第3話
俺は窓口の椅子に腰をかけながら封筒に入った書類に目を通していた。
令状の下ったミリーは今、出生に関する手続きをしており、離席している。その影響で俺たちの窓口は一時閉鎖。暇を持て余した俺は長官からもらった書類の中身を確認することにした。
長官が神妙な顔で言うから何かしらの悲報かと思っていたが、とんだ杞憂だった。
書類から目を離し、天井を見る。白を基調とした黒い斑点がついた壁。蛍光灯の二つあるうちの一つのランプが消えかかっている。もうそろそろ替えの時期だな。
初めてここに来てから一体何度ランプが交換されたことだろう。
五年の月日。二十四時間寝ずに働いていたから体感的にはもっと長い月日が経過していることだろう。長くもあっという間の五年間だったな。
俺は親ガチャを引くことなく、強制的に特別救済措置を取られ、輪廻転生課の窓口で働くこととなった。
前世では、有名大学、有名企業とその時代ではエリートコースを謳われていた道を歩んでいた。しかし、有名企業でいじめに遭い、極度のストレスが影響して鬱病を発症した。それがきっかけで記銘力が低下し、以前行っていた単純労働にシフトするほかなかった。それで人生に絶望した俺は自殺することを選んだのだ。
自殺した人間には輪廻転生の権利は与えられない。令状が下るまでは死庁で働き続けることが決められている。だが、俺にとってそれは不幸な出来事ではなく、幸福な出来事だった。もう苦しまずに済むと思ったからだ。
五年経った今もそれは変わらない。窓口に来る人間の多くは絶望した様子でやってくる。中には前世を満喫できたのか笑顔が絶えまない人間もいたが、それはごく少数だ。ただ、彼らはまるで何者かに乗っ取られたかのように再び来世へと足を運ぶ。俺にはその様に感銘を受け、畏敬の念を抱いていた。
俺には到底できそうにないことだ。たとえ乗っ取られたとしても、断じて来世に行くなんてことはさせない。あの世界は俺にとっては灼熱の炎を携えた地獄の世界なのだから。
「先輩……」
天井を仰ぎ見ているとミリーの声が聞こえてきた。顔を前へと向け、彼女を見る。いつもとは違い、窓口の外で彼女は俺を見ていた。表情にはやや不安が募っている。彼女もまた死庁に努めると決めたほど、前世に絶望した人間の一人なのだ。
「三年間お世話になりました」
「どうってことないさ。来世は良い未来が待っていると良いな」
「ですね」
ミリーは身を包み込むように右手で左肘を掴む。
「不安か?」
「そりゃ、前世は酷いものでしたから。不安にもなりますよ。来世も同じ目に遭うかもしれないと考えると身が震えます。ここで働いていた方が数倍マシです」
「心配するな。出生すれば、前世の記憶もここで働いていた記憶すらもなくなる。恐怖も全て忘れてしまうのだから新しい自分でゼロからの生活を楽しめるさ」
「それはそうですけど……行くまでが怖いんです。だから、その行くための勇気が欲しいので……一つだけ質問しても良いですか?」
「なんだ?」
「先輩って……私といて楽しかったりしましたか?」
「……何を言っているんだ」
「だって……先輩、私の令状見て、表情を固めてましたよね。それって、私がいなくなることに不満を抱いていたんじゃないかなって。どうですか?」
「いや、別に……」
ミリーは真剣な瞳で俺を見る。キラキラした紺碧の瞳に思わず視線を逸らす。ミリーに令状が下った時、少なからず心が揺れたのは確かだ。ただ、不満はなかった。こいつも新しい人生を歩む時が来たんだなと思ったくらいだ。
「強いて言えば、寂しい気持ちが芽生えたくらいだな。ほんの少しだが」
「最後の一言が余計ですよ。でも、そっか。寂しいと思ってもらえたんだ」
自分に言い聞かせるように小さな声で呟く。しかし、閑散とした窓口では彼女の声は俺にはっきりと聞こえた。ミリーは萎んだ口を広げると静かにハニカム。
「私も先輩といれて楽しかったですよ。来世は先輩みたいな人とお付き合いできることを願いたいな。みたいな人ですよ、みたいな」
「そんなに強調しなくて良い。お前が来世では幸せになることを願うよ」
「ふふっ。何だか来世に期待できそうな気がしました。流石は先輩、頼りになりますね」
「俺は別に大したことはしていないさ」
「またまた。謙遜するのはよくない癖ですよ。では、先輩。また会う時まで」
ミリーは俺に手を振ると後ろを向き、階段の方へと走っていった。俺は彼女に答えるように手を上げる。また会う時までか。その時が一体いつになるのやら……
最後に見たミリーの笑顔はとても綺麗だった。愛する恋人や家族がいれば、前世はもう少し楽しいものになっていたのだろうか。もし、来世があるとすれば、俺もミリーのような女性と付き合えることを願いたいな。
「お疲れ様です」
窓口の方を見つめていると、後ろから声が聞こえてきた。見ると、スーツ姿の霧下の姿が映る。長い間サラリーマンをしていたからかスーツ姿は彼にマッチしていた。
ミリーの代役として霧下がこの窓口で働くこととなった。
「準備はできたようだな。窓口が一つ締まっていると後が閊える。今この時間も何人もの人が輪廻転生窓口を訪れているからな。早速説明を始めていくぞ」
俺は再び仕事モードに切り替え、新しく入ってきた霧下に五年間のノウハウを教えることとした。この五年間のノウハウも一週間後には潰える。そのためにも、霧下にはしっかりと教えなければならない。
来世への想いに浸っている暇はない。
昇進が決まった俺に令状が下る確率はかなり低いものなのだから。
****
強い日差しが肌に突き刺さる。
空を見上げると雲ひとつない青一色の空に太陽が光り輝いていた。
見上げる際はいつも白い世界に小さな光がほんの少し照る情景が浮かぶ。これが何を指すのかは全くわからない。
「はじめまして。あなたが神埼 夢明(かんざき むめい)さんですか?」
公園の背もたれに背を預けていると目の前に見知らぬ女性がやってくる。
金髪ロングに紺碧の瞳。白のワンピース姿と麦わら帽子はとても彼女にマッチしていた。
「えっと……」
「江波 ミリー(えなみ みりー)です」
「ミリーさんでしたか」
彼女の名前を聞き、俺はようやく理解した。
マッチングアプリで仲良くなり、ずっとお話をしていた女性だ。フランスと日本のハーフのため金髪は天然のものだろう。こうして会って初めて彼女の顔を知ることができた。そのため、まさか自分がこんなに美人の人と会話しているとは思いもしなかった。
「それにしても、よく俺ってわかりましたね」
彼女も俺と同様に、ここで会って初めて俺の顔を認知したはずだ。それにも関わらず、俺を当てることができたのは一体何故だろうか。
「何となくです。何だかとても親近感のある人がいるなと思って。初対面なのに変ですね」
ミリーさんは朗らかに笑う。俺も彼女につられて頬を緩めた。
「では、行きましょうか」
今日はミリーさんと初めてのデートだ。
彼女との交際がうまく行くことを願う。彼女と会って、俺の人生に春が訪れた気がした。
【短編】親ガチャリセットマラソン 結城 刹那 @Saikyo-braster7
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