俺と彼女と彼らの逆境

惟風

俺と彼女と彼らの逆境

 えっ何ですか? まあ時間あるから少しくらい話聞いても良いっすけど……やー、普段は知らない人に話しかけられたってフルシカトするんですけどね、ちょっと暇してて誰かと話したい気分で。実は恋人と色々ありましてね。喧嘩ってワケじゃないんです、あんまりかまってあげれてなくて近頃距離ができちゃってて。今日記念日だからお祝いとお詫びを兼ねてサプライズプレゼント用意して彼女の仕事が終わるの待ってんすよねえ。ここならちょっと離れてるけどあそこの改札がよく見えて。こっちに着くまでまだかかるみたいで。

「アノ」

 今日で出会ってちょうど二年になるんです。こんな日に残業なんかするんじゃなかったなあ何としても定時で上がれば良かった。そしたら花買えたのになあ。急いでお店行ったけど閉店しちゃってました。プレゼントあるって言っても、花も渡したくて。買うならやっぱ当日じゃないすか。ハー、今さらそんなこと言ったって仕方ないか。最近色んなことが上手くいかなくて嫌になっちゃいます。

「あノ」

 そもそもクソ上司がね、自分のミスを俺に押し付けてややこしいことになってそのせいで残業になったっていうか。ムカつくなあ今日ほどアイツのこと殺してやろうかなって思ったことないっすよ。まああんなクソに費やす時間惜しいしそんな暇あったら彼女とのデートの準備するって話で。

「あの」

 ホラ見てくださいよーこれ彼女の誕生日にライブ行って撮ったやつなんですけど、俺の隣にいてると顔の小ささがめっちゃわかりやすいでしょ。スタイルも良いし。

 とにかく可愛いんですよね。こないだ俺に断りもなくバッサリ髪切っちゃってびっくりしたんですけど、それがロング派の俺でも見惚れるくらい似合ってて。即許しちゃった。

 他にもね、俺に内緒でイベントに出て、でもその時の彼女のパフォーマンスがそれはもうすごくて。昔バンド組んでたのは知ってたけどギター弾く姿見たの初めてで、かっこよくて痺れましたよ。

 そういう嬉しい驚きを俺に沢山くれる素敵な女性で


「あの!」


 キツめの口調で顔を近づけられて、俺はやっと我に返った。

 ああ、またやってしまった。

 一度スイッチが入るとノンストップになってしまう。

「すいません、俺喋りだしたら止まんなくて……これでよく彼女にも引かれちゃうんですよね、気を付けてはいるつもりなんですけど」


「『 』っテ話しかケた後に全く動揺せズにマシンガントークしハジめた地キュウ人は貴方が初めテデす」


 全身灰色で頭が異様に大きく、顔の半分以上が目玉の小柄な人物がこちらを見上げながらたどたどしく言った。少し甲高くて機械音声みたいな声をしている。恋人以外の人間に興味が無くて流行にも疎い俺は、そういうコスプレが趣味のちょっと変わった人だと思ったのだが、どうやら違うみたいだ。自分の話に夢中で気づかなかったけれど、よく見ると全体的に身体がうっすら透けていて目の前にいるのに現実感がない。人間の姿をしていたら幽霊と思ってしまうかもしれない。でも宇宙人らしい。どっちにしろ人間じゃない。


「短時間デ多くの言葉を聞かせてイただいたおかゲで、この国の言ゴ習得が想定以上に進みマシタ」

「言われてみればどんどん話し方が流暢になってきてますね。学習スピード早くて羨ましいなあ俺物覚え悪くて仕事でもしょっちゅうミスして怒られ」

「私一人が今学習したワケではなく、この瞬間にモ世界中の様々な場所でワタシ同様思念体となっタ同胞達が貴方のような現地の人間と接触を試みたり文献や資料を収集分析したりしてこの惑星の多種多様な文化を知識として吸収しているところです。そしてその情報は月の裏側に停泊している母船の意識集合体に集約され、そこからまた我々一人一人にリアルタイムでフィードバックされ」

「一方的な話し方に親近感湧くなあ」


 目の前の宇宙人が聞かせてくれたところによると、この地球からは観測できないほど遠い宇宙にある惑星から来たそうだ。資源は豊富で争いはなく、文明は高度に発達しみんな不満もなく暮らしていたと。ところが惑星の寿命が迫ってきていることが発覚し、近い将来に星が爆発してしまうため移住先を探さなければならなくなってしまった。候補地を見つけるのに難渋し、ようやく辿り着いたのが地球の周りをまわっている月だった。小ぶりだが、彼等が住むのに理想的な天体なのだそうだ。幸い先住者はおらず、時間の猶予も無いため準備が整い次第早急に移り住む予定とのことだ。

「それで地球にも探りを入れにきたと」

「ええ。今後、外交に発展するかもしれませんし。相手を知ることで、余計な摩擦を排除しスムーズな交流を行いたいのです。ご近所トラブルはマジ勘弁ですしね」

「そんなまどろっこしいことしなくても、その気になればその科学力で簡単にココを征服とか侵略できちゃうんじゃないですか」

「ソッチ系の流行りは三億年前に廃れちゃって今やるとダサいんですよ、いかに友好的に他種族と関係を築くかがナウいんで」

「絶妙にワードセンスの古い人物とコンタクトを取ってる同胞さんがいるようですね」


 別の星への移住なんて壮大すぎてピンとこないが、生まれ故郷が無くなるなんて俺だったら辛すぎる。彼等にとってもそうだろう。その悲しみには共感できる気がした。仕事にしろ恋愛にしろ、些細だけれど不遇な目に遭っていて心が弱っているせいで、同情しやすくなっているのかもしれない。

 それに、地球の人類に対して平和的な態度で関わろうとしてくれることに好感が持てた。と言っても、これまでの話が全て嘘で攻撃の意思を隠し持っている可能性はある。そうであるなら俺はとっくに殺されているだろうし、騙して良いように利用するにしても頭の悪い俺なんかが見抜けるワケもないから詮無いことだ。ここは素直に信じてみようと思う。

「この惑星の調査に協力していただけないでしょうか。お時間は取らせません」

 だから、そう依頼されて断るという選択肢は俺の中に無かった。

 すると宇宙人は銀色に光るフルフェイスのヘルメットのような物を取り出した。これを頭部に装着し、俺の脳から直接情報を読み込ませてほしいとのことだ。身体に害は無いという。

「えっ」

 ちょっと引いた。俺にできることであれば協力したい気持ちは確かにあった。が、よくわからない器具を身体、しかも頭に取り付けられるとなると話は別だ。一気に身の危険を自分事として認識した。こんなに早く選択肢が生まれるなんて。

 どうしよう。さすがに脳内に直接アクセスされるのはちょっと怖い。これはピンチなのでは。

 饒舌だった俺が急に黙り込んだことで逡巡が伝わったのか、宇宙人は人間よりも長く四本しかない指を小さな顎に当て俯き、考え込むような仕草を取った。星を跨ぐ宇宙人も僕達のような所作をするんだ。

 ほどなく顔を上げ、宇宙人はおもむろに切り出した。

「強制ではありませんので、遠慮なく断っていただいて結構です。そして、ご協力いただいた際には御礼をいたします。貴方の知りたい知識や情報を何でも一つだけできる限り調査し、こちらのヘルメットを通して提供いたします。今こうしている間にも地球の歴史や現状の解析は進んでおり、そこに我々の知見や解釈を加えることで人類にとっての長年の謎や秘密も我々の中で次々と明らかになっているのです。過去の出来事だけでなく不知の病の治療法、数学上の未解決問題など。ご用命があれば承ります」

「え、急にそんなこと言われても……知識……?」

「ツチノコを捕獲できる場所なんかもお教えできま」

「いやそれは興味ないんで良いです……あっ、それなら、一つ知りたいことがあります」

 胡散臭い機械を頭に嵌めることに拒否感があったが、宇宙人の申し出にはそれを上回る魅力があった。これはもしかして、不運続きの俺に訪れた奇跡なのかもしれない。俺が今一番欲しい情報が、手に入る。

 宇宙人の差し出したプライバシーポリシーに目を通し、同意書にサインをして近くの植え込みに座り、ヘルメットを装着した。

 見た目よりも重量感があり、首にズシリとのしかかる。微かな機械音と振動。しばらくするとヒーリング音楽のようなものが流れだした。宇宙人の声がヘルメットの外から聞こえる。

「身体の力を抜いてリラックスしてください」

 俺は目を閉じた。

 特に頭が締め付けられたり違和感を感じたりはしなかった。不思議な気持ちだった。俺自身が何かをする必要はなくただじっとしているだけなので、思考が暇になった。自然と、対価として受け取る情報について思いを巡らせる。


 俺には、恐竜の絶滅理由よりも知りたいことが一つだけあった。

 俺の、愛しの彼女。

 地下アイドルグループに所属している姿に一目惚れしてから、俺はずっと彼女のことを傍で見守ってきた。稼いだ給料のほとんどをライブやグッズ代につぎ込んで、プレゼントも沢山贈った。離れている時が心配でGPSや盗聴器を忍ばせて事務所スタッフに預けた分は、残念ながら本人には届かず捨てられてしまったらしい。心配で仕方なく練習スタジオの付近を見回ってボディーガードをしようとしたら、警備員に見つかり通報されライブ出禁となってしまった。

 その後事務所の指示があったらしく、彼女のSNSアカウントにブロックされてしまった。

 俺と彼女の愛は、ことごとく周りの人間に邪魔された。

 それでも俺は彼女を諦めなかった。彼女が愛した男は、この程度の逆境にめげる器じゃない。彼女が俺に向けている愛を、ちゃんと受け取ってあげたかった。

 俺はアカウントを新しく作りなおした。俺の名前がないSNSで、彼女は他の有象無象と親しげにやり取りしていた。俺がいない寂しさを埋めるように。無理をしているのが伝わってきて申し訳なくなった。一刻も早く会いに行ってやらなきゃいけない。近くにいて、支えてあげるのが俺の務めだと確信した。

 彼女のプライベートショットに映り込んだ背景や瞳の中の景色、仲良しメンバーとの会話から、オフの日程や行きつけのカフェや美容室、かかりつけの歯医者まで特定した。

 生活圏を絞りこめたので、最寄り駅で彼女が出て来るのを待っていたところに宇宙人と遭遇した。

 家まではまだ知らなかったのでここでいつまでも待つつもりだった。でも全知に等しいこの宇宙人の手を借りれば、こんなまわりくどいことをしなくても今すぐにこちらから会いに行けるじゃないか。天の巡りあわせに感謝したい。恋の女神が、二人の再会を切望している。


「御協力、深く感謝します。これにて調査は終了です。この先、我々は新たな環境下での生活において様々な苦難に直面することになります。ですが、隣人である貴方がたの優しさがその打開の希望となるでしょう。ではご要望のありました情報を送信させていただきます」


 宇宙人が喋り終えると同時に、思考は中断され、鮮明な映像が脳内に映しだされた。一人の女性が歩いている。

 しっとりとした黒髪。ピンと張った頬。化粧を落としていても濃い睫毛。血色の良いふっくらとした唇。



 見つけた。


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