サワムラミキト

 バァァァァン

 爆発で目が覚める、どうやら寝てしまっていたようだ。

「バリケードの投射物シールドも遂にやられたんですかね」

 私は自分のデスクに積み上がっていたコーヒーの缶を床に投げつける。

「そんなことどうでもいいわよナガスチャン、もういい終わりにしましょう!」

 室長が金切り声を上げながら手榴弾のピンを抜こうとする。またこれだ。

「どうせできないくせに……」

 私はそっぽを向きながら揶揄る。

「何よ? みんな死ぬのよ⁈ ロボットに撃たれて大量出血で死ぬくらいだったらコイツで一瞬がいいわよ!」

 彼女の泣きそうな叫びが放送室に響き渡る。もうこの部屋には私と室長しかいない。他の奴らとは連絡が取れない、恐らくもう生きてはいないだろう。

 

『三日前ここメントス基地は謎の勢力によって襲撃を受けた。最初は最近増えている民間船とのバッティングだと思われた、だからいつも通り偽装状態でやり過ごすという対応をしようとした。近くにいる艦艇は即座に跳躍次元に離脱か基地に収容、これを三十秒以内に行う。そして透明化し民間船が通過するのを待つ。それで終わるはずだった。あの時一隻の船がワープアウトしたのをレーダーに捉えると同時にそのシーケンスが執り行われた。三十秒後、何十もの艦艇が後を追うように出現したのだ。しかし我々は共和国の法に則り軍を動かしている、ギキョウ戦争終結後はなおさらだ。いたずらに民間船に攻撃は行えない。警告を行うべきだと思うだろうが、このメントス基地の性質上、一度基地の場所と跳躍係数が割れてしまえばそれは死活問題なのだ。なのでこの基地は石ころのふりをせざるを得なかったのだ。そして基地のはるか上を通り過ぎる船団を固唾を飲んで見ていた。どうか見つからないようにと。しかし次の瞬間船団から無数の黒い何かが射出された、それはスクラッパーメカと呼ばれる解体現場等で使われる自律型作業ロボットだった。そしてそのメカ達は壁面に張り付き仕事を始めようとした。その時無能な司令部はやっとこれが敵対行動だと気付いたのだ。しかし時すでに遅し、反撃に出ようとした瞬間、対空砲は全てそのスクラッパー達に破壊されてしまったのだ。だがまだ慌てる事はない、艦を出撃させればいいのだ。しかしそれも一手遅かった、収容区の隔壁はスクラッパーメカと同時に産み落とされたウェルドメカの職人技によってきれいに塞がれてしまった。それはもう完全に敗北のルートだ、結果大量の機械歩兵が基地内部に侵入し多くの人間が殺された。残った私達も分断され今はバリケードを築いて暫定スクラムを組みなんとか敵を追い払うので精一杯だ。今はもう通信も遮断され跳躍も妨害されている、司令室は陥落したと反対側の区画の窓から手で合図があった。今はもうこのボトルの手紙しか頼れるものがない。ここに最後にメントス基地のあった跳躍コードを記す。1229……』


「バカヤロー! こんな長いコード書けるか!」

 私は握っていた鉛筆をぶん投げる。それを見た室長がこちらに歩いてきた。

「なによ、遺書でも書いてるの?」

「違いますよ、これをお酒の瓶に入れて排気口から流すんですよ。そうすれば救援が来てくれるって、へへへ。みんなやってますよ?」

 もう私はボーッとする頭をなんとか動かしてボトルに入れる手紙を眺める。字が汚すぎて笑えてしまう。

「多分そのボトルに燃料入れて火炎瓶作ったほうが有益ね……」

「ですね……へへ」

 もうおしまいだ。どうせ死ぬなら戦って死にたかった。


「たのもう!」

 突然威勢のいい高い声が放送室に響いた。入り口を見るとタンクトップのムキムキ軍曹みたいのがが立っていた。

「今6番ポート暫定スクラム暫定兵団では本日の午後より決行される『通信センター奪還作戦』に向けて戦闘員の募集、そして物資の援助を求めているのである!」

 彼は6番ポートで保安部長を務めていた……、誰かだ。こんな絶望的な状況なのにも関わらず元気そうで何よりだ。

「通信センター奪還作戦?」

「その通り! 説明しよう、通信センター奪還作戦とは文字通り6番ポートから少し行ったところにあるメントス基地の通信網を担っている通信センターを奪還し通信設備を復旧させるという作戦なのだ! この作戦の成功をもって我々に反撃の狼煙が上がるのである!」

 素晴らしい作戦だ、絶対成功しない。

「アンタ馬鹿じゃないの? もう散々ジリ貧で何人も死傷者が出て薬も包帯も足りないっていうのに、攻勢に出るですって? 敵さんは破壊されたメカの残骸を粗大ごみ回収メカに拾わせて工厰艦で組み立て直してまた出撃させてるって噂じゃない。敵列にキメラメカがだんだん増えているってのはあなたが一番知っているでしょ?」

 室長が甲高い声で彼を責め立てる。確かに室長の言っていることは正しい、敵の兵力はほぼ永久機関だ。

「ハーハッハッハッハ! 心配無用さマダム! 今回作戦立案あたって我々は通信センター挟んで反対側の2番ポート暫定コロニー自警団との協力を取り付けた。彼らと同時刻に進撃し挟み打ちといこうじゃないか!」

「えっ通信は断絶しているんじゃ?」

 そう言うと彼は嬉しそうにデヴァイスを開き私達に写真を見せた。

「みんなが瓶に手紙を入れているのを見て閃いたのさ! 売店で売っているラジコンに手紙入りの瓶を括り付けてやり取りするのさ!」

 すごい、これは革命だ。抗う人類の底力だ。

「火炎瓶より手紙ですね」

「そうね」

 私は室長とこっそりささやく。

「おっとマダム、そのピンの抜かれていないピカピカのイカすグレネードは君のかい?」

 彼はニヤニヤとしながら室長に尋ねる。

「これは私の自決用のよ、あげないわよ!」

 彼女は丸い物体を後ろに隠す。

「おーっとマダム……、美しきマダム。どうかそんなことはしないでおくれ。そのグレネードがこの作戦の鍵なのだ!」

 猫なで声で彼はマダ――、室長に語りかける。しかし室長は延々と首を横に振っている。

「いやよ、絶対に――」


「ありがとう、マダム。次に合うのは私の勲章授与式かな? さらばだ!」

 彼はそう言い颯爽と部屋を出ていった。その彼の腰には二十はあるであろう同じような手榴弾が玉ねぎのようにぶら下げられていた。

「考えることはみんな同じなんだな……」

「なんてことを……。なんでこんなことを……」

 室長は悲しみのあまり膝から崩れ落ちている。

 いやそんなことより!

「行かなきゃ」

 私は急いで仕事用のカバンから黒い箱を取り出す。

「ちょっとあんた行くってどこに――」

「あの作戦に参加します」

 そうだどうせなら戦って死にたい。どうせこのままここに居たら機械歩兵に蜂の巣にされて後ろの窓から宇宙空間に投げ出されるのがいいオチだ。

「なに馬鹿なこと言ってるのよ⁈ 自決用の爆弾も奪われて、あなたまで居なくなったら私どうすればいいのよ⁈ 私を見捨てないでよナガスチャン! どうせ死ぬのよ、みんな死ぬのよぉ!」

 もう面倒くさいなこの人は!

「わかりましたよ、もうこれ使ってください」

 私は先程取り出した黒い箱を彼女に丁寧に渡す。

「何よこれ」

「私が空軍時代腰につけてたレーザーピストルです。いいやつなんですけど、いいですよ。それだったら一発で逝けます」

 私はそう言い残し走って部屋を出た。

「ナガスチャァァン!!」

 彼女の声がどんどん小さくなっていく。

武器は向こうで貸してくれるかな、最悪棍棒でいいだろう。


 6番ポートに着くとそこには即席のバリケードや櫓のようなものが組み上がっている。縦横何百メートルもあるポートゲートからは普段は美しいメントス星系の星の海が眺められるが今は隔壁が閉ざされてしまっている。攻撃による被害は凄まじくそこら中に負傷者が運び込まれていて慌ただしく担架が行き交っていた。だが恐らくここ6番ポート暫定スクラムはまだマシな方だ、元よりこのポートは補給局の補給船や輸送船が詰めているため物資は他より多いはずだ。そのため死にゆくはずだった命も救えているのだろう、このバリケードや櫓も恐らく積荷にあった簡易拠点建設キットの物だろう。

 さっきのムキムキタンクトップを探さなくては……。

 あれは……、停泊している貨物船の後部ハッチが開いていて木の板にペンキで『司令室』と書いてある、気分は学園祭といったところか。


「だーかーらー!、そんなことしたら全員外に投げ出されますよ?」

「んなことやってみなきゃわかんねぇだろバカ」

「フィルム機能は動いてないんです、いま隔壁に穴を開けたってしょうがないでしょ? わかってくださいよホントに」

 技術局の青年と整備部の老人が艦艇の出入りする隔壁を指さして怒鳴り合っている。

 なるほどそうか合点がいった、なんで溶接されたくらいで艦艇が出撃できなくなるのか疑問だったがそういうことか。宇宙空間と基地の内部を隔てているフィルム機構がシステムダウンによって動かないからなのか。戦艦レベルの砲撃ならば隔壁くらいぶち抜けると思っていたが問題は思ったよりも深刻なのだな……。


「おっこれご自由にお持ちくださいだってよ? 貰ってこうぜ」

「あんたに扱えるの?」

「ちげーよ、売るんだよ、転売だよ転売」

「……そうだね、生き延びられたらできるね」

「……そうだな」

 情報局の制服を来た男女二人組が騒いでいる。

 あっ⁈ これは騒ぎたくなる。ご自由にお持ちしていいのは銃器たちなのだから。旧式だが未開封のライフルやレーザー兵器の山が床に箱で置かれている。説明には

『ご自由にお持ちください 未知なる脅威への対抗のため6番ポート暫定スクラム暫定兵団は非戦闘員の皆様にも戦闘装備の支給を行っています 6番ポート暫定スクラム暫定兵団団長』

 ……あのムキムキタンクトップもなかなか粋なことをするな。ここは拝借していこう。

 私は眼の前に広がる武器の山を物色する。

『TA212』ただ重いだけのマークスマンライフル、これは使いづらいし燃費が悪い。

『帝熱光線投射銃零式』これはレーザーライフルの風上にも置けないダメライフルだ、すぐに熱くなって火傷する。

 流石に旧式のものばかりじゃいいのはないか、室長にあげちゃったレーザーピストル返してもらおうかな……。

 そんな事を思いながら上を見上げると、積み上がった箱の頂上に黒い革製のケースが見えた。

 あの箱は! キサラギ社の不朽の名作、『キサラギ シタタカ二式大口径狙撃銃』ではないか。これは私が空軍の急襲部隊に居たときに愛用していた物だ! どんな分厚い装甲でも容易く貫き致命傷を与える対物ライフルだ。

「これにしよう」

 私は他の箱を踏み台にし、その大きな黒いケースに手を伸ばす。

「……届かない」

 私はつま先を伸ばし、思いっきり手を伸ばすが黒い革の素材を撫でるばかりだ。

「うわっ⁈」

 ズドーン

 私はバランスを崩し床にひっくり返ってしまった。

「痛ってーな……」

「ありゃー駄目じゃない、そんな危ないことしちゃー」

 私の方へ誰かが走ってくる。

「上のハコが取りたいんだね? 待ってて、今キャタツ持ってくるから」

 そう優しい声で語りかける彼の方を見ると。

「ナカザトさん⁈」

「ナガスさんじゃないですかー! 君も無事で何よりだよー!」

 彼は屈託のない笑顔で私にそう返した。


 私は床に箱を置き大きな金属のボタンを押し、箱を開ける。確かにほぼ新品じゃないか、これは使えるぞ。

「なるほどね、じゃあ君もあの作戦に志願するのか……」

「えぇ」

 彼は肩にぶら下げているレーザーショットガンにエネルギーパックを込めている。

「作戦の成功率低いって思うけどなぁー」

 私は彼の悲観を聞き流し、ライフルの組み立てを開始する。

「ショートバレルの方がいいですかね?」

 私は銃の先端のパーツをどうするか悩んだ。こっちの方が反動が少なくて使いやすい。ただデータセンターは直線的な構造をしているので交戦距離は長くなるかもしれない。

「ちょっと、そんな服屋でどっちがいいかみたいな聞き方しないでよー」

 彼は床に胡座をかき、デヴァイスを確認している。

「通信が回復したところで、もう他の抵抗区域と団結するのは難しいんじゃないかな……。考え直しなよナガスさん、死にに行くようなモノだよ?」

 彼は私をまじまじと見つめた。

 そんなことは正直わかっている。ただ……

「どうせ死ぬなら戦って死にたいです……」

「いやいや、まだ諦めちゃダメだよ。難しいって言ったけど、ここのスクラムリーダーはプランBを考えてるんだって」

 彼は向こうの外につながる隔壁を指さした。

「あの壁を爆破してこのスクラムの人だけでも脱出できないかって今話し合ってるんだよ」

 それは現実的な目論見ではなさそうだ。襲撃当時、数隻の船は溶接された壁を体当たりで破って外に出られたがガンファイターメカに攻撃されあっという間に沈んでしまった。跳躍しようとした艦もあったらしいが阻害されて思うように行かなかったらしい。

「多分、それも上手く行かないでしょうね」

 私は弾薬の箱を眺め、使えるかどうかを確認しながらボソリと言う。

「でも、やっぱおかしいよ! ナガスさんはそんな感じじゃないでしょ?」

 彼は感情的に床を叩きながら私に訴える。

 私はそんなことを気にせず照準器の調整の為に武器を構え200メートル先の壁の落書きを狙う。

「あなただって武器を持って戦ってるじゃないですか……」

「オレは生きたいから戦うの! この戦いは生きるための戦いなの! 死にたいから戦うなんて考え方はダメ!」

 彼はそう声を荒らげた。そんなことはどうでもいい、事実は銃をぶっ放してるだけなのだから。

「ねぇ、君が死んで悲しむ人とかいるでしょ? 家族は?」

 家族か……

「いないですよ、親は早くに亡くなってます」

 私は冷静に左手でレバーを握り排莢が問題なくできそうかを試す。

「あぁ! 旦那さんがいるじゃない!」

 彼は私の左手の薬指に着けていたリングを指さして叫ぶ。

 ……

「死にました……」

「えっ?」

 彼は凍りついた。もういいだろう、面倒だ。

「もう私いきますね?」

 私は立ち上がり、ライフルのハンドルを掴み持ち上げる。

「ちょっと待ってって!」

「くどい!」

 私は彼に吐き捨てた。

 もう私には何も残っていないのだ、何も残らなかったのだ。もう生きる理由なんてない。


「やっと見つけたよ」

 私が立ち去ろうとしたとき、誰かが私達にそう話しかけた。

「いやーずっとオオフクホバーのお店で待ってたんだけど……、こんな所にいたんだ」

 そこには補給局の制服の色のコートを着て、キャップを後ろ向きに被った青年が立っていた。

「ナカザトさんですよね? カコボシミライ四刻のお友達の」

 彼はこちらに近づいてきてナカザトさんの顔をまじまじと見る。

 彼もミライさんを知っているのか……。

「そうですけどー……、なんです?」

 ナカザトさんは警戒した様子で彼の事を見下ろす。体格差もあり、そのシルエットはクマと調教師と言ったところか。いや彼のテーマ的にはブタのほうが嬉しいか?

「補給局の下っ端輸送員のサワムラミキトっていいます」

 彼は彼に手を出し握手を求めた、ナカザトはそれに応えた。

 どうやら私には関係なさそうだ、もう放っておこう。

「では私はこれで……」

 私はライフルを再び持ち上げ足早に立ち去ろうとした。

「お姉さん、そんな物騒なモン持ってどこに行くの?」

 サワムラという男が私を静止するように問うてきた。

「……」

 彼には関係ない事だ、これ以上ここにいる理由はない。

「今から死にに行くって言って聞かないの」

 ナカザトが彼に呆れたように告げ口をした。

「……」

「それは良くないね」

 サワムラはそう言いながら急に目を閉じ耳を塞ぎ始めた。そしてしばらく無言で唸っていた。彼が腕につけている黄色い石の付いた女物のブレスレットが反射で眩しく、目がチカチカする。

「……あぁ、ごめん」

「だいじょうぶー?」

「失礼失礼、さっきまで無重力区画を泳いでたもんで、重力酔いしてるみたいで……」

 彼はわざとらしく頭をかき大袈裟に首を傾げた。

「あぁそうだ! お願いがあるんだ!」

「おねがい?」

 意気揚々に語るサワムラはどこか落ち着いている。

「ここじゃちょっと、場所を変えれる?」

「いいよ、オレの店に戻ろう」

 彼は遠くを指さした。

 オオフクホバーはホバーカートのレンタルショップだ。私も仕事をサボりに何度かお邪魔した。

「お姉さんも来てください」

 サワムラは私の方を向き手を招いた。

「私は関係な――」

「どうせ作戦までまだあるよ、隠してる食料お腹いっぱい食べさせてあげるからさー」

 ナカザトさんは私を食べ物で釣ってきた。正直腹は減っている、しょうがない話だけでも聞いていこうか……。


「いやムリムリムリ! 上級管理棟に行って救助なんてできっこない!」

「頼むよ! ミライの友達ならわかってくれるでしょ?」

「大体もうマサユキさんが生きているかだってわかんないんだよ?」

「彼はこの危機を乗り越える鍵なんだ、無茶する価値はある!」

「スクラムの見張りをここ二日やってたからわかるけど、誰かを救助しに行くって言ってバリケードの外に出てったやつは誰も帰ってこなかった!」

「だからあんたに頼んでるの! この店のホバーカートと君のこの基地のルート知識があればなんとかなる! カートを貸して、道を教えてくれれば後は自分で何とかする」

「いいや行かせられないね。これで君が死んだら後味も寝覚めも悪すぎる」

 オオフクホバーの受付にある丸テーブルで二人は議論している。それを横目に私は軍の加熱式弁当を食べる。

 ミカドの女王シチュー、久しぶりに食べたが美味しいな、ピロッティ産のミルクはコクがあって優しい味だ。次はミカドの将軍援導旗パスタを食べよう。私はカセットコンロに弁当の箱を置き火をつける。

 ふと外に目をやるとムキムキタンクトップが何やら戦闘員と話していた。

「いいか? 作戦が始まったらここから目的地までこのダストボックスをゆっくりゆっくりと押しておくんだ。そうすれば敵の攻撃は当たらない、いわゆるシャヘーブツだこれは!」

「で、でもこれを2キロ先まで押すなんて手も足もパンパンになっちゃいますよー?」

「いい事だ! 向こうに着く頃には筋肉パンプパンプ、最強ソルジャーになって勝利確定だ! ハーッハッハッッハッハ!」

 バカなのか? あんな指揮官の下じゃ実る努力も実るまい。私は一抹の迷いが生じた。


「上級管理棟は入り組んでいて構造は複雑だよ」

「だからこそ彼は逃げ延びている可能性が高い! どこかで震えて待っているのかもしれない」

「じゃあもし仮に向こうに行けて、彼が見つかったとするよ? どうするの?」

「来た道を戻る。ここに彼を連れてくる」

「じゃあ一度でも敵に見つかれば帰り道でやられる。無理だね」

 彼らは議論をやめない、できない理由は様々だ。ただ……


「それか、道を阻むものは排除する」

 私は彼らの間に入り丸テーブルに座った。

「私も一緒に行きます」

 ナカザトさんは口をぽかんと開けこちらを見つめる。

「えっでも作戦は、いいの? いやいいんだよ?」

「こちらの方が死ねそうなので……」

 サワムラは何か考えているかのように私の方を向き、缶コーヒーを啜る。

「……ううっ、わかったよ! オレも付いてくよ! 責任を持って上級管理棟に送り届けるよ!」

 彼は大きな体を震わせながらそう決意した。彼もそれなりに肝が座っている、臆病者ではないようだ。

「作戦に必要なものを調達してくるよ、すぐ戻るから待っててくれ」

 ナカザトさんは自分の体が恐怖に屈しないようにそう強く言い放ち店の外に出ていった。


「ありがとね、助かるよ」

 サワムラは穏やかに笑顔を向けてきた。

「いえ……」

「でもこれだけは言わせて」

 しかし突然彼は暗いトーンで言い顔が強張った。

「この作戦で君は死ねないし、たとえ死んだとしてもそれは誉められたことじゃないよ」

 ……知ったようなことを。

「君さ、こう思ってない? 自分にはもう生きる資格がない、幸せになんてなりたくない」

「……」

「どこか悲観的で情熱がない。いや正確には情熱ではなく希望の光を失くしたに近い? 惰性で生きちゃダメ、希望で生きなきゃ」

「知ったような事を言わないでください! 心を見透かしているつもりですか?」

 私は思わず声を荒げる。

 この男は驚くほどに心の奥を正確に突いてきて不快極まりない。

「そうだね、昔からよく言われてた、『相手の心はわかっても気持ちはわからないのか』って。でもいい? きっと君は放っておいたら何も変わらず死んでいくし、それで構わないって思ってる」

「……」

「本当の価値あるものを知ることができたのなら……、きっと再び君の人生は動き出す」

 何を言っているのだ、カルトの教祖めいたことばかり並べて……。

「詳しいことはまた後で教えてあげるよ」

 そう言い彼はブレスレットを優しく撫で深く息を吸い目をつぶった。

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クロックビートル 第零採掘部隊編 ナナウミ @nanaumi1229

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