死んだ男を殴り続ける男

サトウ・レン

殴り、殴り、殴り。

 死んだ男を殴り続ける男がいた。

 死んだ男も殴る男も、俺はむかしから知っている。もう火葬されてしまったから、死んだ男の肉体はもう存在していないので、殴ることはできないのだが、すくなくとも死んだ男が死んでから殴る男が逮捕されるすこし前までの短い時間、殴る男は死んだ男を殴り続けていた。死んだ男を殺したのは、殴る男だ。殴り続けた結果としての。でも殴る男が死んだ男を殴ることはめずらしいことではなかった。


「痛みを感じている時だけが、生きていることを許されたような気持ちになるんだ」

 このチープな言葉は、死んだ男の口癖で、だから死んだ男のために、殴る男は死んだ男を殴り続けていた。殴られている時、死んだ男はいつもどこか嬉しそうだった。本当に嬉しかったのかは知らないが、すくなくとも俺には嬉しそうに見えた。


 死んだ男を殴るのは、いつも殴る男の役目だった。だけど殴られ続けて死んでしまったことは、死んだ男の本意ではなかったはずだ。生きていることが許されるのも、生きているから許されるわけで、死んでしまったら、許されるかどうかなんて、そもそもどうでもいいじゃないか。殴る男が死んだ男を殺したあと、俺のもとに連絡が来た。俺たちはいつも一緒だったから、俺しか連絡相手が思い浮かばなかったのだろう。死んだ男の部屋に行くと、殴る男が殴り続ける姿が目に入ってきた。


「痛い、って言ってくれないんだ」

「そりゃ死んでるからな」

「なんでだよ。痛いから、生きてるんじゃないのかよ」

「痛くないから、死んでるんだよ」


 とりあえず俺は、殴る男を殴った。お前は痛いだろ、と伝える。ひとを殴ったのは久し振りだ。殴ったほうも、それなりに痛い。俺は殴った手で、警察を呼んだ。


「警察には行きたくない」

「行けよ。お前はまだ痛いんだから」


 俺はまた、殴る男を殴った。殴られても殴られても何も反応しなくなった死んだ男と違って、「うぅ」とか「がぁ」とか「びぇ」とか気持ちの悪い反応がある。これが正常な殴られた時の反応なのか、普段は殴らない俺にはよく分からない。でも痛がっているから、殴る男はまだ、生きていることを許されているようだ。


 殴る男は、痛みと苦しみと疲れで座り込んで、警察を待つだけになった。


 俺は、死んだ男を一発殴った。

 ずっと一度、殴ってみたかった。だけどそこは殴る男にのみ許された場所だったから我慢していたのだ。


 反応はない。

 つまらなかった。

 生きていないからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死んだ男を殴り続ける男 サトウ・レン @ryose

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ