第4話:あたしたちの戻るべき場所は!

 レイナはGPS連動の電子地図を睨んでいる。とにかく対岸の合流ポイントまで……うあぁぁぁッ!


 再び車体が浮き上がる。何本ものレーザー光が土煙に覆われた車外モニターに色を添えた。



「複合装甲って強いんだよね」

 尋ねる。


「同じところを何度も攻撃されなきゃね」

 レイナが弱点を答える。


 あたし、不安になる。



「……うぅ、うーん」

 アリスが目を覚ました。


「あれ、お姉さま」


「お目覚めかしら、天使さま」

 起き上がる小さな背をレイナが優しく抱きしめる。

 ズルい。操縦席からだと、そういうこと出来ないじゃん。


 二人の間に混ぜてもらおうと操縦桿を離しかけたそのとき……



 ぐぅわぁぁん!



 三度戦車が浮き上がった。

 これはヤバい。

 さすがはがねのキャタピラも、このままではゴキどものレーザー攻撃で脱輪だつりんしてしまう。


「止まっちゃダメよっ!」


 アリスが「お姉さまっ!」と操縦席に滑り込んできた。

 あたしは砲手席へ戻る。レイナは自身を抱きしめたまま金切り声をあげていた。




「あれ、あれあれあれぇ!?」

 アリスが戸惑っている


「どうしたの!」


「キャタピラが外れたみたい」


 車内が緊張と静寂に支配される。







「ね、」


 あたしはレイナに問いかける。作り笑顔で。


「な、なんなのよ」

 レイナの白い肌は益々白くなり、さらに青くなり、そして赤くなって──「なに、わけわかんない微笑み返してんのよ!」と咆哮した。



 ぐがががぁぁぁん!



 さらにレーザー攻撃。

 そしてステンレスのゴキ軍団による特攻が「六号」の車体を痛めつけていた。

 あたしはレイナのナマ脚に抱きつきながら「投降しよう」と提案した。


「捕虜にも人権は認められるわ」


「なに言ってんのぉ? 連中に通じる訳ないでしょう。ゴキブリなのよ!」


「……やっぱりゴキって認めてんじゃん。洒落たネームで呼んでも人間さまの言葉が通じない虫じゃん」


「ふつうの虫なら殺虫剤で殺せるわよ。出来ないから戦車で……そうよ、滑空砲撃ちまくりなさいよ──弾幕薄いよ、なにやってんの!」


 興奮してまくし立てる元ガノタ嬢に「戦いは非情さ」と大砲の引き金を引いてみせた。なんの音もしない。


「なに?」


「全弾撃ち尽くしたわ。もう出ません」


 赤かったレイナの肌が再び青白くなった。

 眼はうつろで、なんか「ファンネルは……サイコミュを……」と意味不明な妄想を呟いている。


「しっかりしなさい、この世界にはνガンダムもニュータイプもいないのよ。あんたの好きなピンク仮面もね」


「赤い彗星のシャアよ!」


「現実をみなさい」


「……おうちに帰ってガンプラ作らなきゃ。そうだ新製品を買わなきゃ。お小遣い足りるかしら……」


 いけない、これは重傷だわ。


 さらにレイナは天盤のハッチを開けて外へ出ようとしていた。


「こらこらこら、そこ開けたらゴキ軍団が入ってくるでしょうがッ!」


「もういやぁぁぁっ、おうちに帰るのぉぉぉっ」


 幼児後退か?

 いつもなら氷の微笑をたたえる冷静沈着なレイナは完全に壊れていた。


 あたしは暴れる下半身を抱きしめながら車長席へ連れ戻す。狭い車内で元JKふたりがプロレスよろしく激しい取っ組み合い。


「お姉さまたち、ケンカはだめぇー、やめてぇーッ」


 アリスにはケンカしているように見えるのか。

「この馬鹿を大人しくさせないとヤバいのよぉ」


「お姉さま、ここからならポイントに近いから信号弾を打ち上げれば……」


 レイナはあたしの頭をぽかぽか叩く。

「いたい、いたい、いたい、」


 その隙に──ぱかーんっ、ついにハッチを開けてしまった。天盤から外気が入り込んだ。

 あたしは死を覚悟した。




 あぁ、神様。

 次に転生するときは、もっと楽しく安らかに過ごせる世界がいいな……





 ……あれっ?





「生きてる」


 レイナが飛び出していった天盤は空いたままだ。

 あたしも馬鹿のあとを追って外に出た。


 なっ!?


 あたしたち「六号」の周囲はステンレスのゴキブリが覆い尽くしていた。

 覆い尽くしてはいるのだが、そのどれもが動きを停止している。

 いや、ひょっとすると突然飛びかかってくるとも限らないが今は何故だかその心配よりも──だれ?

 びっしり地を埋めるゴキ軍団の一部に、ぽっかり空間が空いていた。

 そこに一人の「大男」が立っている。身長は2メートルくらいだろうか。巨漢だ。お相撲さんかな。

 ぴっちり肉に食い込むスーツに蝶ネクタイ。オールバックの髪型。

 顔にはサングラスをかけていた。まん丸レンズのサングラスだ。




「スターウォーズにいたわよね」



 レイナは冷静さを取り戻したのか、昔見た映画のキャラを思い出したようだ。


「ジャバ・ザ・ハットね」


 あたしも冷静に答える。

 ジャバ・ザ・ハットが按摩師になった、そんな感じの大男だ。



「ははは、ひどいなあ。ちゃんとスーツで迎えに来たのに」



 喋った!

 いや、人間の姿はしているから人間とコミニケーション取れるのはわかる。

 っていうか──いま何て言った!?


「迎えに? あたしたちを?」


「そうさ、大原第三女子高の安西あんざい詩乃しのさんと鈴木すずき玲奈れいなさん」


「!?」


「探したよ。次元断層じげんだんそうの隙間に女子高生がふたりも落ちたから、うちのグループは大騒ぎさ。所長以下特別チームを編成してね。でも、ほらキミたち深海にいたからさ。探知するのに時間がかかってしまった。ここで動かずにいてくれたから特定出来たんだよ」


「あたしたち、元の世界に戻れるの?」


「そう言ってる」


 レイナはにんまり、これまでとは違う暖かい笑みを浮かべた。

 あたしは思わず彼女の手を取り、その場でぴょんぴょん跳ねた。こんなに嬉しいことがあるだろうか。

 諦めかけていた「あの、だらけた日々」へ戻れるなんて。


「お姉さまぁ、どうしたのぉ」


 車内からアリスが顔を覗かせた。

 そうだ。この子はどうなるんだ。


「そのお嬢さんは、こっちの世界の子だからね。安西詩乃さんの世界は逆に異世界になってしまう。当然、連れて行くことは出来ないよ」





 ……わたしも、お姉さまたちと同じ戦災孤児なんですぅ。




 あたしはレイナの顔を見つめた。

 どうやらレイナも同じ考えのようだ。氷の微笑に戻っていた。


「砲手へ、信号弾発射!」


「了解、車長さまっ!」



 ☆★☆★   ☆★☆★   ☆★☆★   ☆★☆★





 ──潜航ぉー、潜航ぉーッ!


 海軍サン特有のサイドパイプが高らかな音を発してから、艦内スピーカーはがなり立てた。

 超巨大潜水艦は、あたしたちの「六号」を回収して再び深海へと潜る。



 潜航ッ!



 そう、あたしもレイナも潜水艦おうちへ帰った。


 ポイントに待機していた友軍の強襲揚陸艇きょうしゅうようりくていから特殊部隊とくしゅぶたいのお兄さんたちが駆けつけてくれたのだ。

 ジャバ・ザ・ハットの大男はというと、あたしらの考えを知るとあっさり引き上げた。


 もっとも、「いつでも声をかけてよ、迎えにくるから」と約束してくれた。

 その日はいつだろうか。今じゃないことは確かだ。




「あぁん、アリス。そんなとこ舐めちゃだめぇ」



 レイナの声に、あたしはシャワールームを飛び出す。

 ちょっと目を離すとこれだ。


「あたしも混ぜなさいよ!」


 仲良し三人組の戦いはこれからも続くのだ。

 出来れば、今度の上陸はもっとゴキの少ないところがいいけどネ。

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パンツァーフォー 猫海士ゲル @debianman

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