灰が積もっていた。山へと続く麓の道も同様だ。つまり彼女の言うとおり、本当に誰も近寄らないらしい。

 ひとまずの安心は確保できそうだ、とエルドラは安堵する。だが同時に別の問題が浮上した。

 さて、どうやってオルクスと合流するか。それが問題だ。



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久しぶりなのに超絶短め。すみません。

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お喋りオークの聖剣探索 彌七猫 @hamadacat777

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