盗まれたプラネタリウム

碧月 葉

盗まれたプラネタリウム

「先生! 大変です。プラネタリウムがジャックされました」


 副委員長の山吹君が血相を変えてやってきた。


「どういうことかしら?」


 学園祭は無事に全プログラムを終了し、ステージ担当だった私は体育館で撤収作業をしていたのだが、耳を疑う報告にその手を止めざるを得なかった。


「それが……機械科の連中が悪ノリして、うちの教室を占拠しているんです」


「ええっ、機械科が⁉︎」


 私が担任している情報システム科2年の出し物は「プラネタリウム」。

 ダンボールを組み立てて教室内に巨大なドームを作り、プロジェクターでオリジナルの作品を流すというもので、生徒たちが細部まで拘り作りあげたそれは、かなり本格的で「ロマンチック」「癒されました」と来場者からも絶賛される素晴らしい出来栄えだった。


 対して、機械科2年は「ヤンキーカフェ」を開いていた。

 クラス全員がヤンキーコスプレで客をもてなすコンセプトカフェで、普段真面目なイケメンの不良姿見たさに女性客が殺到したという話だった。

 

 悪ノリって……ヤンキーの格好したら「抗争」とかしたくなって、うちのクラスに来たってこと??

 普段そんな事しそうに無い良い子達なのに、一体どうしたというのだろう?

 ヤクザ映画を見た観客の多くが、肩で風を切るように歩いてしまう、的な影響が起きたのかしら?


「先生、どうしましょう。あの、排除しても構いませんか?」


 空手部部長でもある山吹君は、声を落として物騒な事を言った。


「待って、一緒に行くわ。状況を確認させて頂戴」


 そう答えると、山吹君はニヤッと笑った。


「じゃあ先生、急ぎましょう」


 何が起こったか分からないが、うちの子達が精魂込めて作った作品が盗られて好き勝手されては堪らない。


 私は走って教室へと向かった。



「高野先生、来てくれたんですね」


 ほっとした表情を見せたその人を見て、私は仰け反ってしまった。


「く、九条先生?」


 金髪ボブのハーフアップに、コートのような特攻服を羽織ったイケメンヤンキーは、機械科担任の九条君だった。

 普段はツーブロックショートのメガネ、キリリとしたスーツ姿なのだが……これは何というか、ギャップ萌え。不覚にもときめいてしまった。


「これは……生徒に乗せられてしまって……教頭先生には渋い顔をされましたが、保護者にはウケましたよ」


「確かに、よく似合ってますね」


「本当ですか!」


 九条君は顔を輝かせた。

 いや、でも、今はこんな話をしている場合ではない。


「それより、機械科の生徒がうちの教室にいるって……」


「え、ええと、ちょっと色々ありまして……取り敢えず一緒に中に入って欲しいのですが」


 九条君はどこか決まり悪そうにしている。

 担任でも手に追えない事態に陥っているのだろうか。ここは、先輩としての威厳を見せなくては。


「大丈夫ですよ、行きましょう。ガツンと言って早く事態を収拾させましょうね」


「……ええ」


 私は教室のドアに手を掛けた。

 


「真ちゃん、ひよるなよ〜!」


「九条先生ファイト!」


「応援しているよ、真也せんせー!」


 教室前の廊下にいる生徒たちからは声援が。

 ……しかし、なぜ九条君へのエールばかりなの? 

 どこか釈然としない思いを抱えながら私は教室内に入った。

 

 中は静かだった。

 九条君がそのままプラネタリウムのドームに入ったので私もそれに続いた。


 暗い。


「うーん、誰もいないみたいね」


 首を傾げていると、九条君が手を握ってきた。

 ちょっと、真也、職場で何するの⁉︎

 抗議しようとしたら、音楽が流れてきた。


 これは……私の好きなバンドの曲?


 プロジェクターが起動して、ドームの天井に星空が広がる。


 あれは、オリオン座。

 ペテルギウス、シリウス、プロキオン。

 冬の大三角形が浮かび上がりその間を淡い天の川が縦断している。


 そして、スッと星が流れた。

 一個、二個、三個……星が降り注ぐ。


 これって、ふたご座流星群?



——去年の12月。


「高野先生、天体に詳しいんですよね。今度の流星群、ご一緒しませんか?」


 そう、声をかけられたのが始まりだった。

 真也は新採用で私より6つ年下。

 いかにも最近の若者といった感じだし色恋というよりは、天体観測仲間が欲しいだけだろう。そう思って誘いに応じた。


 そして、ふたご座流星群を観測した帰り道、付き合って欲しいと告白されたんだ。


 目の前の星空はその時のものだ。


 

 曲が終わり、天井には青空が映し出された。

 

「プラネタリウム泥棒は貴方だったの?」


「まあね。共犯者は沢山いるけれど……」


 生徒たちには、色々バレバレだったって事? メチャクチャ恥ずかしい……。


「星空を一緒に眺めたあの時から、結婚するならこの人がいいって思っていたんだ。茉由……俺と結婚してください」


「……その格好で?」


 セリフ的にはキマっていたが、格好はヤンキー、つい笑って突っ込んでしまった。


「……、嫌だった?」


「ううん。気に入った! 真也、結婚しよう」


 外から生徒たちの大歓声と拍手が響いてきた。

 ドーム内に色とりどりの花吹雪が舞った。



                                      END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

盗まれたプラネタリウム 碧月 葉 @momobeko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画