【短編】親ガチャリセットマラソン

結城 刹那

第1話

「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。


 だが、すぐに我に帰ると再びキリッとした声で目の前にいる彼を案内する。


「では、いつもの通り、二階の『意識仮注入室』へとお行きください」


 彼女の案内に彼は頷くと横へ逸れ、階段の方へと歩いていった。彼の表情は終始青ざめており、彼女の話を聞いていたのかすら怪しい様子であった。まあ、そのおかげか彼女の楽しげな声に反応しなかったのは、こちらとしてはありがたい。


「ふー、危ない危ない」


 俺の横に座る彼女は冷や汗を掻いたのか、額をYシャツの袖で拭う。

 金色の華やかな髪をポニーテールに結び、職員らしくスーツを綺麗に着飾っている。紺碧の瞳は綺麗に輝き、彼女の雰囲気を活気づけている。


「まったく。性格の悪い女だな」

「仕方がないじゃないですか。他人の不幸は蜜の味ですもの」

「だからと言って、楽しさを表面に出すのはやめてくれ。リセットする来所者の前ではなるべく同情するような表情は見せておけよ。ペテンでも構わないから」


 俺は先輩らしく後輩であるミリーに教示すると、持っていたクリップボードで彼女の頭を優しく叩く。「ムメイ先輩、痛いです。パワハラですよ」と口を尖らせて彼女は言う。イラついたので、今度は少し強めに叩く。彼女は頭を押さえ、痛そうな振る舞いを見せた。いい気味だ。


 叩いたボードを自分の膝に置くとクリップに留められた履歴書に目を通す。履歴書には先ほどの来所者の情報が連なっていた。


 前世名:霧下 和親(きりした かずちか)

 享年四十二歳。死因は過労死。

 教育熱心な家庭に育てられ、旧帝大に合格。その後、労働規約違反のブラック企業に入社してしまい、毎日十六時間の勤務を余儀なくされる。家庭を持っていたため、退職することもできず、四十二歳まで勤務を続けたが、疲労の蓄積・精神的ストレスにより心筋梗塞を発症し、死亡。


 履歴の情報を要約するとこんな感じだ。これでは、来世の出生場所を検討するのは無理もない。しかし、彼の境遇からすれば、出生後の影響が大きい。出生前にいくら検討したところで安寧な生活を送れるとは限らないだろう。


「あの人、無事に出生できそうですかね?」

「どうだろうな。あの状況から鑑みると残り三回のチャンスを使い切ってから決めそうだ」

「でも、残り一回を使って、悲惨な家庭に当たったら最悪ですね。リセットはできますけど、後戻りはできないですから」


「その場合は覚悟を決めるだろう。九回も選んでお目当てのものを引けなかったのなら、自分は運が悪かったと諦めがつく。それに最後の一回を引いても納得ができなければ、特別救済措置があるのだから問題はない」

「それもそうですね。まあ、私としては特別救済措置を使われるのは困るんですけど。あ、次の来所者が来ました」


 彼女の言葉に反応して顔を前に向ける。見ると『生前の世界』から『死後の世界』の転移先に十代くらいの幼い少女の姿があった。彼女はオドオドしながら中の様子を見回している。俺たちは椅子から立ち上がると彼女を招くように挨拶をした。


「「輪廻転生課窓口へようこそ」」


 ****

 

 死庁輪廻転生課窓口。生前の世界で死んだ者が来る前世と来世を繋ぐ場所。

 窓口へとやってくる来所者は主に二つの種類に分けられる。


 一つは新規来所者。

 生前世界で死に、初めて輪廻転生課へとやってくる人に付けられる名前だ。俺たちの担当している日本支部では、毎日約三千人の新規来所者がやってくる。窓口は全部で十個のため一日三百人を捌かなければならないのは、かなり骨の折れる作業だ。


 そして、もう一つは回帰来所者。

 輪廻転生課で手続きを終え、来世の案内をされた来所者には一つだけ権利が与えられる。それが『親ガチャリセットマラソン』だ。来世の出生先はランダムで決められる。来所者は出生先の妊婦の中で生まれるまで過ごすことになる。しかし、一ヶ月ごとに出生先の選択をすることができる。胎児として妊婦の外界の様子を観察して、出生先に納得できなければ変えることができるのだ。


 ただ、親ガチャリセットマラソンには制限がある。来所者の出生先は案内された段階でここ一週間以内に妊娠した妊婦を一団体とし、その中からランダムで選ばれる。それは切り替えてからも変わらない。


 妊娠してから出産するまでの期間は平均して九ヶ月。つまり、リセットできるのは九回が限度となっている。加えて一度変えた出生先は再び引かない限り戻ることはできない。そのため九回目のリセットでは、そこが必ず出生先となる。ただ一つ例外を除いてだが。


 俺が輪廻転生課窓口に来てから約五年の時が過ぎた。五年の過程で俺は面白い傾向があることに気がついた。輪廻転生の数が多ければ多くなるほど、ガチャのリセット数はどんどん減っていくのだ。


 やはり、親ガチャなんて言葉は所詮、結果論でしかないのだろう。


 生まれる前は誰しも幸せを抱いて出産している。しかし、子育ての大変さを知り、余裕を失ってしまったことで子供に対してきつくあたり、子供から「親ガチャに失敗した」なんてレッテルを張られてしまうのだ。


 みんな誰しも失敗前提で子育てをするわけではない。愛情を与えようと必死に努力をしてきたはずだ。優しく接し、危ないことをすれば説教し、よくできたら褒め、時にはおやつやお金といった褒美を与える。


 しかし、人と人は決して分かり合えない。親にとっての愛情を鬱陶しく感じてしまうことは多々ある。だが不幸なことに、転生回数が少ない人間はそれを理解できない。金持ちの家に生まれれば幸せになれる。優しい人の家に生まれれば幸せになれる。そんな幻想を抱いて、必死にリセマラを行い続ける。幸せになれるかどうかは出生後の確率論で決まるとも知らずに。


 とはいえ、こればかりは経験するしかない。みんな薄々気づいているのかもしれないが、希望を捨てることはできないのだろう。幾度となく繰り返し、ようやく諦めがついて初めて希望を捨てることができる。

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