悠馬と咲
Danzig
第1話
静まり返った夜の林
武具を身につけた男が一人、焚火の前で眼を閉じて座している
枯れ葉を踏みしめて女性が近づいてくる
咲:悠馬(ゆうま)様
女性の声に気づき目を開ける悠馬
悠馬:咲(さき)殿ですか
咲:今・・・よろしいですか?
悠馬:ええ、どうぞ
咲は悠馬の側まで行き静かに腰を下ろす。
咲:悠馬様、早川の軍がもうそこまで来ていると・・・
悠馬:ええ、そのようですね。
悠馬:まったくしつこい奴らでだ
咲:ええ、本当に・・・
悠馬:奴らも、そろそろ仕掛けてくるでしょう。
悠馬:我々が一緒にいるのも、危なくなってきました
悠馬:万が一に備え、咲殿らは明日の早朝、三条峠から一之瀬を南に抜けて、佐久間へお向かいなさい。
悠馬:佐久間を越えたら彰吾(しょうご)殿の国です。
悠馬:さすがの早川も、彰吾殿の国には手出しが出来ません
悠馬:彼には既に咲殿の事は頼んであります
咲:そ、そんな
悠馬:なぁに、心配はいりません、彼は信頼のおける男ですから
言葉を飲み込む咲
咲:ゆ・・悠馬様は一緒に行かれないのですか?
悠馬:それは出来ません、ここで女人(にょにん)の足に合わせていれば、直ぐに早川の軍に追いつかれてしまいます。
悠馬:明日、我々が早川の軍を迎え撃ちます。 その間に咲殿は彰吾殿の国に向かってください。
咲:しかし、それでは
悠馬:早川の目的は咲殿、あなたです。
悠馬:あなたさえ逃げ切れれば、我々の勝ちなのです。
悠馬:それに、我々の軍はそんなにヤワではありません、
悠馬:咲殿が省吾殿の国に着くまでは、何とかもちましょうて。
咲:しかし、早川の軍は六千五百余りと聞いております。
咲:それに比べ、我が方の数は、二百に足りぬではありませんか
咲:そのような数の差は既に戦(いくさ)ではありません
咲:悠馬殿も一緒に参りましょう
悠馬:咲殿、なにも戦は数ばかりが大事ではありません。
悠馬:この場所は我らが地の利(り)の利(き)くところ
悠馬:この道を選んだのも、われらの軍でも戦にできる場所だからです。
咲:それはそうかもしれませんが・・・・
咲が悠馬の表情に気づく
咲:悠馬さま?
咲:何を笑っていらっしゃるのですか
悠馬:咲殿、私は笑っていますか・・・
咲:ええ、うっすらではありますが、笑みを浮かべておいでです
悠馬:いや何、昔の咲殿との約束を思い出しましてね
咲:私との約束・・・ですか?
悠馬:ええ、幼いころ「命を賭けて咲殿をお守りする」そう約束しましたね
咲:そ、そんなあれは
悠馬:ようやくその約束が果たせるのです
悠馬:嬉しい事ではありませんか
咲:悠馬様
悠馬:そうですか
悠馬:私は笑っておりましたか
咲:悠馬様
悠馬:それに、もとより、私と咲殿は、一緒にはなれぬ身
悠馬:そんな男が、咲殿の為に命をかけられるのです、
悠馬:笑みもこぼれましょうて
咲:一緒になれぬだなんて、そんな事はありません
咲:私たちの仲は、父上も許して下さったではありませんか
悠馬:御屋形(おやかた)様が許して下さっても、世間は許してはくれません。
悠馬:それに、その御屋形様ももう・・・
咲:あぁ・・・
悠馬:咲殿
悠馬:男が戦で果てるは、この世の理(ことわり)
悠馬:咲殿もそれは分っておいででしょう
咲:それはそうですが・・・
悠馬:咲殿
悠馬:出立は明日の早朝です。
悠馬:夜目(よめ)の利(き)く男を付けますので、日の出の前に出立(しゅったつ)なさい
悠馬:決して、灯(あか)りは使わぬように
咲:悠馬様
悠馬:よいですね
悠馬:くれぐれも国境(くにざかい)までは足を止めぬよう
咲:ゆ・・・
咲:わかりました・・・
咲:悠馬様の言われた通りにいたします
悠馬:ありがとうございます
咲:悠馬様、
咲:私はずっと悠馬様の事をお慕い申しておりました
悠馬:私もです
悠馬:咲殿、私もずっと咲殿の事が好きでした
悠馬:咲殿のお側に居られて、私は幸せものでした
悠馬:御屋形様に会ったらお礼を言わないと・・・
咲:悠馬様
悠馬:では、私は明日の支度がありますのでこれで
立ち上がる悠馬
咲:はい
その場を離れようとする悠馬
咲の方を振り返り
悠馬:咲殿・・・達者で
立ち去る悠馬
咲:悠馬様、どうかご武運がございますように・・・
完
悠馬と咲 Danzig @Danzig999
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