第38話 お金で買われる話

「あなたの今日という時間をお金で買います」

 聖来に休日に呼び出された。とりあえず駅集合と言われて、そのまま特に考えることもなく電車に揺られた。集合場所のよくわからないおっさんの像の前にはすでに聖来がいた。

 そしていきなり冒頭のセリフを言われたのだ。

 意味がわからない。

「一時間一万五千円でどう?」

「たかっ!」

「もっと欲しい?」

 なんだ今日は。いつもとは違う角度で攻めてくる。涼真を困らせるプロのような攻めのバリエーションだ。

「いらないって」

「じゃああげない」

 なんだそれは。なんでがっかりしている自分がいるんだ。涼真は自分が思うよりもずっと浅ましい人間なのかもしれない。

「その代わり、お金をもらう気持ちで私を楽しませなさい。これはビジネス。あなたの行動には賃金が発生するってわけ。どう、面白いでしょ?」

「お、面白くない」

 涼真は嫌な予感がして逃げようとする。しかしそれを察した聖来が腕に抱き着いてくる。改めて聖来を見る。今日の聖来はいつもの制服ではなく、いわゆるゴスロリというのだろうか、フリルのついた服装にいつもの白いマスク、そして髪型はツインテ―ルにまとめている。一目見てどうして聖来だとわかったのか自分でも不思議なぐらいの変わりようだ。

 超至近距離から聖来が顔を寄せる。

「今日は一日レンタル彼氏してもらうから」

 聖来は手に持った千円札を、無理やり涼真のポケットにねじ込んでくる。

「逃げたら泥棒だよ」

 逃げ場はすでにないようだった。

 涼真の一日は千円で買われたのだ。

「あとこれは練習だから」

「練習? なんの?」

「いつも翠と出かけるときどうしてる? もしかしていつも翠についていってるだけなんてことはまさかないとは思うけど」

 聖来は皮肉っぽく喋る。だが反論ができない。思い返してみると、たしかに涼真から翠を誘ったことなどほとんどない。ここに行こう、これをしようというのは、いつも翠が決めて涼真はそれについていくだけだった。

「涼真が誰かを引っ張っていけるように成長してもらいたいわけ」

「まあ、一理あるけど」

「だからちゃんと私を楽しませてね」

 自分が楽しみたいだけなんじゃないかとも思うが、せっかくの機会だ。少し考えてみようと思う。

 トンネルに行く? 黒猫を探す? 観覧車に乗る? 謎の巨大生物を追う? カラオケで歌う? 

 涼真が思いつくのはこんなところか。そして思い浮かべる光景には翠がいる。もし、一緒にいるのが聖来ではなく翠だったなら、一度行った場所にまた行くだけでは面白みがないだろう。だから考えるべきはその人が行きたいと思えるような場所なのか。いや、そうじゃない気がする。涼真の思いつかないような場所に翠は連れて行ってくれる。涼真にとって行きたいと思える場所というのは当てはまらない気がする。

「さあどこ行く?」

「ええっと……」

 誰かと一緒に行く場所を決めるのがこんなに難しいことだとは思わなかった。涼真の行きたい場所に行っても聖来は楽しめないかもしれない。聖来の行きたい場所はまだ彼女のことをよく知らないのでよくわからない。

 たぶん相手が翠であっても、同じように涼真は悩むだろう。

 自分に合わせるわけでもなく、相手に合わせるわけでもない。

 翠はいったいどうやって涼真と行きたい場所を選んでいるのか。

「あ」

 涼真は閃いた。

「なに、どうしたの?」

「タルトの美味しい喫茶店があるから行こう」

「え、オシャレじゃん。八十点」

「点数つくんだこれ」

 とにかく涼真は聖来と一緒に喫茶店まで行くことにした。その間、涼真は学校での出来事など他愛のない会話に努めた。しかし聖来は内容を少しぼかすように話す。彼女はあくまでも謎が多いままだ。

 喫茶店に着くと、洋ナシのタルトをおすすめした。

 いわれるがままに聖来は洋ナシのタルトを注文した。そしてタルトが来るとその見た目を見て九十点と点数をつけた。点数の基準は謎だ。

「ふーん。確かに美味しいじゃん。いいね」

「そっか。よかった」

 涼真の微笑みに、聖来は疑問を持ったようだ。

「なにか目的でもあった?」

「いや、赤月さんの好きなものが増えればいいなって」

「なにそれ?」

「なんか気づいたんだ。いつも俺のことを連れて行ってくれる時、翠がどんなことを考えているのかなってさ。これが正しいのかはわからないけど、たぶん翠は俺と好きなことを共有して、一緒に楽しみたいって思ってるんじゃないかなって。それで赤月さんと好きなものが共有出来たらいいなって思っただけ」

 ちなみにこの洋ナシのタルトは、翠が好きなものでもある。最初から好きじゃなくても、後々好きになることもあることを翠は教えてくれた。

「へえ、やるじゃん」

 聖来は少し満足げな様子だった。

 時間の共有だけではなく、気持ちも共有することができたならそれは素晴らしいことだと思う。

「じゃあ次は?」

 聖来の問いかけに、涼真は次の行く先を考えた。かなり悩んだが、それは少し楽しい時間だった。

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悪い噂のあの子と一緒に帰宅する話 仲島 鏡也 @yositane

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