第3話 学園一の美少女の笑顔

 翌日の昼休み。


 いつものようにスマホを睨みつけながら、フリック入力を続ける氷川さんの横で俺もスマホを眺めていた。


 そこへ、暇を持て余した早坂がやって来る。


「おい、武藤。何をそんなに真剣にスマホを眺めてるんだ? 面白いソシャゲでもリリースされた?」

「違うよ。WEB小説だよ」

「へぇぇ。やろう系ってやつか?」


 身体の向きを変え、早坂と氷川さんが視界に収まるように調整。そして、罠をはった。


「今読んでるのは硬派なハイファンタジー小説なんだ。異世界転移とかハーレムみたいな展開はないけど、とにかく面白い」


 氷川さんの手が止まった。明らかにこちらを意識している。 


「なんてタイトル?」

「"奴隷紋の剣士"」


「コホッコホッ!」


 急に氷川さんが咳き込んだ。しかし顔はニヤついている。


「長文タイトルじゃないんだ」

「やろうにもシンプルなタイトルの作品はあるよ。目立たないけど」


 へぇぇ。と早坂。自分のスマホを取り出し、「小説やろう」を開いて、見始める。


「地味なタイトルの作品って、どうやって人気になるんだ? 内容全然分からないじゃん?」


 おっ、早坂。ナイスパス!


「やろうの愛好家の中には、埋もれた名作を見つけてネットで紹介する人達がいるんだよ。スコッパーって言うんだけど。実は俺も、そのスコッパーの一人なんだ。"奴隷紋の剣士"を見つけて、Twittorでバズらせたのも俺」


 氷川さんがこちらを向いて、目を見開く。


「武藤のネットの用事って、そのスコッパーってやつだったのか」

「そゆこと」


 ふーん。と言いながら、早坂は歩きスマホで行ってしまった。「奴隷紋の剣士」を読み始めたに違いない。


 氷川さんは固まったように、ずっとこっちを見ている。


「どしたの? 氷川さん」

「えっ、あっ、いや! なんでもない」


 耳を真っ赤にした彼女はパッと前を向き、またスマホに向かった。


 しかし昼休みの間中、こちらをチラチラ見て集中出来ていないようだった。



#



 放課後。


 部活があるわけでもない俺はさっと荷物を纏めて立ち上がる。すると、氷川さんがこちらを見た。じっと目が合う。


「どしたの?」

「……何でもない」


 絶対なんかあるじゃん!


 しかし、氷川さんは何も言い出さない。まぁ、いいか。


 俺はスタスタと教室を抜け、階段を降りる。降りる。降りる。何者かの気配を背後で感じながら。


 校門を抜け、駅へ。背中で感じる気配は強くなっている。


 曲がり角のタイミングで俺は走り出した。バタバタと慌てる音。


 駅からは少し外れた公園で足を緩め、俺は振り返った。


「なんで走るのよ!」

「なんで尾行してるの! 氷川さん!!」


 息を切らしながら、膝に手を当てている。体力はないのかもしれない。


「……ちょっと気になることがあって……」


 来たぁぁぁー!! これは「奴隷紋の剣士」のことに違いない。


「いいけど、ちょっと座る? 疲れてるっしょ」


 うん。と氷川さん。少し陽が落ちて来た公園のベンチに二人腰を下ろした。


「武藤くんって、スコッパーやってるの?」

「そうだよ。もうニ年以上」

「Twittorのムドー@スコッパーって垢、武藤君なの?」


 夕焼けが氷川さんの顔を照らす。何かを期待するような瞳がこちらを見ていた。


「正解。って、なんで分かったの……?」

「えっ、あっ。お昼休み、早坂君との会話が聞こえて、ちょっとスマホで調べてみたらなんとなく、そうかなって」

「そんなことなら、教室で言ってくれたらよかったのに」


 氷川さんは黙り込んだ。


「"奴隷紋の剣士"だけど、凄く面白いよ。書いてくれてありがとう」

「えっ、いきなり何よ!」

「俺はいつも面白い作品を書いてくれる作者さんに感謝してるんだ。だから、直接お礼が言えて良かったよ」


 氷川さんの顔が赤く染まる。これは夕焼けとは関係ない。


「まだ、私が"奴隷紋"の作者だって言ってないでしょ!?」

「違うの?」

「……私が作者です」


 少し時間が流れた。氷川さんにとって、WEB小説を書いていることをクラスメイトに告げるのは、相当に勇気がいることだったらしい。


 そして開き直ったように話始める。


「"奴隷紋の剣士"はね、私が通学時間や休み時間の全てを使って執筆している作品なの」

「あぁ、休み時間ずっとスマホを弄ってるのって、執筆してたのか」


 コクリと頷く。


「私もずっと"小説やろう"の読者だったの。でもね、高校三年になったタイミングで、急に思ったの。私も書きたい! って」

「それで"奴隷紋"を? 凄いね。処女作であのクオリティ。ランキングも鰻登りだし。今日の18時の更新で一位になるんじゃない?」

「どうかな? 怖いぐらいポイントは伸びてるけど……」


 じっと目があった。


「武藤君、ありがとう」

「面白い作品を掘り起こすのはスコッパーの役目だからね」

「たまにでいいから、WEB小説の話してもいい?」


 えっ、学園一の美少女に誘われている?


「いいけど、俺、氷川さんの連絡先とか知らないし……」


 さっと差し出されるスマホと表示されるQRコード。無言の圧力。


 俺は慌ててスキャンして、lineeに氷川さんを登録した。


「展開に悩んだら、相談するから」

「えぇ〜、俺読み専だよ?」

「いいの。ムドー@スコッパーを私は信用しているんだから」



 それからしばらくの間、二人で好きなWEB小説について語り合った。


 そして18時のランキング更新。二人で「小説やろう」を開く。すると──


「「一位だ!!」」


 すっかり暗くなった公園で、何度もハイタッチ。クールな仮面を脱ぎ捨て、大いにはしゃぐ氷川さんに、俺はすっかり心を奪われてしまうのだった。



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【完結】学園一の美少女が硬派なファンタジー作家だと俺だけが知っている フーツラ@発売中『庭に出来たダンジ @futura

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