sui side
2人で活動をするようになって1年経った。ファンも増え、前までの箱では足りなくなった。最近、深夜ではあるがテレビ出演もして知名度は上がった。
ある日、大事な話があるからと沙織さんに2人で呼び出された。元々、沙織さんは真面目を体現したような人だが今日は更に輪をかけて堅い表情をしている。
「翠に引き抜きの話が来てるの。メジャーデビューしてみないかって」
何を言っているのか分からなかった。だが、それは私達を引き裂こうとしている言葉だということだけは分かった。
「断って。」
答えはただ一つだ。
「翠。私のことを気にしてるんだったら大丈夫だよ。」
「嫌。」
「正直、アイドルとして潮時だと思ってたんだよね。ちょうどいいよ。」
碧は晴れやかな表情をしていて、その言葉は嘘ではないことが見て取れた。
私だけだったのだ。この関係にこだわっていたのは。碧は私から開放される。仕事でもプライベートでも。碧との接点がなくなってしまう。
なんだか、生きていく必要なんかなくなってしまったような気がして衝動的に事務所から飛び出す。
足が上階へと自然に進む。窓から見える空がどんどん高くなっていき、屋上への扉に突き当たる。
扉を開け放つと風が前髪を舞い上げた。
柵から身を乗り出して下を覗くと、忙しなく動き回る人達がおもちゃみたいに見えた。
どうせ、想いを伝えてもきっとなかったことにされてしまう。だったら、同じグループのアイドルとして永遠になるのが1番ではないか。願わくば、私が早く回収されて、碧の目に入りませんように。碧にはきれいなときの私だけを覚えていてほしい。
「翠。」
碧は私の決心をいつも、いとも容易く惑わせる。
「死んじゃうの、翠。」
顔を見てはいけない。早く行動しなくては。
こんなときでも彼女の声は穏やかに響く。
「翠。」
呼ばないでほしい。彼女の発する音で1番好きな音だから。
早く。彼女が近付いて来ている。
「翠。」
左肩を掴まれ、くるりと身体が反転する。眼前には碧の顔。触れる唇。
「あげる。翠に、私の人生」
呆然とする私に、彼女は小首を傾げながら続ける。
「足りない?」
「それだけがいい。」
今度は私から口付ける。
客観的に見れば、私が命を懸けて碧を捕えたように見えるかもしれない。
でも、逆だ。このときから私は、私の全部は碧のものになったのだ。
これ以上幸せなことってある?
碧翠色のナズナたち 水瀬なでしこ @nadesico_mizuiro
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