Iに愛され、故意に恋する

夜去方よさりつかた鳥夜うやを待つ。

 私は気がつくと、近所の河川敷へとやってきていた。

 すっかり帳も下ろされて、白昼夢に飲まれそうなほどの陰。

 そんな草木に紛れて、水辺を眺めていた。

「どうしよう……富久君は何も悪くないのに」

 突発的な破壊衝動、苛立ちはストレスに変換されて発されてしまった。

 点と点が結ばれて、それは線になる。

 充血した目は視界を赤くする。

 黒っぽい赤、走っている際にも見えた点と点。

「私はそれほどいい子じゃない」

 私はいつも中途半端な存在で、絶対値さえも√がついた。

 I虚数はいつも割り切れず、死にかけてもいる。

 悩みに悩んで、煩悩に満たされ続ける内に、破裂しちゃう。

 今回もそうだ。

 究極のルッキズム主義のこの社会で、外面をコンプレックスにしている人は少なくない。

 それなのに、無知な要望をしちゃった……。

 人間関係も、紡がれた赤い糸も断ち切っちゃう。

 今までも、これからも。

「こんなヘルメットがあるから……」

 このどうしようもない罪を、仮面に押し付けようとする。

 この割り切れない気持ちを、無理やり割ろうとする。

「もうだめだな、私って」

 体育座りに体型を変えて、ただひたすらに川の水流に身を任せたくなるような……そんな気持ちさえしてきそう。

 月夜に紛れた怪に、殺人鬼に殺されてしまった方がましかな。

 そんな思考が頭によぎってくる刹那────ふとひんやりとした腕の感覚で虚を突かれ、正気に戻った。

「誰?誰かいるの」

 さっと風の如く振り返ると、そこには透明なペットボトルとヘルメットを持った見知らぬ少年がいた。

 いや、違う。

 私はその少年を知っている。

知ってることに、知らないふりをしてるだけ。



                             ◇




 「見返り美人、ってところかな。鏡ちゃん」

 手当たり次第に探し回ったからか、汗と少しの憔悴でいっぱいだった。

 住宅街にショッピングモール、よくいく公園まで隅々まで探索したけど一向に発見出来ずじまいだった。

 ここで再会したのは、全くの偶然でもあった。

「もしかして富久君!?」

 表面に驚きと喜びと悲しみが表示される。

「ああ、俺さ、富久真司さ」

 ドッキリにも近い成功ににやついちゃうが、まず言わないと。

「鏡ちゃん、ごめん、そっちの気持ちを蔑ろにしちゃった」

 謝罪第一、安堵第二。

 これが俺のモットーだ。

「ううん、こっちこそごめん。」

「謝ることないさ、怖いだけで拒んじゃった俺が悪い」

「ううん、怖いのは当然。みんな顔がコンプレックスになっちゃてるんだもん」

 誰でも気軽に顔を加工し、整形するようになった今日この頃。

 以前にも、化粧や整形はあるにはあった。

 化粧をしない人は少ないし、整形は一般的ではないにしても受け入れられてはいた。

 しかし、今はどうだろう。

 度がすぎた加工により、自分の顔とのギャップに耐えられず死に沈む者も後を絶えない。

……俺は、今日俺は自分とのコンプレックスを捨てる。

本当の意味で、人を愛すため。

嘘の中にも本当のことがあるって信じるために。

「俺の顔、どうだい?ディスプレイと違いすぎた、かな?」

 の顔はどちらかというと幼さが残留していて、幼児と間違われてもおかしくない。

「かわいいよ」

「え」

「自信持って、富久君。あなたは画像より今の顔がピッタリ」

 両手で握り締めてくれて、温もりのある手は心をより落ち着かせる。

 僕はその手を離すまいと力を込める。

「顔……見ていいかい?」

「……いいよ」

 認知不可能のはず、でも妖美な表情が目に浮かぶ。

 彼女は河川敷の川周辺まで歩いて、靴を脱いだ。

 爪先に秘められたネイルがまた僕を迷わせる。

 一秒、二秒、三秒。

 心臓と体内時計が一致しない。

 欲求不満でもなく、ただ顔を知りキスをしたい。

 その純粋な想いが僕に息を飲ませる。

 何秒経ったかはもう忘れた、でもこの時間は忘れない。

 ヘルメットを取った彼女の姿が水鏡となり反射する。

 その姿は月に照らされ、重なり合った。

 僕の中では鏡乃かぐやがそこにいる。

 青く映える双眸が、より緻密な結界を編み出す。

 その魔眼に魅入られ、僕達は言葉も交わさず柔らかいキスをした。

 サイダーの味、唾液の味、初恋の味。

 これらは全て偽物でなく、本物だ。

 僕はそう信じてる。

 信じたい物を信じてる。

 何故かって、聞くなよ野暮だ。

 見りゃ分かる。

 彼女の

 

 

 

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√−1 結城綾 @yukiaya5249

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