第65話 深淵

「くああぁぁああああああ~~~~!!!!」


 巨大な光に飲み込まれていく黒い少女。

 その光の前には、魔王の武具が発する闇だろうと関係ない。

 ただ、光の中に消えるのみ。


「死んで……たまるかぁぁあああ~~~!!」


 だが少女は、魔王の武具と思われるガントレットから膨大な闇が発される。

 闇は巨大な手となり、一瞬とはいえ光を受け止める。


「私は! 私はまだぁ~~~!」


 おそらくあれが、あの少女の切り札。

 少し見ただけでも、接近で使われたら絶対回避不能なのが分かるし、今のように防御にも使える。

 あれを早くに使われていたら、負けていたかもしれない。


「……なっ!?」


 だが、結果に『もしも』はない。

 魔王の武具は砕け散り、闇が急激に消えていく。


「わ、私はまだ……この世界を、こんな世界を……レムリア様をぉ…………」


 ――そして、精霊の矢はすべてを飲み込んでいった。


 巨大な光が徐々に消えていく。

 壁に空いている大穴から、その威力がよく分かる。


 黒い少女が居た場所には、魔王の武具の残骸が散らばっており、精霊の矢を受け止めた際の反動によって抉れた箇所が『少しだけ』残っていた。


(……なるほどね)

「無事ですか?」


 状況を整理していた私に手を差し伸べてくる勇者。


「ええ、問題ないわ」


 勇者の手を放っておき、その場に立ち上がる。

 魔力消費による体への反動は大きいが、まだ魔力を使うことはできる。

 それに、魔王によって得た私の魔力は無尽蔵だし、戦えないことはないだろう。


「……共闘は終わったし、私たちの戦いを始めましょうか」


 魔導銃を手に取り、構えを取る。


「そういう格好いいセリフは、おっぱい隠してから言った方がいいですよ」


 だがそんな私に、勇者は制服の上着を私に投げ渡す。


(そういえば、あの黒い少女……いえ、あの子の虚を突くために上着を破ったんだっけ)


 晒されている、おっぱ……胸部を見ながら心の中で呟く。


 認識阻害の魔法は、今着ている服や顔などを対象に『虚像を上書きする』もの。

 顔を殴られて大きく形が変貌すれば認識阻害は剥がれるし、今回のように服が破られれば、その下のもの、つまりは裸体が晒される。


「私もそういうのあんまり気にならない方ですが、さすがに隠した方がいいと思います」

「以外ね。さっきの戦いで戦闘狂の節があったし、そういうの気にしないタイプかと思ってたわ」

「戦闘狂については異議を申し立てますが、あんまり気にしないタイプというのは肯定します。でも昔、下着を履いていなかったら大事な人に怒られたので、それ以来改めているんです」

「……『大事な人』、ね」


 この大事な人は、十中八九アオイだろう。

 そして、アオイと勇者の関係から考えそういう呼び方になるだろうが、なんだかイラっとくる。

 そして、そんなイラっとくる状況だと気遣いに応えたくなくなるというのが人情。

 それに私は、私……アオイの体は美しいと思っているし、男性ならともかく女性である勇者に見られるのは問題ないと思っている。

 このあと戦闘になるなら、このままでも……


「…………」

「チラチラ見てくるけど、何?」

「……あなたのおっぱいを見てたら、なんかドキドキしまして。正直、あなたはなんか嫌いなんですが、空気というか、雰囲気が私の大事な人に似ているせいかもですね」

「……色ボケしてんじゃないわよ」


 前言撤回。

 アオイの体は、勇者には絶対に見せない。

 今後はふたり一緒にお風呂も禁止にする。

 そう決めながら上着を着て、認識阻害の魔法をかけ直す。


「それで、戦いは……」


 私が声をかけようとした瞬間、あの少女が居た場所から『何か』を感じる。


「……気をつけなさい。まだ何かいるわ」


 辺りが揺れ始め、魔力にも似た、強い力が徐々に強くなっていく。

 それに呼応するかのように、魔王の武具の破片が浮き始め、闇を放ち始める。

 そして闇は、徐々に形となっていく。


「……第2ラウンド開始、ですね」


 復元された魔王の武具を装着した人型の黒い闇。

 その闇を見据えながら、勇者はそう言った。

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