第10話
ログハウス風のリビングの中心に、大木を半分に切って作られたテーブルがある。
暖炉の日に照らされ、温かなオレンジ色に染まっていた。
カシミヤのタートルネックを着た蒼馬は、テーブルにシチューを運ぶと、暖炉の前で遊ぶ少年たちに向かって呼びかけた。
『シチューできたよ』
少年たちは遊ぶのをやめて、嬉しそうに席に着く。
蒼馬は少年たちと談笑しながら、優しい目でシチューを口に運んだ。
「はい、オッケーです」
監督の声を合図に、蒼馬はシチューを食べる手を止めた。
「お疲れ様でーす」
八月にセーターを着て、寒い寒いと言いながらシチューを食べる。
つくづく季節感がおかしくなる仕事だと、蒼馬は内心苦笑した。
「お疲れ様」
飯田に飲み物を渡され、蒼馬は礼を述べてから受け取る。
「……このコマーシャルの違約金は、いくらか知っているかな?」
「ンブッ」
蒼馬はどうにか吐き出すのを堪え、横で平然とした顔をする飯田を見る。
飯田は横目で蒼馬を見ると、してやったり、とばかりに口角を上げた。
数日前、結局は渋々ではあるものの、飯田はアサと暮らすことを了承した。
「アサ君は蒼馬君の息子ではなく、蒼馬君の親戚の子供という設定にしよう。東京で暮らすために、蒼馬君と一緒に暮らしている。いいね?」
飯田の有無を言わさぬ圧力に、アサはコクコクと赤べこのように頭を上下に振る。
育った環境なのか、生まれ持った気質なのか、普段は大人相手でも謎に湧き出す自信をアサはもっている。
とにかくなぜか偉そうなアサも、飯田の前では恐縮しきっていた。
「アサ君は必要以上に蒼馬君と暮らしていることを、他人に口外しないこと。蒼馬君は……今まで以上に働いてもらうよ。これが条件だから」
蒼馬も迫力に気圧され、アサと二人で赤べこのモノマネをするしかできなかった。
「飯田さん」
マンションのエントランスで、蒼馬は飯田の後ろ姿に声をかける。
「ありがとう、ございます」
深々とお辞儀をする蒼馬に、飯田は目を細めてため息をついた。
「相馬ショウのファン第一号は誰だと思う?」
少し間を置いてから、飯田は言う。
困ったような表情の飯田に、蒼馬も同じ表情で首を傾げる。飯田は、人差し指を自身に向ける。
「僕だよ。大きなリスクを背負ってでも、もっと君の作品が見たい」
ポカンと口を開くだけの蒼馬に、飯田は肩をすくめた。
「ま、総合的に見ての判断だよ。最近の君は、贔屓目なしで調子がいい。リスクより利益が遥かに上回っているのが現状だ」
蒼馬は耳の後ろをポリポリとかく。
「なんか……手放しで褒められんの、照れますね」
「ふふ。たっぷり会社を稼がせてくれ。そうじゃなきゃ、君のスキャンダルと帳尻が合わない」
飯田はいたずらっ子のように笑うと、マンションのエントランスを出ていった。
「飯田さん、何か言ってた?」
玄関で、アサが蒼馬を待ち構えていた。
への字に曲がったアサの口を見て、蒼馬は頬をつまむ。
「なにすんだよ!」
「俺は天才だからな。期待してる、ってさ!」
蒼馬は笑いながら続けた。
「さて、もうそろそろご飯の時間だな」
「……アンタは今、おれに歯向かったのでカレーのルーだけです」
「ちょ、ちょっと待ってくれアサ!」
頬をさすりながら廊下をスタスタと歩いていくアサを、蒼馬が追いかける。
リビングのドアを開けると、カレーのにおいがした。
29歳俳優、男子高校生のパパになる ダチョウ @--siki--
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます