君が好きな私
緋月怜
第1話
「はぁ〜……。今日もかっこいい……」
私の愛する彼、
彼の髪質も、整った顔立ちも、耳に開けてるピアスも、優しい声も、少しなで肩なところも、割れた腹筋も、そして――。
とにかく、何もかもが相まって私の大好きな彼ができている。
もし彼がいなかったら、私はなにもない私だっただろうし、万が一彼が私の前からいなくなってしまったら……私はなんの
それほどまでに、彼という存在は私にとって大切で、私を作る栄養となっている。
そんな彼はというと、今日は彼の友人と帰るらしいので、私も一緒についていくことにした。彼の横にいる友人が羨ましいしウザいけれど、彼の声や表情を引き出してくれているので、許してやっている。
そうでなかったらあいつのことなんて……。ふふっ。
私はバッグの中に入れてある物に手をかけながら、そんなことを考えていた。
でも今はそんな事どうでも良くて、私はいつものように彼の声をイヤホン越しに聞きつつ、彼の写真を撮りためていく。
「なぁ、腹減らないか?」
すると、そんな彼の声が、私の
「ん〜そうだな。どうする?ファミレスでも入るか?」
「ああ、そうしようぜ」
彼がファミレスに行くみたいなので、私もそれについて行くことにした。
彼が店内に入っていくのを見届けた私は、その数秒後に同じように店内に入っていった。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
今の時間帯的にまだ人は少なく、殆どの席が空いていた。
私は店内に入るなり彼を探し、彼の後ろの席へと向かった。
(えへへ、今彼が私の後ろに……)
後ろから聞こえてくる生の彼の声に恍惚としながら、この機を逃さまいとスマホでカメラを立ち上げ、彼の後ろ姿を録画しておくことにした。
本当なら前からも撮りたいところだけれど、そんなことをして彼に見つかってしまうのが一番まずいので、後ろからで我慢することにしている。
もし彼と恋人になれたなら、私はきっと彼のために何でもするのだろう。そして、あんな奴らとは一切交流を絶たせて一生私とだけ、外の世界とは隔離して二人っきりで過ごすのだ。
まぁそんな妄想を抱いていても、まだ彼は私の名前も知らないんだけど。
「何か近づくきっかけでもあればいいのに……」
私は自分にだけ聞こえるくらいの声量で、そう呟いた。
その後、私は彼の会話を聴いて録音したり、ドリンクバーを取りに行くふりをして撮影したりと、彼の大事な記録を残していった。
それから、頼んでいたものを食べ終えた彼は、
「お金渡しとくから払っといてくれないか?ちょっとトイレに行ってくる」
と、財布の中から小銭を渡し、トイレへと向かっていき、友人もそのお金を持ってレジの方へと向かっていった。
(そろそろ帰るみたいだし、私も準備しておこう)
それから二分程度経って彼が戻ってきた。彼はバッグを手に取り、すぐに外へと向かっていった。
(私も急いで彼が忘れていったものがないか確認しないと)
そうして、持ってきていたものを全て持ち、彼がさっきまで座っていた席へと座った。
(はぁ〜、彼の匂い……)
私が彼の残り香を保存しておこうと袋を取り出そうとした時、私の足に何かが当たる感覚がした。気になってそちらを見てみると、そこには彼が普段使っている財布が落ちていた。
(これはもしかして運命なのでは?)
そう思った私は、とりあえずこの財布と残り香、そして彼が使ったお手拭きをそれぞれ別の袋に入れて保存し、会計を済ませた。
彼の跡を追うよりも、今はこの財布のほうが重要だ。そう考えた私は、ひとまず急いで家に帰ることにした。
自分の部屋まで来た私は、袋から彼の財布を取り出して中身を物色していた。
「確か彼は生徒証を財布に入れてたはず……あ、あった」
生徒証を見つけた私は、そこに書かれてある内容を写真で撮っておいた。ただ、書かれている内容は名前や住所、生年月日などで、それらはもうすでに知っている内容だった。なのでここから新しい情報などを得ることはできなかったけれど、
「これを使えば彼とお近づきになれる……!」
今から彼の家に行ってこの財布と生徒証を届ければ、きっと私は感謝されて部屋に入れてくれるはず。そうすれば彼と知り合いになれるし、何より彼が普段暮らしている部屋を直で体験することができる……!
そうと決めた私は、いつものバッグを手に取りすぐに家を出て彼の家へと向かった。
彼の家の前に来ること自体は今まで何度もあったから、迷うことなく到達することができた。でも、インターホンを鳴らして彼のことを呼ぶのは初めてなので、少しばかり緊張していた。でも、彼と話がしたい!その思いの方が強く、私はインターホンを鳴らした。数秒経って、
「はい。なんでしょう」
という彼の声が聞こえてきた。彼の声が私に向けられてる……!それに喜びを感じながら、私は
「乙黒月季さんいらっしゃいますか?先程財布と生徒証を拾ったので届けに来ました」
と、あたかも初対面の人のように振る舞った。
「え、あ、本当ですか!?すぐに向かいます!」
その声の後、ドタドタという音がして玄関のドアが開けられた。
開けられた先には、少しラフな格好に着替えていた彼がいた。
(あぁぁぁ可愛い!!)
私はそう叫びたい衝動を抑えて、
「これあなたのですか?」
と、問いかけた。
「あ、はい!本当にありがとうございます!」
彼はそう言って、私が差し出していた財布と生徒証を受け取った。
その時ほんの少しだけど彼と手がふれあい、心臓が跳ね上がっていた。すると、
「あ、あの、お礼と言ってはなんですが、ちょうど今買ってきたケーキがあるんです。召し上がっていきませんか?」
なんと、私の妄想通りの展開になってくれた。
普通であれば、初対面の年頃の男子の部屋に一人で行くというのは危険極まりない行為だけれど、私からしたら彼のことなら何でも知っているし、それに彼になにかされたりするのならばそれは願ったり叶ったりだし、逆に私が彼のことを食べてしまうのもありなのかも。
そんなことを考えながら、
「じゃあお言葉に甘えていただきます」
と、私は彼の家の中に入らせてもらうのだった。
「それじゃあここで待っていてください。ケーキと飲み物を持ってきます」
彼はそう言って部屋の外へと出ていった。
(ここが彼がいつも暮らしている場所……!今のうちにこの前買っておいた小型カメラをセットしておかないと)
彼の部屋はとても清潔感があり、綺麗に整頓されていた。だからこそ、私はこのカメラをどこに隠そうかと悩んでいた。なるべく部屋が見渡せて、なおかつバレない場所。う〜ん……。
しばし部屋を俯瞰した後、
「あ、あそこならいけそう」
そう考えた私は、急いでそこにセットし、ついでに机に置いてある文房具の中からシャーペンを一つビニール袋に入れて保存して、さっきまで座っていた場所に座り直した。その直後、
「お待たせしました」
「あ、ありがとうございます!とても美味しそう!いいんですか?こんなの頂いちゃって」
私の目の前に出されたのは、私の大好きなチョコレートケーキとティーカップに入った紅茶だった。
それにこの紅茶の匂い、私が普段飲んでいるものに似てる気がして、どこか落ち着く。
「もちろんです。財布と生徒証をわざわざ届けに来てくれたんですから。これくらいのおもてなしはしますよ」
やっぱり彼は優しいなぁ。何度でも好きになってしまう。
そう考えていた時、どこからかバイブ音が聞こえてきた。
「携帯鳴ってますよ?」
彼がそう言いながら、手に持っているスマホを私のバッグに向けていた。あ、私のスマホが鳴ってるのか。普段鳴ることないから分からなかった。
というかこんな時に誰だよ。せっかく彼と二人きりでいるというのに、その空間を破壊するのは。
そんなことを考えながら、私はバッグからスマホを取り出した。その時、ボトッ、という音を立てて私のバッグの中から何かが落ちた。私がそちらに意識を移すと、そこにあったのはさっき彼の机から拝借したシャーペンの入った袋だった。
「あれ?それ?」
「え、あっ、これは違くて……」
(どうしよう……!どうすれば……)
私が焦りを隠せずにいると、
「ちゃんと袋に入れて保管してくれてるんだね。ありがとう!」
と、笑みを向けられた。
私がぽかんとしていると、
「ほら!俺もこんなふうに君のペンとか髪留めとか、君のものはちゃんと袋とかケースに入れて保管してるよ!」
と、どこからか袋を持ってきて、私に見せてきた。
そこにあったのはどれも紛れもなく私の物で、突然の展開にいまだ私の脳は追いついていなかった。
「あ、そうそう。もちろん君が盗聴とか盗撮、ストーカーしていたのもちゃんと知ってたよ」
「え、嘘……。なんで……」
「だって俺も同じだからね」
「おな、じ……?」
さっきから信じがたい状況が私の目に、そして耳に入り込んでいた。
「うん!同じ。あ、そうそう、カメラを隠すんだったらあそこの本棚はやめたほうがいいよ。そこよりも……」
そう言って、彼は首を上に傾けていた。私もそれにつられて上を見るが、そこには真っ白な天井と証明、火災報知器しかなかった。
「ふふっ」
彼は微笑みを浮かべた後、私がさっき本と本の隙間にセットしたカメラを外してしまった。
「もしかして、ずっと私の行動に気づいて……」
「うん、そうだよ!俺も君のことが好きで好きですぐにでも結婚したいって思ってる。でも、君が僕に気づかれてないと思ってついてきてたり盗聴をしているのがあまりにも可愛すぎてつい見ていたくなっちゃったんだ。でもこれからは恋人として、いや、婚約者として関わっていこうね!」
あまりの展開の早さにまだ状況が飲み込めていない私に向けて、彼は続けてこう言うのだった。
「これからもよろしくね!葵ちゃん!」
君が好きな私 緋月怜 @h-rei
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