第2話
「最後の出生を受けられましたので、霧下様には『出生を受ける』か『特別救済措置を受ける』かどちらかを選択していただく形になりますが、いかがいたしましょう?」
結局残り三回のチャンスを全て使い切った彼は最後の手続きに臨んでいた。これで結果がどうであれ、彼の手続きは終了。ようやく一人分の仕事が片付いたことに安堵を覚えた。
「あの……特別救済措置とは具体的に何なのでしょうか?」
「特別救済措置についてですね。特別救済措置は『出生の放棄をする』という措置になります。出生をしない代わりに我々と同じく死庁の職員として働くことになります。霧下様は最後の親ガチャを行いましたので、特別救済措置を受ける権利を有しました」
「ここで働くですか……ここの仕事って楽だったりしますか?」
「まあ、楽といえば楽ですかね。楽すぎて逆に困っちゃうくらいです」
「そうなんですね。では、特別救済措置を受ける方を選択しようと思います」
「特別救済措置の方ですね。かしこまりました。では、出生は放棄し、死庁への加入をいたしますので、こちらの書類に必要事項をお書きください」
ミリーは後ろにあった書類を取り出すと、彼に差し出す。彼は横に立てられたペンケースからペンを取ると書類に必要事項を記載し始めた。
俺はミリーの肩を叩くと席を立つ。ミリーは不意に肩を叩かれ、ピクンと体を動かす。恥ずかしかったのか目を尖らせ、睨むようにこちらを見る。
別に驚かそうとして肩を掴んだわけではない。
親指を立て、後ろを指差す。そこでミリーは俺が何をしたかったのかを理解し、目を丸くすると親指と人差し指で丸を作った。
彼女の了承を得たところで俺は奥の方へと足を運び、窓口を後にした。
霧下さんが特別救済措置の選択を行ったことで、俺は長官のもとへ行く必要が出てきた。特別救済措置には俺たち死庁の職員側にも関わってくるものだ。
霧下が死庁の職員になることで死庁の職員の誰かが霧下の代わりに最後の出生先へと赴く必要がある。特別救済措置というのは一見して生前世界を生き疲れたものにとってはオアシス的な存在であるように思えるが、そうではない。
最後の出生先を選択しないというのは、大体の確率で親ガチャの失敗が見えているからこそ放棄するのだ。それの代わりになるということはここにいる職員は高確率で不幸な道を辿ることになる。
特別救済措置はあくまで定められた期間の安寧に過ぎないのだ。
俺はエレベータを使って最上階へと赴く。廊下を歩き、『長官室』と書かれた部屋の扉を二回ノックした。
「入って、構わんよ」
部屋の中から聞こえた男性の声に従って、扉を開ける。
「失礼いたします」
中に入ると赤を基調としたペルシャ絨毯が一室に広がっていた。天井を見るとシャンデリアの光が綺麗に輝いている。奥の方には横長の机が置かれ、そこで男性が一人椅子に座って書類を眺めていた。
白髪の混じった髪をオールバックにした中年の男性。目はおっとりしており、優しい性格が垣間見える。頬の表情筋が上がっている様は幼い頃からよく笑っていたのが伺える。
死庁の庁長官、シン庁長官が俺を迎え入れてくれた。
「どうかしたかね?」
「来所者である霧下 友久様から特別救済措置の申請がありましたので、ご連絡を」
「そうか。最近は特別救済措置を取る人間が多いな」
長官は俺の話を聞くと、引き出しから一枚の紙を取り出した。
「令状だ。もう五年ほどはやっていることだから説明は不要で良いね」
俺は長官に対して頷くと、彼の持った令状を受け取る。その内容を覗くと眉を潜めた。
「そういえば、ちょうど良い時に来てくれた。君に渡さなければいけない書類があってね。これも渡しておこう」
再び視線を長官の方へ向けると、彼はA4の用紙サイズの封筒を持っていた。表紙には『ムメイ様』と俺の名前が記されていた。
「こちらは何でしょうか?」
「詳細は中身を見てくれれば分かる。君もここに来て五年の月日が経つのでな。当然の処置だよ」
「はあ」
封筒をもう一瞥する。長官の言い様からしてあまり良い報告ではなさそうだ。
長官とのやりとりを終えたので、俺は彼に一礼し、長官室を後にした。エレベータを使い再び一階へと辿り着き、輪廻転生課の窓口へと戻る。
「どうでしたか? もしかして、ムメイ先輩が選ばれちゃいましたか。残念でしたね!」
戻るとミリーがニヤニヤしながら俺の方を覗いていた。俺が訝しげな表情をしていたので、俺に令状が下ったと思っているようだ。
「霧下は?」
「手続きが終わったので、総務課のところに行きました。それにしても、霧下さんはかわいそうですね。せっかくの旧帝大卒のエリートなのにこんな所で機械的な事務をさせられるだなんて」
死庁は基本的に事務的な仕事しかない。俺たちの持つ幽体は基本的に疲労を感じたりはしない。そのため機械のように二十四時間フルで働き続けることを余儀なくされている。ずーっと同じ作業を悶々と続けるのはある種の才能が必要だ。
ここにいる職員の大多数もルーティーンワークに嫌気が指し、死んだ目をしながら働いている。まあ、実際に死んでいるのだから死んだ目もクソもないのだが。
特にエリートなど知的労働を得意とするものにとっては苦痛を強いられることだろう。
それを思ってミリーは彼に対して哀れみの声をあげていたのかもしれない。
「まあ、私は楽しくやれていますけど。きっと先輩と一緒だからかもしれませんが。霧下さんが隣だったら、絶対嫌ですもん」
「そうか。それは残念だったな」
「残念って、先輩は私と一緒は嫌なんですか?」
「そういうことを言っているんじゃないさ、ほらよ」
俺は自分の席に座ると持っていた令状をミリーへと見せる。
ミリーは令状に視線を向けると少ししたのちに目を大きくし、俺を見た。唇を震わせながら近くにいるはずの俺に向けて大声をあげた。
「私が出生ですか!!」
令状にはミリーの名前が記されていたのだ。
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