【第4話 7】

「もう朝か……」


 朝日が治療室の個室を照らすと、少女は白いベッドに横たわりながら目覚めた。

 昏睡状態から目覚めて一週間経つが、顔にはまだ包帯が巻かれている。


 だが、その間に陥没した顔面左側面に魔力を用いた修復手術が行われ、無事に元の顔へと戻っている。


 天井の監視カメラが患者の寝起きを、担当医が見守るモニターへと知らせた。

 頃合いを見計らい、病室のドアがゆっくりと開き、白衣を着た医師たちが入る。

 問診をしてから彼女の包帯を優しく取りほどき、手術個所の状態を確認する。


「愛月姫、順調に回復しておりますので、明日にでも退院できますよ」

 女医はにこやかに話し、看護士が新しい包帯を巻いていく。

「ありがとうございます。それで、新しい目のほうは?」

 

 女医の背後に立つ医療コーディネーターが伝える。

「左目の細胞培養は現在成功し、3ヶ月もすれば移植手術が可能かと思われます」

「3ヵ月か、長いな……」

「焦りは禁物ですよ、愛月姫」 

「わかっていますよ、未神みがみ様」


 ソウリョ系国家霊道士、白頭巾で袈裟姿の大山陽子おおやまようこが不満な患者を諫めた。尼僧は護神庁長官直轄部隊、日本守護隊十二神将の一角、《未神》を司り、本件における桜ノ宮愛月治療チームの最高責任者だ。


「移植手術をするにしても、しっかりとしたリハビリが必要です。霊力を含めた運動能力の回復に向けて、愛月姫専用のリハビリプログラムを作成しました」

 

 心霊医療官が壁のディスプレイに表示し、愛月は淡々と説明を受けた。



「おじいちゃん、赤羽神社でインターンをさせてください!」

 プログラムの説明が終わり、退室する医師たちと入れ替わるよう祖父と兄が入室すると、開口一番、ベッドの上で患者は頭を下げた。


「いきなりなんだ、愛月」

 驚いた顔を見せたのは祖父であり、護神庁長官の桜ノ宮清太朗だ。彼は長官にして日本守護隊十二神将で《戌神》を司る。


「ダメだ! 赤羽は危険だったんだから」

 だが、驚きを超えて、妹を𠮟りつけたのは兄の勇月だ。


「危険なら、私が安全な街にしてみせる!」

「どんな自信だ。それだけの重傷を負って、嫌がっていた赤羽神社のインターンをするなんて」

「私、あの金鎧の獅子と戦って気づいたの。強さにうぬぼれていたって。天才少女だとか、さすが桜ノ宮の血筋だとか、オーディションでエンジェルハートに勝って天狗になっていたって。お兄ちゃんがあの日に言ったことが正しかったんだって」


 勇月が事件当日、護神庁で話した内容を思い出す。


「あー、協調性のことか」

「寧々ちゃんを待って戦うべきだった。戦略を間違えて、今はベッドの上だし」

「敵を侮るやつは、犬死にすると学んだんだな」


 椅子に座る祖父が納得し、お見舞いのフルーツバスケットをテーブルに置く。


「でも、どうして赤羽だ? 歌舞伎町神社じゃないのか?」

「失敗を取り返したいから。あと、近藤さんに戦いを教えてもらいたいから。あの金鎧の獅子と戦って勝ったんだよ。弱いままだと、あの白金髪の魔女に勝てない」

「魔女ではなく、死神だぞ」


 愛月は血が滲むほど唇をかみしめた。強いと思っていた自分がいかに無力か思い知った。たった一撃で心も体も折られた。だが、ベッドであの日の記憶を振り返るうちに、両親の仇を討ちたい気持ちはより強くなっていた。同時に、癒えることのない憤怒と憎悪の感情も強まったが。


「つまり、国家選抜アイドル《れいちぇるず》になるんだな」

 兄が運ばれた朝食、フルーツたっぷりのグラノーラを妹の口へと運ぶ。

「はあ?」と、スプーンとともに断固拒否する。

 

「ラブスケに教えてもらうなら、国家アイドルにならないとダメだぞ」

「なんでそーなるの!? アイドルにならなくても教えてもらえるでしょ」

「そんなズルいことは認めません!」

「どこがズルい――イテテテ……!」

 大声を出すと痛みが走った。まだ万全な状態ではない。


 兄は備え付けの冷蔵庫からスプーンを取り出し、妹のグラノーラを食べ始める。

 悔しいが、痛みを考えて気持ちを押し殺し、兄の愚行を放置するしかない。


「いいか、愛月。国家選抜アイドルになれば最強の魔道士を目指せるんだぞ! 金鎧の獅子にだって、あの魔女にだって勝てるかもしれないんだぞ!」

「私、魔道士に興味ないし、霊道士としてあの魔女に勝てばいいし」


「勇月、愛月」長官の眼光が二人に飛ぶ。「魔女は禁句だ。死神と呼べ」

「すみません、長官」


「そうだ」完食した兄がひらめく。「新しい左目は、アイドルになった記念にプレゼントするよ」

「意味がわからん!」

「3ヵ月かかるってことは、ちょうど誕生日じゃん」

 

 愛月の誕生日は7月7日、七夕の日だ。東京大災害が起きた日と重なる。


「え、今年の誕生日プレゼントは目玉なの!?」

「目玉だよ。高いんだぞ、再生医療による新しい目玉は」

「プレゼントが新しい目玉って……そうだ!」と、愛月が閃く。


「長官、インターンを許可してください。新しい目玉の費用を稼ぐために!」

「そうきたか……許可するにしてもいつからするつもりだ?」

 

 相手の出方を伺う祖父だ。「明日」

「気が早すぎるだろ!」

「こうして入院している間にも、どんどん弱くなっていく。私は強くなりたい。どんなケダモノにも、マモノにも、死神にだって勝てるようになりたいの!」


 鼻息が荒くなる、孫娘の確固たる決意を前に、祖父として頭を悩ませる。

 どう答えるべきかと困る清太朗の元に、彼の全てを知る腐れ縁の老人が訪れた。




「ういーす! マグロ釣って来たぞ」

「はあ?」と、三人が同じリアクションだ。血筋といったところか。

 

 現れたのは、日本合衆国を建国した三ノ宮の一角、桃ノ宮玉太朗もものみやたまたろうだ。

 日本守護隊十二神将の《申神》であり、日本朝廷の長、天守様の護衛を務める《天将》でもある男はなぜか釣り人の格好だ。巨漢な側近二人が巨大なクーラーボックスを病室へと担ぎ込み、海臭さが病室を漂う。


「愛月ちゃん、マグロ好きだろ。コレ、やるよ」

「好きですけど……え、入っているんですか!?」

「おうよ! 津軽海峡で釣って来たんだ。俺の孫は留学中だろ、代わりに食ってくれよ。目玉を食えばすぐに退院できっからさ!」

「食ってくれじゃなかろうよ、玉ちゃん」

 

 と、クーラーボックスを開けると100キロはある大物が横たわっていた。


「いいじゃねーかよ、さくちゃん。俺は望月ちゃんのファンだったんだ。その娘にマグロを食ってもらうことが、アイドルオタクの生きがいなんだよ」

「どんな生きがいですか!?」

「こんなじーさんになるとよ、生きがいが推し活と釣りしかないわけよ」

「てか私、アイドルじゃないですし」

「困りますよ、申神さま!」


 と、看護婦長が迷惑そうに飛び込んできた。


「困るって、婦長はマグロ嫌いなの?」

「大好きですよ! 大好きですけど……」

「なら、いいじゃねーか!」


 玉太朗は豪快で大胆な性格で、慎重な清太朗とは対照的だ。

 ひとまずマグロが入ったクーラーボックスを看護婦長に預ける。


「で、何の話をしていたんだ? 桜同士でよ、桃は邪魔か?」

 壁沿いのソファーに座った桃ノ宮は一通り事情を聞くと、耳をほじりながら告げた。「いいんじゃねーか。赤羽神社でインターンすれば?」


「やった!」

「おいおい、玉ちゃん」

「だって、赤羽神社にはあのカウボーイがいるじゃねーか。それに、俺も頼みてぇことがあるのよ」

 

 兄の目つきが縄張りに踏み込む野良犬を弾け出すよう、狂犬へと変わる。


「いくら天将さまでも、許せません」

「アイドルが口出すんじゃねぇって」

「口ではなく、氷を出しましょうか。氷の世界は涼しくて眠りやすいですよ?」

「なら、燃やしてやろうか。炎の世界は熱くて熱くて飽きないぜ?」

 

 妹が両手を重ねようとする兄と老人を止める。


「ちょっと、お兄ちゃん! それに、天将さまも落ち着いてって!」

「ほら、可愛い妹がやめろってよ、若大将」


 チッ、舌打ちした兄は病室を出ていく。

 急変した兄の背中を不思議がる妹だ。


「ワシから話そう」と、長官が口を開く。

「愛月が戦った金鎧の獅子について、我々は重要な情報を手にした」

「重要な情報?」


 愛月の目つきが餌をねだる子犬へと変わる。


「端的に言えば、赤羽の高校に通う男子高校生が事件の犯人と思われる」

「高校生が犯人? 高校生があの獅子になった? でも、あのゴリラは……」


 情報が錯綜しそうなので、桃ノ宮が口を挟んだ。


「元旦に起きた、殺人事件あったろ? その重要参考人が白馬晃太郎、その高校生なんだ。そして、今回の獅子男の現場にいたのも白馬晃太郎だ。頼みっつーのは――」

 

 愛月の顎を指先で持ち上げる。老人の眼はボス猿のよう有無を言わせない。


「その高校に潜入し、白馬晃太郎を探れ。場合によっては、滅霊してかまわん」

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君が幻影ー反逆の心臓編ー だいふく丸 @daifuku0

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