不倫の代償

Danzig

第1話


とあるマンション


詩織:(N)私は、とある上場企業に勤める、ごく普通のOL

詩織:(N)今日は久しぶりに何もない休日だから、今までサボっていた部屋の掃除をしよう

詩織:(N)そう思っていたところへ、玄関のチャイムが鳴った

詩織:(N)インターフォンのモニターに映るのは、知らない女性・・・

詩織:(N)私はインターホンの受話器をとった


詩織:はい・・・どちら様でしょうか?


美咲:私、杉下 美咲(みさき)と申します。


詩織:美咲・・・さん・・・ですか?


詩織:(N)その名前にも、記憶がない


美咲:はい、私、杉下の家内(かない)です


詩織:え! 杉下部長の奥様?


詩織:(N)突然の訪問者に戸惑う私

詩織:(N)だが、私には、杉下部長の奥様が私の家を訪ねて来る、心当たりがあった


詩織:あの・・・


美咲:今日は、あなたと少しお話をしたくて、参りました


詩織:そう・・ですか


美咲:中に入れて頂けますか?


詩織:あの・・・えーっと・・・


美咲:ここでは人目もありますし、中でお話させて下さいませんか


詩織:そうですね・・・どうぞ・・・


詩織:(N)私はドアを開けて、杉下部長の奥様を部屋に入れた、

詩織:(N)そして、奥様には、リビングのソファーに座ってもらった


居間の椅子に座る美咲


詩織:あの・・・お茶を・・


美咲:どうぞ、お構いなく


詩織:はい・・・すみません

詩織:あの・・それで、お話というのは


美咲:それは、あなたにも心当たりがあるでしょ?


詩織:・・ええ・・・


美咲:杉下とあなたの関係の事です


詩織:やっぱり・・・そうですよね


美咲:ええ

美咲:詩織(しおり)さん、あなた、杉下と不倫してますよね


詩織:あの、それは・・・


美咲:あなたと杉下の関係は、興信所(こうしんじょ)で調べて頂いています。 ヘタな隠し立ては、なさらないで下さい


詩織:そう・・・ですか・・・


美咲:あなたの返答次第で、私の対応も変わってきますので、私の質問には正直に答えて下さい


詩織:・・・はい、分かりました


美咲:そう、よかった


詩織:・・・


美咲:で、杉下とは、いつから?


詩織:1年くらい前からです


美咲:まぁ、随分と長いのね


詩織:すみません


美咲:杉下に家庭がある事は、知っていましたよね?


詩織:はい・・・知っていました


美咲:なら、どうして


詩織:どうしてと言われましても・・・


美咲:答えられないのですか?


詩織:いえ、そういう訳では・・・


美咲:そうですか、それはともかく

美咲:それで、あなたは、今回の事で責任はとれるのですか?


詩織:え? 責任・・・ですか?


美咲:ええ、責任です。


詩織:やっぱり・・・お金・・・ですか?


美咲:そんな事じゃありませんよ


詩織:では、どういう・・・


詩織:(N)私は恐る恐る、杉下部長の奥様を見つめた

詩織:(N)しかし、奥様が口にした言葉は意外なものだった・・・




美咲:杉下を引き取って下さい


詩織:え?


美咲:杉下を引き取って下さいと言っているんです


詩織:ちょっと、何を言ってるんですか


美咲:私は杉下と別れますから、あなたが引き取ってくださいな


詩織:そんな!


美咲:もう、うんざりなんですよ

美咲:家にお金を入れるだけで、家事を手伝う事もしないくせに、あそこが汚い、そこが散らかってると、いちいち難癖(なんくせ)を付けるわ

美咲:料理なんて出来もしないくせに、食事はいつも注文をつけてきて、

美咲:関心もないくせに、家計を何に幾ら使ったのか、いちいち詮索(せんさく)してくるし

美咲:いつも私をバカにして、何かあると、すぐに怒鳴(どな)るし、暴力もふるう

美咲:そのくせ、身体は求めて来るし

美咲:もう、ホントうんざりなんです


詩織:はぁ・・・


美咲:心底うんざりしていたところへ、浮気相手がいると知って、これ幸いと、あの人の事をお願いしに来たんです


詩織:そんな・・・


美咲:詩織さん、いいですよね、杉下を引き取ってくれますよね


詩織:私だって、そんなの嫌ですよ


美咲:何言ってるんですか! あなた、あの人と寝たんでしょ。 しかも、1年も付き合って来たんでしょ


詩織:そんなの、仕方なかったんですよ、私、杉下部長にセクハラをされてるんです。

詩織:仕事の事で脅(おど)されて・・・

詩織:やむにやまれずに、こんな関係になっただけで、私が望んだんじゃないんですよ


美咲:まぁ、あなたも災難でしたわね


詩織:でしょ、ですから・・・


美咲:それと、これとは、話が別です。


詩織:そんな!


美咲:私の未来の為だと思って


詩織:そんなの無理です!



美咲:そんな事、仰(おっしゃ)らないで

美咲:なんだかんだで、あなたと杉下の関係は、もう1年も続いているんでしょ

美咲:なら、あと10年くらい我慢(がまん)出来るでしょ


詩織:そんなの酷すぎます! 我慢なんて出来ませんよ、私だって、直ぐにでも別れたいんですから


美咲:そんな嫌々いうなら、慰謝料請求しますよ


詩織:お金で解決するなら、払いますよ


美咲:そんな事言わずに、あの人を引き取って下さいよ


詩織:そんなの、嫌ですよ


美咲:私だって嫌なのよ


詩織:あなた、奥さんでしょ


美咲:そんな事言っても、嫌なものは嫌なんです


詩織:それなら、さっさと離婚しちゃえばいいじゃないですか


美咲:あの人が、離婚になんて応じてくれるわけないでしょ、だから困ってるんですよ


詩織:旦那さんの浮気は、立派な離婚理由になりますよ


美咲:浮気をしても「反省してる」って言われてしまうと、離婚が成立するまでに時間がかかってしまうんですよ

美咲:離婚調停中に、あの人と一つ屋根の下に居なきゃいけないかと思うと、気が狂いそうになるんです


詩織:確かに、不機嫌になった時の部長って、手が付けられませんからね・・・


美咲:でしょ? そうなんですよ、分かってもらえますか


詩織:ええ、

詩織:では、まず別居されてから


美咲:別居をするにしても、お金がいるでしょ、お部屋の敷金とか、引っ越し費用とか


詩織:そうですね、やはり多少は・・・


美咲:私には収入がないんですよ。 あの人は、これまで、私を働かせてはくれませんでしたから。

美咲:財産とかも、あの人が全部管理しちゃってるから、勝手に多額のお金を持ち出す事は出来ないんですよ


詩織:大変ですね


美咲:だから、正式に離婚が成立しないと、部屋を借りるお金も手に入らないんですよ


詩織:うーん、それは困りましたね


美咲:ですから、お願いします

美咲:あなたが、あの人をそそのかして、私と離婚するように仕向けて下さいませんか?


詩織:えー

詩織:そんな事したら、美咲さんと離婚した後に、私の所に来ちゃうじゃないですか


美咲:私と離婚した後で、「そんな話は知らない」とでも言えば


詩織:杉下部長は、同じ職場の上司なんですよ、私が会社に居られなくなっちゃうじゃないですか

詩織:だから、セクハラを断れずに、ズルズルこんな関係になっちゃってるんですから


美咲:そうですか・・・


詩織:ですから、もう諦めて・・・


美咲:私を見捨てるんですか!


詩織:いや・・・別にそういう訳では


美咲:あなたが悪いんですよ、私に期待を持たせるから


詩織:そんな事言われても、私も被害者ですし・・・


美咲:あなたは私の希望の光だったんです


詩織:そういう風に言われると、申し訳ない気にもなりますね


美咲:じゃぁ


詩織:でも、身代わりは嫌ですよ


美咲:そうですよね・・・


詩織:美咲さんは、本当に自由になるお金って無いんですか?


美咲:ええ、何年もかけて、コツコツ貯めたお金があったのですが、今回、興信所の調査に使ってしまいました


詩織:それを聞くと、なんだか、ますます申し訳なくなってきましたね

詩織:何か私にお手伝い出来る事があれば・・・


美咲:では、私と一緒に、あの人を殺してくれませんか!



詩織:殺すなんて・・・そんなのダメですよ、絶対捕まっちゃいますよ


美咲:でも私は、もう、いっそ刑務所の中の方が楽かもしれないと思えて来て・・・


詩織:そんな・・・私はどうなるんですか、私は嫌ですよ刑務所なんて


美咲:そうですよね・・・


詩織:とにかく、あの人の為に人生を棒に振るなんて馬鹿げてますよ


美咲:では、私はどうすれば・・・


詩織:やっぱり、杉下部長のような人には、社会的な制裁(せいさい)を加えなきゃいけませんよ


美咲:でも、どうやって


詩織:私と美咲さんで、被害者の会を作って、セクハラ訴訟と、離婚訴訟を同時に起こしましょう


美咲:そんな事が出来るのですか? 弁護士さんとかは?


詩織:弁護士さんには、心当たりがあります、費用も私が出しておきます、

詩織:美咲さんの分は、離婚が成立した後で返して下さればいいですから


美咲:ええ・・・それは有難いですけど、上手く行くでしょうか?


詩織:もう、信じてやるしかないでしょう

詩織:今のままでは、未来はありませんよ


美咲:そうですね・・・分かりました、私、頑張ります



詩織:(N)こうして、私達は、杉下部長を相手取り、セクハラ訴訟と、離婚訴訟を起こす事となった。

詩織:(N)被害者の会と銘(めい)打って、全てを弁護士さんに任せ、私達が杉下部長と会わなくてもいいように手配をした


詩織:(N)私は会社を退職し、杉下部長に知られないように、引っ越しもした


美咲:(N)私も、杉下から逃げるように、家を飛び出し、詩織さんの部屋に一時的に住まわせてもらう事となった




美咲:ただいまぁ


詩織:お帰りなさい、どうでした?


美咲:はい、決まりました。 あそこの角のお弁当屋さんで、働かせてもらえる事になりました。


詩織:よかったですね!


美咲:ええ、

美咲:それと、そのお弁当屋さんが、居酒屋さんを紹介して下さって、夕方からのお仕事も見つかりました。


詩織:それは、良かったじゃないですか!


美咲:これも、詩織さんのお陰ですよ、これで生活が出来そうです。


詩織:でも、まだまだ、これからですよ、離婚が決まってからが、再スタートですからね。


美咲:ええ



詩織:(N)それから数日が経過した、ある日の朝


美咲:おはようございます


詩織:おはようございます、今日も一日、頑張りましょうね


美咲:ええ、もう私、毎日が楽しくて、楽しくて

美咲:もっと早く、詩織さんに出会えればよかったわ


詩織:ふふふ、美咲さんが元気になって良かったです


美咲:今日は私が、朝ごはんを作りますね。

美咲:テレビを付けてもいいですか。


詩織:はい、お願いします。




詩織:あれ?


詩織:(N)その時、私はふと携帯電話を見た

詩織:(N)マナーモードにしていて、気付かなかったが、昨日の夜に、弁護士さんから着信があったようだ


詩織:え!、何これ・・・


詩織:(N)着信時間は真夜中、しかも、凄い数の着信履歴だった


詩織:何かあったのかしら・・・


詩織:(N)よく見ると、着信とは別にショートメッセージも送られて来ていた

詩織:(N)そして、そのメッセージには、一言『逃げて下さい』と書かれていた


詩織:え! 何があったの!


詩織:(N)私の手が震え始める


美咲:詩織さん!

美咲:・・あれ・・・



詩織:(N)美咲さんの悲鳴にも似た呼びかけに、私は美咲さんの方を見た

詩織:(N)美咲さんは震えながらテレビを指さしていた


詩織:(N)美咲さんの見ていた朝のニュースは、被害者の会の弁護士さんが、意識不明の重体で発見された事を報じていた

詩織:(N)昨日の夜、大きな声で扉を叩いている人がいるとの通報で、警察が駆け付けた時には、もう犯人はおらず、

詩織:(N)弁護士は床に倒れて意識不明だったという


美咲:杉下よ、絶対、あの人がやったんだわ!


詩織:(N)動揺する美咲さん、私も全身に鳥肌が立ってくるのが分かる


美咲:詩織さん、どうしましょう・・・


詩織:と、と、とにかく、落ち着きましょう


美咲:そんな事言っても・・・


詩織:弁護士さんからは「逃げろ」というメッセージが来てます。 とにかくここから逃げないと


コンコン


詩織:(N)私達が状況も把握できず、パニックになりかけた時、部屋の扉を叩く音がした


美咲:ヒャァ!


詩織:美咲さん、お、お、お、落ち着いて


コンコン


詩織:(N)ノックの音は続く


詩織:私が見てきますから


美咲:お、お願いします


詩織:(N)私は、物音を立てないように、そっと扉に近づき、のぞき穴から外を見た

詩織:(N)ドアの外に居たのは、杉下部長だった




詩織:はぁうぁ・・・


詩織:(N)私は心臓が口から飛び出しそうだったが、何とか声を出さないように、手で口を押えた


コンコン


詩織:(N)ノックの音は続く


詩織:(N)私は美咲さんの元へ駆け寄った


詩織:美咲さん、杉下部長です。 杉下部長がドアの向こうに


美咲:ああああ、どどどどうしましょう・・・


コンコン


詩織:どどどうしましょう・・・・あ、そうだ警察、警察に連絡


美咲:わ、わかりました


詩織:(N)美咲さんが携帯電話で電話をかける


美咲:て、手が震えてしまって・・・うまくボタンが押せない・・・


コンコン


詩織:美咲さん、急いで


美咲:そ、そんな事いっても・・・


コンコン


詩織:(N)ノックの音は段々と強くなってくる


詩織:美咲さん


美咲:あ、繋がりました・・・あぁ、早く出て・・・


ドンドンドン、ドンドンドン


詩織:美咲さん!


美咲:あ、もしもし、警察ですか!、もしもし、もしもし・・・助けてぇ~






美咲:ただいまぁ


詩織:お帰りなさい、どうでした?


美咲:はい! ようやく離婚が成立しそうです。


詩織:よかったですね


美咲:ええ、財産の整理も早めに片付きそうだと、弁護士さんが仰(おっしゃ)ってました

美咲:なるべく、現金で渡せるようにして下さるって


詩織:良かったじゃないですか!


美咲:ええ、これで新しいお部屋を探す事ができます。

美咲:これも詩織さんのお陰ですよ


詩織:そんな事ないですよ、それは、美咲さんが頑張ったからですって



詩織:(N)部長に襲われた時、ドアが破られる直前に、警察が到着し、私達は事なきを得た

詩織:(N)意識不明だった弁護士は、なんとか命はとりとめたようだった

詩織:(N)それから、被害者の会は、新しい弁護士に依頼し、セクハラ訴訟と、離婚訴訟を続けていった

詩織:(N)部長が殺人未遂で捕まった事で、私達は、かなり有利に交渉を勧める事が出来ていた


美咲:で、詩織さんの方は?


詩織:私の方も順調ですよ。

詩織:部長が捕まった事で、会社としても、全面的に部長が悪いという立場で話をしてくれてます。


美咲:そうですか、それは良かったですね。


詩織:ええ、会社からは、「会社に復帰出来るように取り計らう」と言ってくれていますし、

詩織:会社に戻りづらかったら、退職金を多めに支払うとも言ってくれています。


美咲:よかったですね。


詩織:私は、今回の事で、少し疲れちゃったので、退職金と失業保険で、少しのんびりしてから、

詩織:ぼちぼち、新しい仕事を探す事にします。


美咲:それがいいかもしれませんね。



詩織:でも、あの時は、本当に怖かったですね


美咲:ええ、まさか、あの人が、弁護士さんを殺そうとしてまで、ここにやって来るなんて

美咲:しかも、斧で扉を壊そうとするなんて


詩織:そうですよね、部長がそこまでやる人だったなんて、思いもよりませんでしたよ


美咲:本当にそうですよね、

美咲:私も、あの人が、あそこまでやる人だったなんて、知りませんでした。


詩織:もし、美咲さんと会わずに、私だけで、部長に別れを切り出していたらと思うと、ゾッとします

詩織:これも、美咲さんが、押しかけて来てくれたお陰ですよ


美咲:そんな、押しかけたなんて、詩織さんにお願いがしたかっただけなんですから


詩織:あの時も、本当にビックリしたんですから

詩織:心臓飛び出そうだったんですよ、凄い怖い顔してたし


美咲:私だって必死だったんですよ、詩織さんが希望の光だったんですから


詩織:でも、奥さんと、不倫相手の女って、普通なら修羅場になるじゃないですか?

詩織:それを、男の押し付け合いだなんて、笑えますよね


美咲:そうね、まるでコメディみたいね ふふふ


詩織:ふふふ



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不倫の代償 Danzig @Danzig999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ