第3話 聖なる乙女と愚かなる下僕

興奮に任せ、胡麻を擦るだけ擦った箱庭はぎれだったが、鬼か悪魔のごときその女についていく最中、頭に上った血が引き、荒げた呼吸も整い始めた。

すると次第に浮かんでくる、幾つかの疑問。

彼女はどうしてこうなった?

このままついて行って、私はどうなる?

これで本当に、ただのコスプレ女だったらどうしよう。

などと、今更も今更な不安が込み上げてきた頃合いで、目の前の彼女が告げる。

「ここは少し、風にでも当たりながら話し込むとしよう」

気付けば箱庭は、校舎の屋上に出る扉の前まで来ていた。

彼女の、生地獄の背後を、親を追う雛鳥のようについて歩いていたため、無意識に足を動かしているうちにこんなところまで来ていた。

「あ、でもここは普段立ち入り禁止で......」

「ハッ、咎められるのが怖いか。人ならざる私を前にして、教師どもの説教を恐れるとはなかなかの度胸だ。私から、もっと恐ろしいものをお前にあてがうこともできるんだが」

言いながら、生き地獄は扉のノブに手をかける寸でのところで止まっている。

箱庭の反応を見ているのだ。

「滅相もない!どうぞ、お開け下さい」

「フン」

鼻で笑って、生地獄は扉を

はめられていた曇りガラスは粉々になり、扉の大部分を占めていた鉄板は、鉄くずになって四散する。

到底、そこらの女子高生の脚力ではない。

やはり彼女は、何かだ。何かは知らんが、何かではある。

箱庭は確信し、そして微かに、学校生活を諦める覚悟をした。

生地獄は、無言で屋上へ進み、周囲を囲む鉄柵の前まで行くと、眼下に建つ、校舎の複数の棟を眺めた。

「どうだ箱庭、これが、私らを真人間に育むと豪語する、学び舎の全景だ」

「えぇ」

「好きか」

「さほどでも」

「私もだ。だが、必要であるとは思っている」

「それは同感です。ココは、私がJKじょしこうせいであるための最後の砦です。ココが無ければ、私はもう何者にもなれません」

「そうだ。学び舎に限った話ではないが、結局のところ人間は、あらゆる共同体においても何者かであろうとする。いかに窮屈な場所であっても、その中で、替えの効かない『自分』でいられるのなら、喜んで安住する。私もかつてはそうだった」

「......すいません、ワタシそこまで頭は良くないのです。もっとこう、砕いてご説明頂けますでしょうか......」

「......つまるところ、私はこの学び舎で、一定の役を与えられて満足していた。だがその日々にも、どこか気に食わない節があり、日を追うごとにその違和感が心を蝕んでいったのだ。そして」

「こうなった」とでも言うかのように、生地獄は自分の前髪に隠れた突起を見せ、指で弾いた。

あれは、角だろうか。

長さは無いが、どす黒く鋭利で硬質な突起が一つ、彼女の額の右側にだけ生えていた。

つまり彼女は最近まで、自分の生き方に違和感を覚える、思春期特有の悩みを抱えたごく一般的な女子高生だったが、何かの拍子でこのような魔人なったと?

にわかに信じ難いが、本人曰く、そういう話に落ち着くのだろう。

「しかし贅沢ですね。ワタシなんて学校生活の中では一時の満足ですら、感じることはありませんよ」

「黙れ。お前は私の話を聞いて頷いていれば良いんだ」

「し、失礼しました」

生地獄は、つかみどころのない調子で話を進める。

隣の箱庭は、振り回される一方で、生地獄の話の趣旨が見えてこない。

もしやこの人、愚痴や身の上話を聞かせるために私を捕まえたのか?

箱庭がそう内心で疑うと、生地獄が怒鳴った。

「次、私を疑ったらその首を刎ねる」

彼女の額の眼球がギラギラと輝いている。まただ、また胸の内を読まれた。

「さて、ではここで単刀直入に、お前に提案する」

生地獄がニタニタ笑いながら、両掌りょうてのひらを箱庭に向ける。

「箱庭。お前をに変えてやる。引き換えに、私に付き従うと誓え」

生地獄の掌が、ブスブスと音を立てて紫煙を立ち昇らせている。

何をする気だ。箱庭はぎれの全細胞は一斉にざわつき、体毛が逆立った。

「......」

箱庭は無言のまま、生地獄が差し出すその掌を見つめ、その提案に心を揺るがせる。

箱庭は、ずっと師を欲していたのだ。

力があり、人望があり、魅力があって、そのありあまる才能と財産を、師を。

偉人、著名人、アイドル。世間に出回る分かりやすい「憧れ」の代表格にはいくつも触れたが、箱庭にはどれもしっくりこなかった。

「どうした、また私を疑うか?存外、肝が据わっているようだ」

ましてや、目の前のこのお方と比べてしまっては、かつて参考にした有名人など、どれも吹いて飛ぶような存在ばかりである。

生地獄かのじょなら、きっと、ワタシを、

「ワタシを変えてくれるなら、喜んで」

箱庭はぎれワタシを、使いこなしてくれることでしょう。

提案に答え、差し出された手を握り返そうとする。

その箱庭の、手を、

払って、生地獄は箱庭の細い首を掴んだ。

「なっ!?」

煙を上げ燻っていた生地獄の掌が、箱庭の首を包んで焦がす。

シュウシュウと、嫌な音が、箱庭の首元で鳴り始めた。

不思議と痛くないが、何故だかすごく恐ろしい!

「これは、どういう!?」

「首輪だァ!下僕にピッタリのな!」

高揚した様子の生地獄は、しばらくしてからパッと両手を離し、首を解放された箱庭は、その場にへたり込んだ。

「お、おぉ......」

急な出来事に、箱庭はまともな声も出せず、驚嘆の唸り声だけを上げて自分の首をさする。

掴まれた首の、生地獄の掌が丁度触れていた箇所に、ザラザラとした手触り。

依然として痛みはないが、自分の首の皮膚の一部が、明らかに変質しているのが分かった。

「似合っているぞ」

涅槃寂静生地獄ごしゅじんさまが褒める。

「その絞め痕は、お前が私の財産モノである証だ。皮膚を剝ごうが、手術をしようが、消えることはないし、無かったことにもならない。私が『要らん』と言うまで、お前はこの世でたった一つの、私の下僕だ」

生地獄は「おめでとう」と、乾いた笑い声を上げながら、やる気のない拍手をした。

「なる、ほ............ど?」

箱庭はぎれはいともたやすく、この世で唯一の存在になりました。




★まだまだつづくよ!

たのしみにまっていてね!


こんな気のふれたよみものを、

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みなさんこぞっておくりましょう。


(公開に当たって、甲斐甲斐しく推敲することなどは、一切致しておりません)









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超新星★涅槃寂静生地獄(ねはんじゃくじょういきじごく) 湿布汁 @daifukucrimson

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