第64話 ヒロインと悪役令嬢
「ふひっ、ふひひひひ! そっちの勇者も、私を攻撃しましたね? しましたよねぇ? そんな悪い人はぁ……何されても文句いえないよねぇ!」
体全体から、闇を発する少女。
闇は集合し、巨大な触手のように動き出す。
あれの一撃を喰らったら、無事では済まないだろう。
(だけど、少しずつあの女の能力と、基本の攻撃方法が見えてきたわね)
理解不能な言動と行動に惑わされたが、冷静になったおかげで色々と分かってきた。
まず、基本の攻撃はあの『闇そのもの』だ。
特性は幽鎧帝と影形態と同じで、闇に敵を捕らえて圧し潰す、もしくは闇を剣の形などに実体化させての物理攻撃。
もちろん、障壁として防御にも使えるし、飛び道具としても使えるだろう。
例えるなら、自由に操作できる質量を持った霧といったところか。
圧倒的な手数の攻撃にも、一点集中での攻撃にも対応。
しかも、防御にも使える。
認めたくはないが、私の戦闘スタイルの上位互換だ。
「勇者。さっきの光の攻撃はどれくらい撃てる?」
「もう元気になったので、100発以上は撃てるんじゃないでしょうか」
「……」
……この化け物め。
だから、『ゲームの私』は負けるのだろう。
「……って、ちょっと何をしているの!?」
気がつくと、アオイを風の精霊が風で持ち上げて遠くへ連れていっていた。
「近くにいては危ないので、シルフで遠くに。あとで、畑耕し君で周辺に土の障壁を作ります」
「そう、それは感謝しておくわ」
「感謝の必要はありません。個人的に、なんだかあの人はすごく気になるというか、話しても戦っても感情がごちゃごちゃになるので、死なれのはとっても嫌です」
「……」
この子にしては珍しく、感情をストレートに表現してくる。
いつもはもっとこう、掴みどころがない感じなのだが。
「あと、聞きたいことや確かめたいこととか、色々とありますし」
「……内容によっては、私は今すぐ貴女の敵になるわよ?」
「別に変なことはしません。なんであの人相手だと、この子たちが攻撃するのを嫌がるのを聞きたいんです」
そう言いながら、後ろの精霊たちを見る。
私には、分かりやすく人型の水と風以外の精霊の表情は分からないが、たぶんやり辛そうにしているのだろう。
「まあ、それぐらいなら……」
「あと、なんか放っておけないというか、そばにいたくなるので、家に連れ帰って厚生させます。あの人、うちの院長も絶対気に入るでしょうし。新しい家族になるかもですね」
「……ねえ、今すぐそのお花畑な頭をぶち抜いていいかしら?」
この子は、一応ゲームでは私のライバルだし、芯が強く嫌いなタイプじゃないことも分かっている。
それに、私が再現した醤油の素晴らしさに気づく慧眼の持ち主と思って買っていた。
だが、屋敷でアオイをいきなり脱がしたり抱きついたりしてきた辺りから、もう遠慮する気がないとばかりにスキンシップが過激になってきて、評価が変わってきている。
はっきり言って、あの子が影響されそうで油断ならない。
別に、妬ましいとかではない。
「私のこと見ないとかぁ、寂しくなっちゃうんですけどぉ~!」
そう言いながら、闇をこちらに向けて放ってくる少女。
すぐに魔導銃で迎撃するが、1発では闇を払うことはできない。
「……くっ!」
続けて、2発、3発と打ち込みようやく闇の進行が止まる。
どうやら、あの闇の防御はかなり高い。
「勇者! あの攻撃に注意を……」
「ランプ替わり!」
巨大化した光の精霊から放たれる光線。
闇を簡単に貫き、あの少女に直撃する。
「……ホントにウザイっ!!」
さすがに一撃であの闇を貫くことはできないようだが、かなり効果がある。
というかなんだあの光線。
魔法の域を軽く超えていて、地球で見たアニメに出てくるビーム砲みたいなのだが。
これより上の精霊の矢とか、もうそれ宇宙戦艦とかの主砲レベルなんじゃないか?
「……化け物みたいな目で見てきますけど、私、あなたたちの長? のあの人に、手も足も出ないで負けてますので」
「……え?」
「なんでか分かりませんが、あの黒い人相手だとこの子たちやる気になるから、いつもよりかなり強力ですが、私の技術は変わらずです。接近戦とか挑まれたら、瞬殺されると思います」
「……なっ!? 貴女、何を!」
「本当に弱点だったんだねぇ……。いいこと聞いちゃったぁ~♪」
バレた瞬間に、勇者に対する闇による集中攻撃を仕掛ける少女。
しかも、手数を増やしての全方位からの攻撃だ。
その攻撃を前に勇者は、正面への対応はできているが、後ろからの攻撃に反応できていない。
「……あ~もう! このお馬鹿は!」
魔力で剣を作り、勇者に迫る闇を切り裂く。
私が守らなかったら、この子は確実に闇に喰われていただろう。
「おや、中々やりますね」
「それは、守られたときに言うセリフじゃないでしょう!」
アオイがよく、『どうもエミルは調子狂わされちゃうんですよね~』と言っていたが、よく分かった。
「うふふ~、粘ってますけどぉ、闇は無限なんですよねぇぇ~!!」
先程よりも巨大な闇を放つ少女。
闇はまた霧のように広がっていく。
その深さから、無限というのは嘘ではないだろう。
「勇者! 正面は任せたわよ!」
「エミルです!」
互いに背中合わせで正面のみの闇に集中する。
このままでは攻撃できず、体力が尽きた瞬間にいずれ倒される。
(突破する方法は、あるにはある……)
あの少女が操る闇は、はっきり言って弱点はない。
だが、こちらにはあの闇を払う力を持つ人間がふたりいる。
これだけ戦力があれば、さすがに突破口はある。
だが、今仕掛けるには懸念点がある。
それは、あの少女が未だにアポカリプスを使ってこないことだ。
(……アポカリプスは、魔王の武具を手に入れる前のアオイも使えていたのだから、魔王候補の基礎能力のようなもの。必ず使えるはず)
今アポカリプスを使われたら、形勢がかなり不利になる。
ブラックホールタイプのアポカリプスを四方に設置されたら、私はともかく勇者は闇の中に引きずり込まれて終わりだ。
使えるのに使ってこない。
ということは、こちらが仕掛けるのを誘っている、つまりは罠の可能性が極めて高い。
かといって、このままでは……
「……それで、私はどうしたらいいですか?」
「え……?」
「何か策があるんでしょう? だったらそれをやりましょう」
勇者の意外な言葉に驚く。
だが、その強い目から考えるに、なんとなく発したものではなく、私が策を持っていると分かっていたようだ。
「なんで私に策があると?」
「あなたがあっちの人を連れて逃げていないからです。やろうと思えば勝てるから、逃げてないのでしょう?」
そう言いながら、岩に守られているあの子の方を見る勇者。
(……まったく。ゲームでは、ヴラムやスコールが夢中になる理由も分かるわね)
本当に、イラっとくるぐらい、こちらを、そして心を理解してくる。
さすが、乙女ゲーム『闇と光が交わる時の中で』の主人公というべきか。
「策は簡単。私に合わせて攻撃しなさい。敵を殺す覚悟があるならね」
「安心してください。私、勇者なんて呼ばれてますけど、誰かを守るためなら迷わないタイプですので」
「上等。行くわよ!」
そして私は、魔力の剣で闇を切りながら突っ込む。
「えっ……!?」
少女にとって、接近戦で痛い目をみた私が突っ込んでくるのは意外だったのだろう。
虚を突かれる形になり対応が遅れつつも、すぐに攻撃対象を私のみに切り替える。
「ランプ替わり!」
一度に複数の光線を放つ光の精霊。
広範囲に放つことで、私が闇に囲まれるのを防ぐ。
「言ったでしょう? 闇は無限なんですよぉ!」
少女はさらなる闇を放ってくるが、こちらも想定内だ。
「カルトヘルツィヒ!」
工房に命令を送り、魔力攻撃特化の換装が終わったカルトヘルツィヒを召喚。
闇に向かって魔力をまとった弾丸ではなく、魔導銃同様に魔力そのものを放つ。
さらに、もうひとつの奥の手、地球で存在を知り練習はしておいた魔力の剣による二刀流。
出し惜しみなしの全力攻撃で、ついにあの少女周辺の闇が全て払われる。
「さすがですねぇ! でもでもぉ、何度も言わせないでくださいよぉ。闇はむげっ……!?」
少女がまた闇を呼び出す前に、無防備になった少女の前に手榴弾を転移。
そして手榴弾が轟音とともに爆発する。
(この機は逃さない!)
そのまま接近し、噴煙で見えない少女を二刀流で切り裂く。
手応えはあったし、確実に切り裂いたのも分かる。
だが……
「こんなに近くまで来るなんてぇ……また私と一緒に、闇に抱かれたいんですかぁ~~!!」
噴煙を晴らしながら伸びてきた、血だらけの手が私の肩を掴む。
そして、体から、頭から、体中から血を流しつつ、笑いながら私に顔を寄せてくる。
あの忌まわしい闇とともに。
(…………くっ!?)
また、私の中に生まれる恐怖。
この闇がトラウマになっているのか、この闇が根源的な人間の恐怖を煽るのか、どちらかは分からない。
「何度でも……何度でも何度でもしてあげますよぉ! 癖になるまで、闇の快楽に取り込まれるまでねぇぇぇえ~~~~!!!!」
狂ったように叫ぶ少女。
「……貴女に抱かれるのは、二度と御免よ」
だが、私は少女の狂気に付き合うつもりも、二度と闇に抱かれる気もない。
何故ならば……
「やりなさい、勇者!」
「エミルです!」
狂気も、闇を、全てを照らす強力な光があるから。
「しまっ……!?」
「行きなさい! 精霊の矢!」
放たれる虹色の光の矢!
「だ、だけどぉ! これならあなたも道連れですねぇ!」
私を掴む力を強める少女。
「貴女こそ、何度も言わせないでちょうだい。貴女に抱かれるのは二度と御免よ」
そして私は、自分の服の胸元を破る。
対象を失うことで、服の認識阻害が解除され、肌が露出される。
……私が胸元に仕込んでいた手榴弾とともに。
「今から魔法障壁を張っても間に合わないわね!」
「お、お前ぇぇぇぇええ~~~!!!!」
大爆発する手榴弾。
そして、爆発によって、私と少女は吹き飛ばされる。
特に、直前に衝撃魔法で防御している私と違って、爆発の直撃を受けた少女は完全に体勢が崩れている。
あれならば、今から転移魔法を使うこともできないだろう。
そして、爆発によって飛ばされ、地面に倒れている私の上を精霊の矢である、巨大な光の塊が通過していく。
「くああぁぁああああああ~~~~!!!!」
そして巨大な光の塊は、闇も、黒い少女も、全てを呑み込んでいった。
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