最終話 ASMR少女サンクスギヴィング!

「ねえ波音さん、どうしてASMRって楽しいんだろうね」


「知りません。私はASMRを楽しいと思ったことはありません」


 最終戦。どちらかが必ず勝って笑い、負けて泣く瞬間。

 今、波音茉莉と阿住澄華のターンは十ターン目を迎えていた。


 両者、足をガクガクとさせている。


 一瞬でも地に膝をついた方の負け。

 これはもう、気力の勝負なのだ。


「スミちゃん、頑張れ!」


 二人の勝負を見守る給子は自然と涙が出ていた。

 これほどの勝負を見られる機会は二度とないかもしれない。

 一瞬一瞬を目に焼き付けたい。その思いで、ひたすら給子は二人の勝負を見ていた。


「澄華ちゃん、いい仕上がりだね。茉莉ちゃんと渡り合えている」


「ユリさん!? どうしてここに」


 最強のASMR少女、波音優里花。

 変装こそしているが、その声を聞けば一発で分かる。


「私の妹と弟子が戦ってるんだよ? そりゃあ、見に来るさ」


「ユリさんは正直、どちらが勝つと思いますか?」


「このままだと茉莉ちゃんかな」


「このまま、だと?」


 給子は優里花の発言に引っかかりを覚えた。


「うん。あとはもう一歩だけ殻を破ることが出来るのならば……!」



 ◆ ◆ ◆



 囁き合う二人。

 そこはすでに二人だけの世界だった。


「しぶといですね」


「そりゃあ楽しいもん。波音さんは?」


「楽しくないです。ただ声を発するだけで、相手の脳を気持ちよくさせるなんて」


「あはは。波音さんからしたら、そうかも」


「食いついてくると思いました」


「わたしもそう思ってたからね」


「貴方も?」


「そ。ASMRは、ただ適当に脳に気持ちいい言葉を言えば、それで良い。それ以外は何も必要ないんだってさ」


「……続けてください」


 茉莉が興味を持った。

 顔には出さないが、嬉しくなる澄華であった。


「そう思ったら、ある人にぶん殴られてさ、こう言われたよ。『万の心なき言葉より、一の心籠もった言葉が相手の脳を揺さぶる』って」


「っ! その言葉は……」


「分かる?」


「波音優里花。お姉ちゃんですね。……貴方はお姉ちゃんから指導してもらったのですか?」


「半ば強制的にね。でも得るものは大きかった。そのおかげで君と戦える。君と向き合えるんだ」


「ならばなおさら負けるわけにはいきません。お姉ちゃんは私の目標なんです。その目標から教えを受けた貴方は、絶対に倒す」


 茉莉の気迫が澄華に伝わる。

 思わず気圧されそうになる。しかし、澄華は前を向いた。彼女の頭には、すでに勝利しかない。



「阿住澄華! 私は貴方を倒し、お姉ちゃんを超える!」


「波音茉莉さん! 私は君を倒して、君と友だちになる!」



 二人の声が交差する!



「……阿住澄華」


「どうしたの波音さん?」


 二人は互いにもたれかかっていた。

 全ての気力を使い果たし、後はどっちが最後まで立っているかの我慢勝負。


「私は全力を出しました」


「うん」


「友人とは、互いに切磋琢磨し、成長しあえる存在だと聞いたことがあります」


「そうだね」


「……多少、その景色に興味が湧きました」


「つまり?」


「つまり、その……わ、私と」


「波音さんと?」



「と、友達になりなさい」



「喜んで!」


 瞬間、澄華は茉莉に抱きついた。そのまま二人は地面に倒れ込む。


「勝者! 阿住澄華!!」


 拍手が会場を包み込む。

 その大音量の中、茉莉と澄華はまた顔を近づけ、話していた。


「今回は私の負けです。次は容赦なく倒すので、そのつもりで」


「分かった! じゃ、この大会終わったらVSMRの練習でもしようよ!」


「当たり前です。貴方を研究し尽くして、必ず攻略法を確立します」


「なんだか楽しくなってきたね、茉莉!」


「ッ!? な、ななな名前!? いきなり名前呼びなんて!」


「え、嫌? 私のことも名前で呼んで良いんだよ?」


「嫌じゃ、ありません」


「ふふ、そんなに恥ずかしがってたら、また私に負けちゃうよ~ん」


「馬鹿なことを言わないでください」


 立ち上がった茉莉は、まだ倒れている澄華へ手を伸ばした。


「敗北はこれきりです。後は勝ち続けるのみです。無論、貴方にももう負けませんよ――澄華」


「へっへっへ。ただの虚勢じゃないことを祈るよ?」


 茉莉の手を掴み、立ち上がる澄華。

 二人へ送られる割れんばかりの拍手。


 そんな二人の前に、彼女が姿を現した。



「茉莉ちゃん、澄華ちゃん。二人ともよくやったね」



 そう、波音優里花である。

 突然のレジェンド登場に会場は大混乱。


 そんな中、優里花は二人を指さした。


「二人を見ていたら、私のASMR少女魂にも火がついちゃったよ」


「ユリさん、それってつまり……?」


「お姉ちゃんと戦えるの……!?」


「そっ! 二人がかりでかかってきな! その上で倒せなければ、私がこの大会の優勝者ってことで!」


「む、無茶苦茶が過ぎますよユリさん……」


「やりましょう澄華」


「やる気だね茉莉」


「当たり前です。こんな機会、二度と来ないかもしれませんからね。気合を入れ直しなさい、澄華」


「気合なんて、もうとっくの昔にチャージ完了! 行くよユリさん! 私達のASMR少女魂を見せてやる!」


 ASMR。自律的感覚絶頂反応の略称である。

 聴覚、視覚への刺激によって感じる、快感のこと。それは心地よさだったり、ぞくぞくする感覚。主に聴覚で得られる体験のことだ。


 ならば、その体験をスポーツにしたら?

 それはどんなエキサイティングな体験を民草にもたらすのだろうか――。


「行くよ茉莉!」


「合わせなさい澄華!」


 その体験は、ASMRをこよなく愛する全ての人の中に存在する。




「「ダブルASMR!」」




 今日も、人々はASMR少女への感謝サンクスギヴィングを忘れない。




【ASMR少女サンクスギヴィング! 完】

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ASMR少女サンクスギヴィング! 右助 @suketaro07

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