第37話 トライアングル・パフェ

 翠と聖来と喫茶店に寄ることになった。高校生といえば放課後の喫茶店、そこでだらだらと喋るのが女子高生の特権というのが聖来の言い分だ。


 翠とは何度か放課後に喫茶店に寄ったことはあるので高校生として涼真は正しいことをしていたのだ。だらだらと喋るのもクリアしている。ただし涼真が女子高生ではないことが問題なぐらいか。


 ちょっと広めの喫茶店に入る。思わずいつもの癖で、店員に「二人です」と言いそうになったのを「三人」に訂正する。


 店員に案内されてソファに座る。


 正面にはいつものように翠、そして涼真の隣には聖来が距離を詰めて座る。


「近くない?」


「狭いし。仕方ないでしょ」


 聖来の隣にはわざとらしく通学用のカバンを置いてスペースを無くしている。


「私の隣に置いていいよ」


 翠が自分の隣をぽんぽんと叩いた。確かに翠の隣には涼真と聖来のカバンを置いても問題ないぐらいのスペースが空いている。


「それだと碧川さんが狭くなるでしょ。気を使わなくていいから」


 え、という顔で翠が聖来の顔を見る。涼真も見た。


 翠は善意で提案しただけだ。それにスペースが十分に余っているのは聖来にもわかっているはずだ。


 これはつまりそういうことだ。


 聖来は、わざと涼真と距離を詰めている。


「二人ともなに頼む?」


 聖来がメニュー表を広げている。これ以上席については話をしても無駄なのだろう。


「私はパフェでも頼もうかな。いやあ、放課後に友達とデザート食べるなんて悪いことしてるみたい」


 聖来は何だか普通に楽しんでいるようで、声も上機嫌に思える。こういう姿はそこら辺にいる女子高校生って感じだ。


「じゃあ私もパフェにするね。この季節限定のさくらんぼパフェ」


「私も。涼真もそれね」


「みんな同じにするの? 別にいいけど」


「もしかして別の味にして食べさせ合いっこしたかった? じゃあ別のパフェでいいよ」


 パフェは確定しているみたいだ。


「じゃあチョコのやつ」


「変えるんだ。じゃあ私のさくらんぼパフェあーんしてあげる」


「いらないって」


 聖来はにやにやと笑っている。


「私もしてあげようか?」


 翠が少し遠慮がちに言ってくる。


「いや、いいって」


 なんだか翠は、聖来のいるこの空間での立ち位置というか、どこまでいつも通りに振る舞っていいのかを探っているようだった。


 涼真も他人がいれば翠と同じような対応になっていただろうが、聖来があまりにも遠慮なしに話しかけてくるものだから翠といる時のように普通に接してしまっている。


 店員がパフェを持ってくるまで、翠はずっと聖来と涼真の間にどう入り込もうか探っている感じだった。涼真と最初知り合った時は聖来ほどではないが、ぐいぐいと迫ってきたような気もする。


 異性と同性では距離感が変わるのだろう。……いや、逆じゃないか?


「みてみて涼真」


 隣の聖来が見せてくれたのは、結ばれたさくらんぼの茎部分だ。


「なんで結んだの?」


「どうやって結んだと思う?」


「そりゃ手じゃないの?」


 べ、と聖来が自分の舌を少し見せてくる。


「私器用なんだよ」


 妖艶に微笑む聖来に対して、涼真は動揺してしまった。たぶん顔が赤くなっている。その様子を見て聖来は満足そうににやついている。


 気持ちを切り替えようと翠の方を見ると、翠が口をもごもごさせている。


 口の中でさくらんぼの茎を結んでいるのかもしれない。


 結構時間が経ったが、翠はまだもごもごしている。


 やがて翠が手ごたえを感じたような顔で、口元を手で隠し、さくらんぼの茎をそっと取り出した。その茎はまっすぐだった。


「全然結べてない!?」


 あのやり切った顔は諦めの顔だったのだろう。


 聖来は翠と涼真のやり取りにぷっと笑う。


「碧川さん面白いね。翠って下の名前で呼んでもいい?」


「え、うん」


「じゃあ翠、あーん」


 聖来は涼真のチョコレートパフェを掬って翠にスプーンを近づけていく。


「俺のやつ!」


 翠がぱくりと涼真のチョコレートパフェを食べる。


「うん美味しい」


「よかったね、翠」


 涼真はなんだか少し、胸の中がもやついた。


 涼真もまだ、翠のことを下の名前で呼んでいないのに、聖来はもう彼女のことを下の名前で呼び始めた。いや、そうじゃない。きっと自分のチョコレートパフェを勝手に食べられたから胸がもやもやするんだ。


 そうだ。きっとチョコレートパフェのせいだ。


 涼真は自分に言い聞かせるようにそう思った。

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