海辺で死んだ友

サトウ・レン

海辺で死んだ友の話

 海辺で男の死体が見つかった、と地元のテレビが報じていた。

 それを聞いた時、悲しみや怒りよりも前に、その死体は最初、女性と間違われなかっただろうか、と、どうでもいいことが心配になった。黒く長い髪に、透きとおるような白い肌。学生時代からの知り合いだった彼は、ここ数年よく女性に間違えられていた。そして彼は結構な嘘つきでもあったので、女性と間違えて告白してくる男に、女だ、と嘘をつくことも多かったことも知っている。僕がこっそりと見ていたことなんて、彼は知らないだろう。


 しかし観光客でにぎわうかもしれない夏に、死ぬなんて、海にとっては迷惑なやつだ。いや海は別にひとがどうなろうが知ったこっちゃないのかもしれない。


「俺、いつか殺される、と思うんだ」

 彼の口癖だった。悪い仲間とつるんでいた彼は、退廃的な人間に惹かれる傾向があった。僕は不良でもなんでもなかったから、「お前にだけは、憧れることなんてないだろうな」といつも彼は笑っていた。でも僕も褒められた人間ではなかったので、お互いろくな死に方はしないだろうな、と思っていたら、まさかこんな死に方をしてしまうとは。


 彼の葬式に行くと、両親らしきひとが疲れ切った顔をしていた。もう涙も出ない、という感じだ。彼の死に顔を見に行くと、殴られた痕ひとつない綺麗な顔で、まったく羨ましい限りだ、と思った。彼の顔を触れてみようとして、僕は思わず笑ってしまった。そんなことをしても、何も意味がないのに。不謹慎な行動だが、僕を気に留める者など誰もいない。


「お前、空気みたいな人間だからなぁ」

 と彼が、僕をそう評したことがあった。失礼な奴だなぁ、と思うが、失礼だからこそ彼らしい気もする。


 顔を見るのは一年振りくらいだ。彼の髪はまだ長いままだった。

 あれからずっと伸ばし続けていたのだろう。


 憧れていない、なんて言うくせに、彼はいつだって僕の真似をする。見た目も話し方も、服装も趣味も。本当に彼は嘘つきだ、と思う。いまの彼はまるで僕の分身のようにそっくりだ。僕からすれば、僕に寄せたところで、僕にはなれないし、僕の不在も埋めることはできないぞ、としか言えないのだが。


 死がふたりを分かつまで。

 ふとそんな言葉が浮かぶ。死後の世界を信じている者からすれば、ただの信用できない言葉だ。彼は死んだあともずっと続く世界があって、そこでふたたび僕と一緒になれる未来を信じていたのかもしれない。


 僕の葬儀が終わって以降、彼が一切髪を切らなかったのは、願掛けに近いものがあったのかもしれない。


 黒く長い髪に、透きとおるような白い肌。生前の僕は、よく女性に間違えられていた。


 似せたところでどうなるわけでもないのに。


 彼が自ら死を選ぶのではなく、僕のようにあの海辺で殺されていたとしたら、彼は僕と会えていたのだろうか、とも考えてみるが、そんなことは分からない。ただ幽霊みたいなものに、なれる奴となれない奴、がいる。僕たちは反対の道を歩むことになったから会えなかった。ただそれだけだ。


「僕に憧れすぎだよ。まったく」


 嘘つきの彼の葬儀が進んでいく。

 とりあえず骨になるまでは見ていよう、と思った。

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海辺で死んだ友 サトウ・レン @ryose

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