第62話 推しはレムリア様!!

 空間そのものを黒く塗り潰している、絵画の出来損ないのような存在。

 外傷はないが、あの子と同じように衰弱していると思われる勇者。

 アオイを傷つけたのは、このふたりのどちらか、もしくは両方だ。


 勇者は放っておけば全快して厄介になりそうだが、勇者はまだ、バッドエンド回避や、他にも利用価値があるので、今は殺すわけにはいかない。

 アオイを傷つけたというなら、そんな理屈は置いといて始末してもいいが、今は放置でいいだろう。


(……とりあえず、今対処するべきはあの出来損ないの絵画ね!)


 そう判断し、魔導銃の弾丸数発分を一度に放つ高魔力モードで射撃する。


(これは牽制。同時に、アスガルドでカルトヘルツィヒたちを……)


 アスガルドから、戦闘用ドローンであるカルトヘルツィヒを、光魔法で再現したステルス状態で展開。

 大火力で確実に仕留めようとする。

 だが……


「…………」


 魔導銃を喰らった出来損ないの絵画は、悲鳴もなく四散した。


「これは……」

「あーあ。やっぱり、媒体がなくなったらこの世界に顕現できないか」


 響いてくる声。

 風の魔法の応用で、声による空気の振動を遠くから届けているのだろう。

 そして、その声に合わせて浮かび上がってくる黒い宝玉……おそらく魔王の武具。

 ということは、声の主はひとりしかいない。


「……幽鎧帝と一緒に行動している魔王候補、ということでいいかしら?」

「あらぁ~。もうバレバレなんですねぇ~」


 今回、私たちの敵は幽鎧帝と、魔王の器。

 幽鎧帝を倒した今、こちらに敵対してくるのは魔王候補しかいない。


「ちなみにぃ、話し合いの余地はありますかぁ~?」

「命乞いなら聞かないけど?」

「そんなこと言ってぇ~。ちょっと興味があるから、今こうやって話を聞いてくれているんでしょう?」

「……簡潔に言いなさい」

「ぉほんっ。では、秘密の会話ということで……えぇい!」


 周囲の空気が変わる。

 風の魔法によって特定の場所にのみ声が響くようにし、私たちの会話を勇者に聞かせないようにしているようだ。


「勇者側に証拠を掴ませるとぉ、私の仕事が増え……面倒なものでしてぇ~。それでそれで! 私の言いたいことはですねぇ~?」


 人を小馬鹿にするような、間延びの喋り方。

 それだけでも腹が立つ。

 だが、すぐに気にならなくなった。


「――私と協力して、レムリア様を魔王にしませんか♪」


 話した内容が予想外すぎて、それどころではなくなったからだ。


「……貴方は、魔王になりたくてこちらに仕掛けてきたのではないの?」

「まさかまさか! 私なんかが、魔王という崇高な存在になるなんて不可能! いえ、そんな考えを起こすことすらおこがましいです!」


 魔王に対する想いを語りだす魔王候補。

 いわゆる魔王信仰者かと思ったが、どうにも毛色が違う。


 この世界の魔王崇拝者は大きく分けてふたつ。

 破滅主義者か、魔族至上主義者のどちらかだ。

 だがこの魔王候補は違う。

 魔王という存在そのものに惹かれ、崇拝しているように感じる。


「この世界を滅ぼすために生まれたもの! 魔を超越した闇そのもの! そんな神々しい存在である魔王には、レムリア様が相応しいんです!」

「レムリアが……?」

「力なき存在と罵られながらも、騎士団長すらも打ち負かす! その境遇に負けず、努力しながらも優しさを忘れない! 絶大な力を手にしても、それを誇示するのではなく、その力と叡智で領土の民を導いている! レムリア様こそ真の高貴なる者……いや、聖女! 

 この国は、そして世界は! あのお方にひれ伏すべきなのです!!」


 早口で一気に話す魔王候補。

 顔は見えないが、さぞ『狂信』というのが相応しい、異常な目をしているのだろう。


「……それにしては、随分とこの子を痛めつけたものね」

「レムリア様を完全に魔王にするためです! 別に、大好きな人が苦しむ姿に興奮したというかぁ、なんか色々と昂っちゃったとかじゃなくてぇ……うへへへぇ…………」


 ……声だけで分かる。

 こいつは変態だ。


「……貴方が、思想、性癖、思い込み、全てにおいて本物の変態ということは分かったわ」

「褒めてもらえて光栄ですぅ♪ それで、返答は?」

「同じ力を求めているのに、私たちと貴方がともに行動していない。これが答えじゃないかしら?」

「そこをなんとか! あ、なんだったら、あの思想もないのに魔王を復活させることしか考えていない、幽鎧帝を目の前で殺しましょうか!? あんな奴、すぐに殺してやりますから!」

「……」

「そ、それにぃ……実は私、アオイさんもかなり、かなーり大好きなんですよぉ……。命令されれば、靴だって喜んで舐めちゃうかもぉ♪」


 黒い宝玉が、ふよふよと左右に動き出す。

 まるで、媚を売るように腰を振る声の主が見えるようだ。

 そんな奴に私が言う言葉はひとつしかない。


「……くだらない」

「え? あ……!?」


 私の放った魔導銃が魔王の武具に直撃し、中から放出された闇が四散する。


「答えは変わらないわ。レムリアは魔王になる気はない。そして私は、制御できない魔王を復活させる気はない。これが答えよ」

「あ~……そうですかぁ……」


 私の言葉に、心底残念そうな声が響く。


「そうですか、そうですか、そうですか、そうですかぁ……」


 そして、まるで壊れた機械音声のようにその言葉を繰り返す。


「……そうですか、そうですか、そうですかぁ、そうですかぁ、そうですかぁぁ!!」


 そして、徐々に言葉に中に怒りの感情が芽生え、その声に応えるように、四散していた闇が集まり、巨大な繭のような形になる。


「そうですか、そうですカ、そウデスカですかぁ、ソウデスカぁ! ソウデスカァ! ソウデスカァア~~!!!」


 そして、もはや怒りを超えた、怨嗟の声とともに、繭が割れる。

 中から、小柄で長い黒髪、そしてゲームのレムリアが着ていた衣装をまとった少女が現れる。

 そして少女は私を真っすぐに見据え……


「……マジで死ねよ、お前」


 闇の奥底から響くような冷たい声を放った。

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