僕らの声は届かない

朝飯抜太郎

僕らの声は届かない

 壇上の探偵は拡声器を手に声を張り上げた。

「この中にぃ~!」

 しかし、体育館は暇な高校生のざわめきで満ちていた。その声は届かない。

「犯人はぁ~!」

 さらに声を張り上げた瞬間に、ピィィンと割れた音が拡声器から飛び出して、

「……います」

 反射的に小さくなった声は、完全にのまれて消えた。

 教師達は生徒を鎮めようとしているが、どこか投げやりだ。静かにする気のない人間が数百人もいると、こうなるのが自然だろう。とはいえ、それなりの進学校の生徒達が、たった一人の話もちゃんと聞けないことにイライラする。

 真剣に話を聞いているのは俺だけだ。探偵の話を、犯人だけが聞いている。登場人物の民度の低さに俺は絶望する。

「この事件はぁ~」

 よし! 偉いぞ! がんばれ! 健気な探偵に思わずエールを送る。

「最初の被害者とぉ~、二人目の被害者がぁ~、被害にあった時間を偽装しぃ~、犯行時刻を交換することでェ……」

 不可能状況を作り、でもそれは、

「犯人の真の動機を覆い隠すためだった」

 グゥゥーッド! そうなんだよ!

 胸が熱くなる。理解される喜びに震える。

 思わず周りを見回すが、はっとした顔は一つもなかった。雑談に夢中な奴、聞いているのかわからない奴、本を読んでいる奴……。

 「犯人はぁ~」

 どこかで、どっと笑いが起こった。探偵はビクッと肩を震わせて、言葉を詰まらせた。

 陽キャ共め。地獄で業火処分されながら内輪ノリの罪深さを思い知り詫び続けろ。

 探偵は不安そうに周りを見回していたが、一度大きく息を吐くと、意を決したように叫んだ。

「犯人は――あなたです」

 タイミングよく明りが消え、探偵の指の先を照明が照らした。グッジョブ! 演劇部照明係!

 周囲の生徒が光を避けて移動し、立ちすくむ俺だけが残った。

 光に手をかざし、壇上の探偵を見た。

 探偵は少し涙ぐんでいるが、顎を引き、懸命に背すじを伸ばしている。

 これは何の冗談ですか? 証拠は? あなたの説明には矛盾が二つある。

 言うべきことはたくさんあり、俺は冷静で残虐な犯人として、この学校の馬鹿どもの目を覚まさせないといけなかった。

 なのに、今、俺が一番やりたいのは、壇上に駆け上がって、探偵を抱きしめることだった。やったな、すごいよ、と言いたかった。

 「うっ……う」

 嗚咽がもれる。涙腺も崩壊寸前だ。俺の情緒はもうダメになっている。でも、壇上の探偵の心配そうな顔を見ると、何か言わねばと思って、口を開き、

 「こ、これはなむのじょう」

 かんだ。

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