第63話 狂気

 闇の繭から現れた少女。

 おそらく、魔王候補が闇の繭の中に転移し、そのまま繭の力……魔王の武具の力をまとったのだろう。

 アオイの魔王モードのようなものだ。


(つまりこの女の力は、少なく見積もってもヤサクニを纏ったアオイと同じということね)


 まずは相手を観察する。

 どちらかというと小柄な少女で、年は私より少し下ぐらいか。

 服装は、『レムリア・ルーゼンシュタイン』が本来着るマントにレオタード系の衣装とガントレットなどの一部鎧パーツを付けたもの……いや、よく見るとアレンジされている。

 マントはそのままだが、鎧と布地がギリギリまで減っており、右手のガントレットだけが別の、武装の付いた大きいものになっている。


 他に目立つのは、体中に浮き出ている大量の魔紋。

 魔紋は、魔力が弱すぎる人間をサポートするための技術であり、体にその紋章を施すと、体に魔力を循環するのを手助けし、最低限の魔力持ちと同じ強さを得られる。

 魔力があまりにも少ない者への救済として研究されたが、身体への負担が大きく、最悪、死に至る場合もあることが分かり、禁忌とされた技術。


 そこから察するに、この少女は強力な魔法使いではない。

 使えたとしても、先程の初歩の風魔法と、何かの方法で使っている転移魔法。

 魔法はそれぐらいで、基本はアポカリプスなどの魔王の力を使ってくるだろう。


(戦闘スタイルの分析は、大きく間違ってはいないはず。だけど、危険なのはあの右手のガントレット……)


 右手のガントレットから発せられている威圧感……おそらく、あれがふたつめの魔王の武具だろう。

 アオイのヤサクニは魔王の力全体の増幅だったが、3つに分けているのに同じ効果という可能性は低い。

 おそらく、何か別の力を宿している。


(……まずは、どんな攻撃手段を持つか見させてもらうわ!)


 まずは牽制と、相手の出方を見るために、マジックテンペストを放つ。


「……へえ?」


 大量のマジックアローによる全方位からの攻撃であるマジックテンペスト。

 一流の魔法使いの魔法障壁をも粉砕し、全方位ゆえに単純な回避はできないこの魔法を

 防ぐ方法は、一般的には存在しない。

 防ぐとしたら、アオイのように超高速で動いて避ける、影状態の幽鎧帝のように闇に潜んでやり過ごすなど、特殊な力を発動させるしかない。


(アポカリプスで吸い寄せるか、それともあの魔王の武具の力を使ってくるのか……とにかくこれで、こいつの戦い方を見られるはず!)


 ……だが、私の思惑は完全に外れる。


「……ふふっ♪」


 少女は、迫りくるマジックテンペストを前に……


「あはハハハハハッ~!!」


 両手を広げ、狂ったように笑いながら自ら攻撃を受けていた。


「あはっ、! あはハハハハっ~! あハハハハハぁぁぁ~~!!!!」


 マジックテンペストの直撃による爆発音。

 何かの防御壁で防いでなどいない。

 確実に直撃している。


「ふひひ……いたい、いたいぃ……いたいよぉ……本当にぃ……最高にぃ…………」


 無防備でマジックテンペストを受ける。

 魔力によって身体能力が強化されているだろうが、はっきり言って自殺行為だ。

 だが、目の前の女はそれをやっている。


「イタイィィィイイイイ~~!!」


 しかも、狂気の笑顔で。


「アハハハハハァ~~~!! イイ! イイよぉ、アオイさぁん~!! こんなことしてくれるなんて、最高ですよぉ~~!!」


 千切れんばかりに首を上に向け、裂けんばかりに口を広げる。

 そして、まるで闇からこちらを覗いているかのように、見下ろす形でこちらを見てくる


「…………」


 言葉を失うとはこのことだろう。

 目の前の存在が、現象が理解できない。


 なぜマジックテンペストを自ら受ける?

 アポカリプスが使えると、私に確信させたくないから?

 それとも、別の特殊な力を隠したいから?

 でも結果的に、全身傷だらけなのは私の目の錯覚なの?

 それに、なぜ回復魔法を使わない?

 それとも使えないの?


「ふふふっ、イイ面ぁしてますねぇ、アオイさぁ~ん? 私が変に見えますかぁ? 安心してくださぁ~い♪ 私、こう見えてすごくすごーくまともで、常識的な人間って、いつも褒められてますからぁ~♪」


 常識的?

 これが?

 少なくとも目の前の少女に、私の知る常識は存在しない。

 それともこの少女はアオイのように、私の知らない常識がある別世界から来たの?


「それよりそれよりぃ! 私ってば、自分から暴力を振るったりしてないですよね? ね? 今回も、アオイさんに一方的に攻撃されただけですよね! ほら! この体見てください! 血もでちゃったりしてますよね! ね!」


 そう言いながら、自分の体をアピールしてくる。

 常人ならば致命傷とも呼べる傷を。

 自分が歩けない程の重症であることを。

 意識を保っていることすらありえないことを。

 熱心に、懸命に、アピールしてくる。


 これがゾンビだというなら分かるのだが、目の前に居るのは明らかに私と同じ人間。

 だからこそ、ただただ目の前の状況を受け入れられない。


「くっ!」


 魔力で剣を作り、直接攻撃を仕掛ける。

 目の前の敵を……いや、人の形をした何かを、ひたすら嫌悪する存在を消すために。


「……ふぎぃ!」


 剣は確実に少女の心臓を捕らえた。

『これ』が人だというなら、確実に仕留められたはずだ。


「ふっ、ふひっ……ふひひひひっ~~!」


 だが、目の前の存在は死なない。

 気持ち悪い笑いをあげているだけ。


「ほっんとうぅ、いい顔をしますねぇ! そそる顔をしますねぇ! 興奮しちゃいますねぇぇ!!」


 しかも、心臓を突き刺されながら、自ら剣に深く貫かれるように前へと動き出す。


「……ねえ、知ってる? 貴族が誰かを傷つけるのはあってはならないの」


 そして、急に冷静になり、優しく諭すように話しかける。

 剣を深々と刺されながら。


「例え殴られても、民を守ること以外で力を振るってはならない。それを守れない貴族は、権力と金で育った、人の形をした豚でしかない。だからこそ、常識人で、真の貴族でもある私は、あなたを攻撃したりしない。だから……」


 そして、ゆっくりと私の顔に近づき、耳元でこう呟く。


「……闇に喰われてください♪」

「……!?」


 その言葉に応え、少女の体から闇が迸る。

 闇は私と少女を取り込みつつ、圧し潰すように収縮を始める。

 近づいてくる闇に大量の刃を生やしながら。


「人を傷つける悪い子はぁ、闇に、魔王に喰われちゃうんですよぉ? でも大丈夫。正しい貴族であるこの私が、一緒に食べられてあげますからぁ♪」


 迫りくる闇が、少女の体に刃を突き立てる。

 刺されながら、血を流しながら、それでも笑っている。


「……」


 近づいてくる刃のせいなのか、目の前の理解不能の存在のせいなのか分からない。

 分かっているのは、体を全く動かせないということ。


「…………」


 ゆっくりと私の眼球に迫りくる黒い刃。

 目を閉じることすらできない私には、なす術もない。


「……っ!?」


 刃に貫かれるその瞬間、目の前に強烈な光が奔る。

 闇は払われ、正気を取り戻した私は少女と距離を取る。


「……大丈夫ですか?」


 距離を取った先に立っていた少女が話しかけてくる。


「……あまり、助けられたくない奴に助けられたわね」

「私も、助けたくない人を助けたと思ってます」


 そこには、光の精霊を引き連れた勇者エミルが立っていた。


「あなたも敵のようですが、今は休戦です。戦うのは、あっちの人を倒してからにしましょう」

「上等……行くわよ!」


 そして私は、武器を構える。

『ヤミヒカ』というゲームでは、最後まで分かり合えず、何度も殺しあった相手に、背中を預けながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る