第66話 バッドエンド
「……このっ!」
現れた黒い人型に魔導銃を撃ち込む。
闇が散り霧のようになるが、また人型に戻る。
「下がってください、仮面の人! マッチ替わり!」
そこに撃ち込まれる光の精霊の光線。
だが、光の精霊の攻撃でも結果は同じだ。
消滅した闇はまたどこからか集まり、元の姿に戻る。
そして、厄介なのはその無限の生命力だけではない。
「くっ……!」
人型の闇が迫り、私に手を伸ばしてくる。
その手は私をつかもうとし、偶然なのかアオイの柔道の組手争いに近い。
その動きは早く、私の袖をつかまれる。
そして、服に闇が浸食してくる。
「……ちっ!」
服を強く引っ張り、服を千切る事でそこから逃れる。
そして闇は私の服……認識阻害前の制服の袖に入り込んでいき、闇の容量に耐えきれないのか、服はそのまま闇に飲み込まれて消えていく。
「みんな、お願い!」
呼び出した精霊で一斉攻撃する勇者。
だが、炎の精霊の業火も、風の精霊の烈風も、水の精霊の水刃も、すべてが闇に飲み込まれる。
そして、土の精霊の無数の岩棘は私の制服と同じ末路を辿る。
闇が岩棘に入り込んでいき、そこから徐々に闇が漏れ出してきて、そのまま消滅していく。
(これは……)
攻撃手段だけを見ると、触れたものを破壊するタイプの攻撃に見えるだろう。
だが、これは違う。
おそらく、魔王の武具に宿っていた闇が、行き場を失っているだけ。
放たれた闇が何かに宿ろうとするが、さっきの岩棘も、私の服も、それに耐えられずに消滅しているのだ。
しかも、この闇は根源となるもの、核ともいうべきなにかがあるのだろう。
散らしてもすぐに復活する。
「それで、どうしますか?」
勇者もこのままでは埒が明かないと悟ったのか、私に指示を求めてくる。
「何かに宿らせて貴女の精霊の矢で撃つ、これしかないでしょうね」
「私も同意見です。だけど……」
勇者も気付いているのか、言葉を濁す。
そう、問題は憑依する先なのだ。
私の服はともかく、土の精霊が放った岩棘でもあの闇を宿すことができなかったのだ。
そしてこれは、さらなる大きな岩という問題ではない。
(あれはもう、魔王そのもの……)
魔王の存在を、魔王復活の儀式を知る『私たち』には分かる。
あれは魔王の武具に宿っていた魔王の力そのものだ。
『器』を失った魔王の力は無限に広がり、世界を飲み込んでいく。
そして、世界は消滅する……私が、アオイがなんども見た忌々しい結末。
――そう、『バットエンド』だ。
(回避する方法は……方法は……)
なんとか頭の中で思考を巡らす。
魔王の器である、レムリア・ルーゼンシュタインであるアオイに、あの力を宿らす。
……いや、あの子はガントレットの魔王の武具を扱いきれていないように感じた。
宿すことはできるかもしれないが、むしろ闇の暴走が加速する可能性が高い。
おそらくそれが、魔王の武具というものが存在する理由だろう。
器、そして3つの武具が均衡をとっている。
そして、均衡が壊れ、力のみが残ったのが魔王……いや、『バッドエンド』なのだろう。
(アオイにあの力を宿らすのは、むしろ自体が悪化する。ならば……!)
「……宿ス器ハ、ココニアル」
「え……?」
私の横を巨大な影が通り抜けていく。
それは、ついさっきまで殺しあっていた影。
「幽鎧帝!?」
巨大な鎧騎士がその体に闇を宿す。
幽鎧帝もまた、何かに宿る怨念や闇そのもの。
その姿を形成していたあの鎧もまた、魔王の武具と似たような形で作られているのだろう。
……だが。
「クッ……!」
あまりの巨大な闇の前に、鎧にヒビが入り、胸の装甲がはじけ飛ぶ。
漏れ出した闇は、幽鎧帝をも呑み込もうとする。
「無駄よ! やめなさい!」
「……無駄じゃない」
砕けた胸の装甲から、聞きなれた声がする。
「グ、グリム……!?」
鎧の中に入り込んでいたグリム。
そして、溢れた闇はグリムに入り込んでいく。
「……ぅぐっ!」
闇はグリムの体の中をヘビのように蠢く。
黒い血管の様に体の表面にも表れており、目の色すらも闇に染まり始める。
「……長くはもたない」
「早ク、アノ巨大ナ光ヲ放テ……!」
「……!?」
その言葉で、私は結末を察する。
幽鎧帝は、おそらく魔王と同種の闇。
それを宿せたグリムもまた、ある意味で魔王の器に近い存在。
だから、一時的だがあの魔王の力を完全に宿すことはできるだろう。
そして、その瞬間は力の弱い魔王。
精霊の矢で打ち抜けば、四散する前に消滅するだろう。
……『器』もろとも。
「……これは、私が今やるべきこと」
「……え?」
悩む私に話してくるグリム。
「……私は生きるだけ生きた。自分勝手なこともして、みんなに迷惑をかけた……」
悲しそうに、そして笑いながらグリムは話す。
「……やるべきことも、やりたいことも……償わなきゃいけないこともある。でも……」
そして、強い目で私を見る。
今まで見たことない、強い意思と決意を宿した目で。
「これは、私がやるべきだから……!」
「…………」
その目を私は正面から見る。
目を逸らすことは許されない。
これは、私の決断だ。
「……精霊の矢を構えて」
「で、でも……」
「……早くっ!」
「……わかりました」
精霊の矢を構える勇者。
おそらく勇者も察している。
これを放たないと世界がどうなるか、そして放ったらどうなるか。
「え……?」
「……ごめんなさい。ただの自己満足をさせて」
私は精霊の矢を構える勇者の手を取る。
少しでも、あの子たちの犠牲を自分の罪にするために。
「……ありがとう」
私を見て、微笑むグリム
「……撃ちなさい!」
「はいっ!」
放たれる精霊の矢。
その巨大な光はグリムを飲み込んでいく。
私は目を逸らさない。
ただその光景を見ている。
「……えっ!?」
……まさに、巨大な光に飲み込まれる闇に、見慣れた姿が飛び込んでいく光景を。
「嘘…………」
闇に飛び込むひとりの少女。
忘れるわけはない。
見間違えるわけもない。
だってそれは……
「……アオイィィィィィ!」
……もうひとりの『私』だったのだから。
二人の『私』のグッドエンド奮闘記!~女子高生の私が魔王覚醒系の悪役令嬢と入れ替わってしまったので、私(悪役令嬢)と一緒に世界崩壊エンド回避の為に頑張ります~ イチロウ @15madoloxtuku59
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