第2話 学園一の美少女の様子がおかしい

 月曜日。


 いつも通り憂鬱な朝……の筈だったが、今日は何かが違う。おかしいと思って教室の中を見渡すと、原因はすぐ近くにあった。いや、居た。いらっしゃった。


 いつもクールな氷川さんが笑顔だったのだ。それも作ったようなモノではなく、心の底から嬉しくて、つい笑ってしまうという感じでずっとスマホの画面を眺めている。


 こんな表情でスマホを眺めているのは初めてだ。いつもは何かと戦っているような、険しい顔なのに……。よほど良いことがあったに違いない。


「氷川さん、何かいい事あったの?」

「えっ……! 何で……!?」


 スマホの液晶をサッと胸に押し当て、少し頬を赤らめながらこちらに顔を向ける。


「何でって、スマホ見ながらずっとニコニコしてるから」

「そんな笑ってた……!?」


 気が付いていなかったのか。


「人生の絶頂ってぐらい笑ってたよ」

「何よ……それ……」


 氷川さんは更に顔を赤くし、プイと前を向いてしまった。これは破壊力高いな。可愛い過ぎる。


 美少女の笑顔が、かくも尊いものだったとは知らなかった。ご飯何杯でもいけるな。


 そんなことを考えていると、一時間目が始まった。



#



 昼休み。


 弁当を食べ終わり、優雅な午睡へ移行しようかとしたタイミング。チラリ横を見ると、氷川さんがスマホを弄っていなかった。

 これは一大事である。


 全ての休み時間をスマホと過ごす氷川さんが、ノートを出して何やら地図のようなものを書いて、云々と唸っているのだ。


 世界史の勉強だろうか?


 どうしても気になった俺は、トイレに行くフリをして立ち上がり、氷川さんのノートを盗み見た。


 目に力を入れて視力を強化し(されない)、一瞬で全ての情報を脳内に焼き付ける(焼き付けられない)。


 見たこともない大陸の地図。かろうじて読み取れた文字は「魔の森」「カナン王国」「レーブ帝国」。どうやら、地球ではなさそうだ。


 都合よく便意が来たのでトイレへ行って個室に篭り、情報を整理する。俺は、「魔の森」と「カナン王国」と「レーブ帝国」について知っているような気がする。どこか、見覚えがあるのだ。


 とりあえずトイレットペーパーで尻を拭い、いつもの癖でTwittorをチェックする。自分の垢を見ると、金曜日に投稿したレビューが1000リツイートと一万いいねを超えていた。


「よっしゃァァァァ!!」


 思わず個室で叫ぶ。外で誰かが「びっくりした〜」と言っていた。すまんな……。


 俺は申し訳なさそうな顔を作ってトイレから出て教室にもどった。


 氷川さんは相変わらず、地図を見ながらあーでもないこーでもないと悩んでいた。



#



 帰宅して宿題をパパッとやっつけると、やって来ましたフリータイム。俺はPCを立ち上げ、「小説やろう」にアクセスする。親の顔より見たトップページだ。


 先ずはランキングをクリック。18時更新でどんな作品が上がって来ているか、漏れなくチェックする。


「おぉ! "奴隷紋の剣士"がハイファンランキング10位!!」


 これは嬉しい! 自分がスコップした作品が多くの人に読まれ、ランキングを駆け上がっていくのは最高の瞬間だ。


「更新も来てるし、いいね」


 ランキングに上がり始めたタイミングでの毎日更新は「やろう」においては必須。「奴隷紋」の作者もその辺は意識しているらしく、夜のピーク帯に合わせて新しい話を投稿していた。


 俺は逸る気持ちを抑えながら、「奴隷紋の剣士」の最新話を開くと──


「えっ……この地図……」


 ──めちゃくちゃ見覚えのある地図の挿絵が載っていたのだ。


「魔の森」「カナン王国」「レーブ帝国」等の位置関係が詳細に記されたそれは、今日学校で氷川さんが描いていたもので間違いない。


 ノートの下絵を地図作成サイト等で清書したのだろう。


「ってことは、"奴隷紋の剣士"の作者は氷川さん?」


 いやまさか、学園一の美少女が硬派なハイファンタジーを執筆するなんて……。


 しかし、地図の情報は氷川さんのノートにあったもので間違いない。


「明日、カマをかけてみるか」


 俺はこの時、少しだけ悪い顔をしていた筈だ。

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